第35話
ルシエロ領が、白アリの羽音により、滅亡の序曲を奏でていた頃……。
ヘルロウはちょうど、三途の渡しに石橋を創り上げたところであった。
彼はさらに場所を移し、賽の河原にも同じ橋を創る。
できあがった橋に,鬼たちは大喜び。
橋の上で手を取り合って、ぴょんぴょん跳ねて喜ぶピンキーとダーツエヴァー。
「なるほど! 橋をかければいつでも行き来できるから、ここから拠点に通えるってわけだね!」
「さすがはヘルロウなのだ! ストローといっしょに、毎日通うのだ! これで寂しくなくなるのだ!」
しかし、ヘルロウは水をさすように手を叩いた。
「喜ぶのはまだまだ早いな。そろそろ次の作業にいくぞ」
「えっ? まだどこかに橋をかけるの?」
「いや、もう橋はおわりだ。それに次の作業こそが今回のクラフトの目玉なんだからな。次は橋なんか比べものにならないくらい手強いから、覚悟しろよ」
「「ええっ!?」」
それからの作業はヘルロウの宣言どおり、かなりの時間と労力を強いられた。
等活地獄の亡者たちもローテションを組み、フルタイムでの作業にあたる。
それはなかなかの重労働であったが、作業にあたった者たちからの不満は一切なかった。
理由としては、長期のプロジェクトにおいても、ヘルロウは亡者たちにちゃんと食事と休息を与えていたため。
そして今まで等活地獄で殺し合いをさせられていた亡者たちにとっては、むしろやり甲斐のある『労働』だったのだ。
「ああ、ごくつぶしだったこの俺が、毎日ちゃんと働くなんて思わなかった……!」
「それも、働いたあとの芋が格別なんだよね!」
「そうそう! 働いておいしいごはんを食べて、それからぐっすり眠る……!」
「地上にいたときはくだらないと思ってたことが、こんなにも尊いことだったなんて……!」
「それに、無意味な殺し合いをさせられるよりずっといいな!」
「うん! 昨日までみんなと殺し合いをしてた私たちが、今日は手を取り合って……。こんな立派なものを創り上げてるだなんて、信じられない!」
「俺たちでこんなにすごいものを創ってるんだと思ったら、なんだか誇らしくなるよな!」
「これはきっと、地獄の歴史に永遠に残るぞ……!」
「僕たちだって、やればできるんだ……!」
「ああ、私は生きていた頃、なんてことをしてたんだろう……!」
「決めた! 俺は生まれ変わったら、真面目に働くぞ! いままで壊すばかりだった罪滅ぼしとして……ヘルロウ様みたいに、ものづくりをするんだ!」
「僕も!」
血と憎悪でなく、汗と汚れにまみるようになった亡者たち。
病んだ殺人鬼のようだった瞳は、感受性豊かな子供のようにキラキラと輝くようになった。
感激する彼らに向かって、ヘルロウは言う。
「俺は作業のやり方を教えてやっただけだ。だから本当に感謝するのは俺に対してじゃなくて、地獄からの外出を許してくれたゴルバとアローガにするんだな。もしバレたら降格ものの事なのに、ふたりとも協力してくれたんだ」
ヘルロウにそう言われ、亡者たちは卒業式の恩師にするように、ゴルバとアローガを取り囲む。
今までは亡者から怯えと怨嗟しか向けられなかった鬼たちは、その変わりようにジーンと胸を打たれてしまった。
そしてついに亡者だけでなく、責めていた側の鬼たちも目が覚めたようだった。
「へ……ヘルロウ様、うちらは今まで多くの亡者たちを殺し、殺し合いをさせ、かつての行いを反省させたつもりだったどす」
「でも、拙者たちが送り出した亡者たちが、本当に罪を悔い改めているかはわからなかったでござる」
「でもうちらは今、ハッキリと感じているんどす。亡者たちが反省した、瞬間を……!」
「ううっ……! 拙者たちの手を離れていった亡者たちは、救済を与えてくださったシャカ様には安らかな表情を見せていたでござる、でも、拙者たちには……」
「末代までたたるような、恨みがましい顔をされるだけだったどす」
「拙者たちはずっと、亡者たちに恨まれ続けていたでござる。ずっと、ずっと……! 地獄の獄卒になって初めてござる! 亡者たちに感謝されたのは……!」
「それがこんなに嬉しいことだったなんて……! 本当に、感激どす……!」
まさに、鬼の目にも涙……。
感動にむせぶ彼らに向かって、ヘルロウは言う。
「下のヤツらに汚れ仕事をやらせて、自分だけが美味しいところを持っていく……。シャカはそういうヤツなんだ。現場で働いているお前たちも、亡者に感謝される権利はあるはずなんだ」
今回、ヘルロウが企てたこの一大プロジェクトは、関わっていた者すべてに大いなる意識改革をもたらすこととなった。
そしてそれは、この地獄においても、まさにターニングポイントとなる。
そのかつてない規模となった『クラフト』とは、いったい何だったのか……?
それでは見てみるとしよう、『ヘル・クラフト』を……!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
地獄にまたひとり、新しい亡者たちがやってきた。
濃い霧の向こうから現れた、ふたりの男。
お互いに面識がなく、偶然、同じタイミングでこの地獄に送られてきた者たち。
言葉を交わすこともなく、ふらふらと連れ立って歩いている。
『彼ら』の前に、大きな川が立ちはだかった。
彼らは思った。
――これが、三途の川か……。
彼らの手には、渡し賃である六文銭が握られている。
生前の知識から、遺言として棺桶に入れるよう頼んでおいたものだ。
この金を、三途の川のほとりにいる『渡し』に渡せば、川の向こうへと行ける……。
しかし見回してみても、『渡し所』らしきものはない。
しかし明らかに、かつて『渡し所』だったような跡地がある。
そしてそこには、立派な石橋が架かっていた。
石橋の前には、募金箱のようなものと、脱衣カゴのようなものが置いてある。
近くの立て看板には、子供が書いたような字で、
『わたしちんを、はこのなかにいれるのだ! おかねがないひとは、かごにふくをいれるのだ!』
とあった。
彼らは思う。
――これが、『三途の渡し』……!?
想像していたものとは大きく違っていたが、彼はともかくその募金箱の中に六文銭を入れた。
そして橋を渡る。
橋は簡素な素材でできていたが、かなり頑丈にできていた。
歩いても揺れるどころか、橋なのにとても歩きやすい。
不思議な満足感を味わいながら橋を渡ると、そこには……。
橋と同じ材質の、石畳の道が広がっていた。
傍らにまたしても立て札があって、
『このいしだたみのとおりにすすむのだ!』
とあった。
三途の渡しを渡ったあとは、三日三晩さまよい歩かないと、エンマ大王のいる地獄にたどり着けないはずなのに……。
彼らは思う。
――まさかの、順路つき……!?
とても地獄とは思えない親切さ。
やや拍子抜けのようなものを感じつつも、彼らは歩き出す。
三途の渡しの向こうに広がっている荒野は、ときおり激しい砂嵐が吹き荒れて視界を奪われたが、石畳のおかげで迷うことはなかった。
そして三日三晩もかからずに、彼らは到着した。
そこには、『いきなりステーキ』も真っ青の、驚くべき光景が……!
彼らは心の中で叫んでいた。
――い……いきなり、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます