#02 独り言

 僕は待ち合わせている探偵の顔も名前も知らない。


 いや、通り名であるフー・ダニットという名だけは知っている。が、本名は知らない。無論、通り名で仕事を受けるような人物であるから容姿どころか性別すらも分からない。加えて、知人からの紹介で知人が話を通してくれたので声も分からない。


 探偵について、何も分からないのが現状なわけだ。


 ただし、知人には、こう言われて忠告されていた。


「フー・ダニットは人が悪い探偵だからな。多分、初っぱなから騙されたって気分になるぞ。でもフリーでもライターのお前には、いいネタになるんじゃないのか」


 と、笑われている。


 いや、騙されたというよりも待ち合わせの時間に遅れるのは、いかがなものか?


 人が悪いというよりも社会人としてどうかと思う。


 また人差し指を机に押し付けてから、ぐるっと小さな円を描いてコツコツと叩く。


 無論、居心地が悪いのもあるが、あまりに待たされ過ぎてイライラしていたのだ。僕は僕が待ち合わせの日時を間違えたのではないかと、何度目であろうか、知人から渡された日時が書かれた紙を胸ポケットから取り出す。まじまじと確認する。


 間違いはないよな。


 今度は腕時計を見る。無論、時間を確認する為に。


 店内にも時計はあるが、万が一でも時間が狂っている可能性もある。


 だからこそ、外で時間を確認する時は、自分自身の腕時計を見るようにしている。


 神経質にも思えるだろうが、過去にライティングの仕事を受けた際、痛い目をみているのだ。外で狂った時計の時間を確認して締切を過ぎて信用を失ってしまっていたわけだ。そんなわけで腕時計は必須で、それで時間を確認する癖がついた。


 まあ、今は、そんな事は、どうでもいいわけだが。


「やっぱりな。どれだけ見ても間違はない。ふうッ」


 午後5時の55分。


 待ち合わせの時間から2時間以上が経過している。


「ううん。なかなか思考が深いかもね。アハッ、でも素人丸出しだね」


 エッ!?


 女子高生が、なにかをしゃべったような気がした。


 思わず、彼女へと視線が移る。


 彼女はスマホを凝視して、時折、クスクスと笑う。


 そのあとクリームソーダーに突っ込まれたストローから静かに緑の液体をすする。


 今のは気のせいか?


「姉貴のゴルゴの出番あるかな」


 ゴルゴ?


 多分、ボォルクス・ダーゲン社の車だったはずだ。


「久しぶりにキレキレの姉貴も見てみたいな。でも、パパ、次第かな」


 ああ、なんだよ、単なるソーシャルな独り言だな。


 全然、まとまりがないからな。


 SNS、


 つまりソーシャル・ネットワーキング・サービスを使いこなす若い子によくある現象だ。ダインやズイッターなどで文字での会話を続けると無意識に言葉が出るってあれだ。その証拠にスマホから視線を外さず、ずっと何かを打っている。


 スマホを操作しながら最後の一文字を打ち終えたのか端末から指を、そっと離す。


「送信ッ」


 やっぱりな。あれは独り言だ。


「ふうん。なにか勘違いしてるみたい。だから甘いっていうんだよね」


 ……って、本当にそうなのか?


 もしかして。もしかしてだよな。あの子が……、いやいや、それはないだろうが。


 と、スマホから決して目を離さない女子高生を不覚にもじっと凝視してしまった。


「母子家庭なのかな。それとも父子家庭なのかな。でも、間違いなく、そのいずれかだよね。まあ、でも、姉貴って、そういうの大の得意だから大丈夫でしょ」


 ううん?


 ……やっぱり、独り言なのか?

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