#03 手習い
…――コトリッ。
眼前に自分が頼んだものとは違う真っ白なコーヒーカップがゆっくりと置かれる。
カップの中で、ゆらっと揺れる温かくも芳しい琥珀色の珈琲。
白い湯気が立ち上って香ばしい薫りが鼻腔を優しくくすぐる。
静かなる所作で微笑むマスター。
「これは当店からのサービスです」
柔和な笑顔とは、こういうものを言うのだろう。
思わず、心がほっこりし微笑む。
「待ち合わせですか? 遅れているようですね。待ち人に何かあったのでしょうか。心配で不安ですよね。どうか、こちらを飲んで落ち着いて下さい」
場違いな場所に在ってイライラしている時に、この気遣いは、とてもありがたい。
軽く会釈をしてから微笑み返す。
無論、心遣いは、とても嬉しくもあったが、それよりも、さっきから気になっている女子高生の方が今の僕にとっては最優先事項。挨拶もそこそこに再び、女子高生へと視線を移す。ハンターのそれ。彼女は相変わらず退屈そうに外を眺める。
視線の先には一台の黒塗りのブラウン・マジェスカが在った。
ドヨダの高級車。
「ふうん」
ストローの先に右人差し指を押し当ててから器用にもグラスの内周を一周させる。
「ブラウンもいいわね。特にマジェスカの平成15年式辺りは、あたしの趣味にばっちり。でも国産なのがねぇ。やっぱ、アメ車かな。パパや姉貴は不思議がるけど」
車が好きなのか?
いや、そんな事より、やっぱり、言葉の前後が繋がってない。
母子家庭がどうのこうのと、ブラウン・マジェスカでは、まったく意味が繋がらない。しかも姉貴がとか、……、やっぱり単なる独り言で、待ち合わせている探偵とは関係がないのか。そう思える。無論、まだ断定するには早計なのだが。
ふうッ。
一旦、大きな深呼吸をして気持ちを落ち着ける。
天井を見つめて、シーリングファンの、のろのろとした回転を目で追う。
もう一度、フー・ダニットについて考えてみる。静かに目を閉じる。知人からは、あえてなのか、詳細を一切聞かされていない。知り得る情報は、人の悪い探偵で初めの始めから騙されたという気分になるという事だけだ。だからこそ……、
騙されたという気分になるというからこそ、だ。
あの女子高生が件の探偵であり、物語などで、よくある女子高生探偵などといった、ぶっ飛んだ人物なのかもしれない。であるならば、一つの意味が見えてくる。この若い女性が好んで使いそうなファンシーな喫茶店で待ち合わせた意味が、だ。
加えて、待ち合わせ時間が大幅に過ぎても現れない意味がだ。
そうだ。
僕は、観察されているのではなかろうか、とだ。
中年男に居心地の悪い店で待たせて、あえて時間に遅れ、焦らせてイライラさせる。それで帰ってしまえば事件を解決させる気が本気ではないと判断する。逆に、それでも待ち続けるだけの本気度があれば自分が事件解決を請け負ってもいい、と。
そう。本気を値踏みしているのではなかろうか。
だからこそ、だ。
だからこそ名乗りを挙げず遅れているような体を成している。
大体だ、女子高生も僕と同じような時間に入店しているのだ。
そして、この2時間以上の間、待ち合わせ客しか存在せず(※僕と彼女)、その両方が、待ち合わせをすっぽかされたといっても過言ではない時間、待たされ続けている。つまり、彼女の待ち人も2時間以上も遅れているからこそ怪しいのだ。
これを怪しいと言わずして一体なんと言うのか。
少なくとも僕には言い表す言葉が見つからない。
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