第13話 中を浮く赤子(参)
ちょっ!ちょっとぉぉぉぉ!!!
私の叫び声は残念ながら心の内にだけ轟いて、外の探偵にまでは届く余裕はありません・・・。
「あ!?あんた
こんなとこで、明かりも持たねーで何してんだよ!!?」
直接当たる光は、夜闇に緩んだ瞳孔へ容赦なく差し込み、油断していた筋肉の筋を奮い立たせる。
私は、眼球を射抜かれるような刺激を、瞼で細く細く圧縮して、黒い影を見上げ凝らすと、徐々に朧が流れて見覚えのある女性の輪郭を形作る。
「か・・・なさん?」
途端、光はするりと線を引いて天に消えたと思うと、額辺に強い衝撃がこだました。
「痛っ?!」
堪らず額を両手で抑えると、
「白々しい事言ってんじゃねーよ!知っててコソコソしてた癖しやがって!!」
今にも掴みかかる勢いで迫る叶夢さんに、言っている意味は一切分からないが、両手を上げて降参の腹を見せる。
すると隣から、一昔前ならKとYの二字で表されたであろう男の呟き声が聞こえてきた。
「ほう、ここがお前の住処だったか。
それは夜分に
一定に刻まれる棒読み、明らかに知っていましたと言っている・・・。
こんな言い方したら流石の叶夢さんでも分かるわよ!
筋が切れた音が聞こえる――
もう駄目だわ。私達、ここで終わるのよ。
私の人生、平凡で短かったなぁ・・・
これからやっと何かが始まりそうだったのに――
「・・・どっから嗅ぎつけたか知らねーけど、さっさと帰れ。んで早く奴を消せ。いいな?」
少し周りを気にすると、叶夢さんは小声で私達にそう言い捨てて背を向けた。
は・・・、何だか分からないけど助かった!?
やった良かったありがとう神様!
どう帰るかは後にして、とりあえず此処を脱す――
「待たないか。客が来たら茶を出すのが礼儀だろう?」
遅かった!!
一瞬で振り返って奴の袖を掴んだは良いが、足が走り出す前に口に走られてしまった!
諸悪の根源たる奴の口を真っ先に塞いで置くべきであった――完全なる私のミスだ。
まぁ、こうなってしまってからでは何を思おうと無駄たが、これだけは言わせて欲しい。
お前が言うなぁぁーーーーーー!!!!!!!
「・・・無理だ、帰れ」
叶夢さんの事だ、ボコボコにされるとばかり思っていた。
だけど叶夢さんは足を止めて一言、振り返ることなく呟くとまた歩み始めてしまう。
何か変だ――。
会うのは二度目で、彼女の事など何も知らない私だが、その時確かにそう思ったその時。
「――おい、灯りを寄越せ」
隣から締まった探偵の声に、私は空気が強ばる気配がして、バックからスマホを取り出すと手早く背面にライトを灯し探偵に渡す。
駆け出すスマホを掴んだ探偵は、あっという間に叶夢さんへ距離を詰める。
足音に気付いた叶夢さんは振り返り、全面に光を浴びた。
光の中に照らし出されたのは、昼間見た
髪は乱れ、タイトな服は所々が引きちぎられたように破れ、ほつれた糸が飛び出している。
その上赤黒い染み汚れが着いていて、昼間印象的だった軟派なファッションとは、まるで違うハードなゴス系に見える。
そして何よりの異常は、叶夢さんの赤みがかった褐色の肌が青紫になっていて、人を殺しそうな目ヂカラのある大きな瞳が、一つしか見えない程に腫れ上がった眼下の肉。
「だだ大丈夫ですか!!?何があったんです!?」
目に飛び込んできた衝撃は、脳のある上じゃなくて、落雷のように下へ駆け下りて私の足を真っ先に走らせた。
しかし叶夢さんは、伸ばした私の手を払う。
「・・・お前達のせいだ。
お前達がさっさとあの化け物を殺さねぇから、こんな事になったんじゃねーか!!」
凄まじい勢いで発せられた怒号と、恐ろしい形相で睨みつける叶夢さん。
先程までの大人しさが相まって足が竦む程怖いが、此方が本来の彼女だった筈だ。
そう思えばこの状況も少し安心出来る。
「うむ。それも一理あるな」
一人時代の流れに取り残されたであろう、あの無粋な男が動き初めてしまった・・・
今日日見ない、手の平に拳を打ち鳴らす動作を付けて・・・
・・・嫌な予感しかしない。
「では、気兼ねなく邪魔させて貰おう」
そう言うと探偵は、私と叶夢さんを置いて厚顔無恥に叶夢さんが住んでいるのであろう団地の建物へと向かって歩いていく。
「おい!上げるなんて一言も言ってねーぞ!!」
本当、どうしてこんな厚かましい男が出来上がったのか――。
考えても答えが出る筈が無い訳で。
私は、怒って腕を上げながら走る叶夢さんの後を、ため息を吐きつつ追い掛けると、二棟向かい合う形で立つ建物の内、Bと掲げる棟。
正面から見て三箇所に螺旋のように大きく回る階段があり、その真ん中を上って三階、左側にある308号室の扉の前でやっと探偵が足を止めた。
というのも、叶夢さんと私はすぐにノロノロと歩く探偵へ追いついたのだが、叶夢さんの言葉に探偵は尽く無視を決め込み、どんなに通せんぼをしても隙間を掻い潜り、袖を掴めば羽織を脱ぐ等、まるで子供のような茶番の末に現在なのだ。
そして、扉の前に着いた途端、探偵が『へくちっ』と少女アイドルのような可愛いくしゃみを披露なさるので、私は意外性と疲れとギャップと唐突と夜のテンションで、完全にツボに入り咄嗟に抑えた両手も虚しく、思いっきり吹き出しました。
「人の劣弱意識を逆撫でするのは、わろかりなむ――。
もう良いだろう?返してくれ」
腹を立てるかと思いきや、探偵は以外にも静かに言うので、
一体どうしたんだろう――?
ここへ来るまでは強気な様子だったのに、今は差し出す探偵の手にも気付かず、不気味げに震えている。
もしかして、今ここにあの心霊が――!!!
私は堪らず頭を上げた。
「何で・・・、ウチの部屋知ってんだよ!?
一体何処で!?どうやって調べた!!?」
確かに・・・そうだ。
言われてみれば、ここまで探偵は迷わず来た。
建物は二棟、A棟とB棟あった。
ここまでなら二択だ、偶然当たってもおかしくはない。
けど問題はここからだ、次に探偵はB棟にある三つの螺旋階段の内、真ん中の一つを選んだ。
登ってみて分かったが、この建物は階段で縦には移動出来るが、横へは通路が無いため移動出来ない。簡単に言うと、三つの四階建てのノッポな建物が横に合体して出来ているのだ。
つまり、目的の部屋へと繋がる正しい階段を選ばなければ、ここへは辿り着けない。
更には探偵は、四階ある中から三階を選び、最後に階段途中の踊り場で向き合う形で儲けられた304号室と308号室の扉から308号室を選んだのだ。
ここでもう一度言うが、探偵はここまで迷わず来た。
声を張って言う叶夢さんだが、足が二三歩下がって恐怖を訴えている。
それもそうだ、叶夢さんは今日の昼間初めて探偵事務所に来て、名前と簡単な依頼内容を話しただけなんだから――。
あと、余り高くない画力と粗暴な態度・・・手を握ったり、肩に腕を――って!これは関係ないわよね!ないわっ!!
それからすぐに、探偵は事務所を出て歩き詰めだもの・・・調べる余裕は無かった筈だわ――。
一体どうして分かったの・・・?
「おい、何を赤い顔をしている?
・・・まさか、お前まで分からんのじゃあるまいな?」
「なっ!?赤くなんてなってないわよ!!」
咄嗟に言ってしまったが、これじゃ逆効果じゃないの私!!
しかも威勢よく切り出しただけに、分からない何て言えないわ・・・
でも、幾ら考えても分からないし・・・
「それだけか?
全く・・・、呆れた。
仕方ない、罰としてこの惨状を片付けるんだな」
そう言って探偵が、徐に扉へ手をかけノブを回した。
ノブは意図も容易く回って308の、叶夢さんが隠していた秘密を開け放つ。
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