第34話

 ルシエロ領いちばんの街、そこに架かっていた橋に、ついに最後にして、最悪の異変が訪れた。


 絶望の卵が孵るように、ピシリピシリと稲妻の亀裂が走り、それは幹全体を覆っていく。


 そして、ついに、ついにっ……!



 ……バッ……カァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーンッ!!



 弾け飛ぶように、爆散っ……!


 すでにグジュグジュであった樹皮の向こうには、膿のようにドロドロの木目……。

 が、あるはずだった。


 しかし、見えない……!


 それすらも覆うほどに、白い米粒のようなものが、びっしりと貼り付いており……。

 うねうねと、蠢いていたのだ……!


 白い粒のまわりには、さらにうぞうぞと、茶色い羽虫が這い回る。

 それは全身の毛までうぞうぞしてしまうような、おぞましい光景であった。



「キャァァァァーーーーーーーーーッ!?」



 当然のようにあがった悲鳴が、さらなる悲劇を呼ぶ。


 無数の羽虫たちが、解き放たれるように一斉に飛び立ったのだ……!



 ……ブオォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーンッ!!



 そのおびただしい数の羽音は、悪魔のチェーンソーのようにすさまじかった。

 羽虫たちはひとかたまりになって飛び、瘴気のように空気を淀ませる。


 そんなのが大木3つぶんにも及んだのだから、さぁ大変っ……!



「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?」



 街中はあっというまに、インセクト・パニックに……!


 これこそがブリッヂメイカーが危惧していた、防腐処理のない木材に起こる、最恐のトラブルであった。


 その正体は、『白アリ』……!


 彼らは腐った木材を最も好み、そこに卵を植え付けて繁殖する。

 防腐処理が施されている木材は、成虫の白アリには効果が薄いのだが、卵を植え付けられることを防いでいた。


 そのため、爆発的に繁殖をすることだけは、食い止められていたのだが……。


 図らずと、与えてしまったのだ……。

 そして、作り上げてしまったのだ……。


 彼らが最も好む環境を、よりにもよって、いちばん家屋の多いとされる街に……!


 領内の人口を遙かに超越する白アリたちによって、街の家はどんどん食いものにされていく。

 やっと建て直したブリッヂレイカーの、新しい領主館も……。



「やっ! やめろっ! やめろやめろやめろっ! 食うなっ! 食うなぁぁぁぁっ! 建てたばかりの俺の家を、よってたかって食うんじゃない! 食うなぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーっ!!」



 いくら追い払ってみたところで、多勢に無勢。

 いくら鍵をかけて閉じこもってみたところで、外からバクバク食べていく。


 さながら、腹ペコ悪ガキ軍団に見つかってしまった、お菓子の家のように……!

 立派な屋敷もウエハースのようにボロボロになり、あっという間に……!



「やっ……やめっ! やめっやめっやめえっ! らめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」



 ……どがっ、しゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーんっ!!



 街は、地獄の業火のような白アリにまかれ、燃え落ちるように倒壊する家屋が続出。

 焼け出された人たちがうなだれる光景が、そこらじゅうで見られた。


 しかもこの人災は、都市部だけにとどまらなかった。


 食べる木がなくなった白アリは大移動を開始。

 しかも同じタイミングで、地方に架かっていた木橋も腐り、さらなる白アリを放出しはじめる。


 今までこれほどまでの大規模な白アリ被害は、領内でも初めてであった。

 今まではヘルロウの防腐剤によって、食い止められていたのだが……。


 ルシエロ領はヘルロウを否定することで、さらなる発展を目論んだ。

 そして、30億という出費までした。


 しかし皮肉にも、それは滅亡への選択であった。

 これまで百年以上ものあいだ栄えてきた歴史を、自らの手で終止符を打とうとしていたのだ……!


 このルシエロ領を覆った大恐慌は、ブリッヂメイカーの集落にも及ぶ。

 しかし、水際で食い止められていた。



「……怖れていたことが、現実となってしまったか……。念のため、ヘルロウ様に教えていただいた虫除けの花を植えておいてよかったわい」



 ブリッヂメイカーの集落のまわりは、一面の花畑であった。

 若者たちは老人の道楽かと思っていたのだが、それだけではなかったのだ。


 色とりどりのラベンダーやゼラニウムは、人々の目を楽しませるだけでなく……。

 白アリの到来を、見えないバリアのように防いでいたのだ。


 ブリッヂメイカーの集落は、この領内で唯一の、白アリのいない場所となった。

 すると、噂を聞きつけた民衆たちが次々と集まってくる。



「俺が悪かった! 新領主の言うことを間に受けて、とんでもないことをしちまった!」



「この領内の橋が石橋だったのは、ちゃんと理由があったんだなぁ!」



「この通り、反省しているから、またブリッヂレイカー様のもとで、暮らさせてください!」



 その集まってきた者たちから聞くところによると、ブリッヂレイカーは住むところも、なにもかも失ってしまったそうだ。


 この大災害を巻き起こした張本人として、どこへ行っても罵られ、石を投げられ……。

 どこの避難所にも、受け入れてもらえなかった。


 本来ならば牢屋に入れられてもおかしくないのだが、牢屋すらも白アリに食べられてしまったので、それもできない。。

 今ではかせをはめられ、彼がかつて架けた橋の残骸のそばに、野良犬同然に繋がれているという。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る