第32話

 追放老人たちの元を訪れた若者たちは、そのまま彼らの所に居着いてしまった。

 ヘルロウの考えを受け継ぎ、すっかり感化されてしまったのだ。


 前領主のブリッヂメイカーは、若き働き手を得て、さらに集落を発展させる。

 それは、このルシエロ領の開拓の歴史を、再びなぞるかのようであった。


 そう、彼を含めた老人たちは、幼少の頃から見てきたのだ。

 何もない川だらけの土地で、大人たちが力を合わせ、人が住める場所に変えていった様を。


 自然の驚異に打ちのめされてもめげず、何度でも立ち上がる姿を。

 そしてその真ん中にはいつも、天使の少年がいたことを。


 そう。彼らは幼き頃に培った、ヘルロウ・スピリットを……。

 この新たなる地で,再び花咲かせようとしていたのだ……!


 ブリッヂメイカーは、橋を創る若者たちに、こう言い聞かせていた。



「橋は、陸と陸とを繋ぐものじゃが、それ以上に、人と人とを繋ぐものなんじゃ。人と人との繋がりは、目に見えぬものじゃ。じゃが、橋であれば目に見える。だからこそ手を抜かず、しっかりとしたものを創らないとダメなのじゃ。脆い橋というものは、それだけで人との繋がりを断ってしまうからのぅ」



 それは、ヘルロウの受け売りであった。


 橋こそが、人と人との繋がり……。

 それをないがしろにした地に、繁栄が訪れることはない。


 さて、その橋をないがしろにしてしまった、ブリッヂレイカーのほうはというと……。


 ダメルシアンの負の置き土産に、なおもこだわっていた。


 この橋があれば、さらなる繁栄をもたらしてくれると信じ……。

 ただの木を、枝打ちもせずに橋として使い続けていたのだ。


 しかし当然のことであるが、利便性においては最悪であった。


 なにせ木の幹は2メートルほどもあったので、這い上るだけでも精一杯。


 橋の両端に階段を設置したので、上り下りは多少は楽になったものの……。

 それでも丸太のような足場は、歩くだけでも大変であった。


 木のウロなどもそのままなので、油断していると躓いてしまう。

 向こうから来た人とすれ違うには、傾いた斜面のほうに降りなければならない。


 それが雨の日などになると、足を滑らせてしまい……。



 ……どっ、ぱぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーんっ!



 川に転落して、急流にさらわれてしまう者が、続出っ……!


 これが、山奥の杣道そまみちにあるような、木こりしか渡らないような橋なら大した問題はない。

 一日に、ひとりだけが往復するような橋ならば。


 しかしそこは、ルシエロ領内でいちばん栄えている街。

 渡る人種はそれこそ多岐にわたり、また数も数え切れない。


 それなのに丸太橋では、まともな経済活動どころか、普段の生活すらも覚束なくなり……。

 ルシエロ領はじょじょに、衰退の一途を辿りはじめた。


 無理もない。

 今回の事象を現代に置き換えるなら、都市部の鉄道をすべて、電車ごっこのロープに置き換えたようなものである。


 渡ることすら嫌になってしまうような橋で、さらなる発展など、望めるはずもない。

 都市部の機能は、完全にマヒしてしまった……!


 こうなるとさすがに、ダメルシアンの橋の撤去を言い出す者も現れはじめた。

 しかしブリッヂレイカーは、それを却下……!


 理由は前述のとおり、撤去されてしまうと自分の責任問題になってしまうからだ。


 代案として、ダメルシアンの橋のとなりに、普通の木橋を架けることも提案された。

 しかしブリッヂレイカーは、それすらも却下……!


 彼自身、わかっていたのだ。

 隣に普通の木橋など架けられてしまったら、ダメ橋のダメさがさらに際だってしまうことが。


 ブリッヂレイカーは民衆に何かを言われるたびにヒステリックに喚き散らした。



「この橋は、天国だけ生えるとされている、ユグドラシルの木である! そのうえ、天使様がお恵みくださった崇高なる橋である! 感謝の気持ちを抱いて使わなければ、罰が当たる! 撤去などすれば、それこそ天罰が下ってしまうぞ! そんなこともわからないのか、愚民どもめ!」



 もはやじゅうぶんに天罰が下っているような気がするのだが、天使を引き合いに出されてしまっては、もう誰も何も言えなくなってしまう。


 しかし都市部のマヒっぷりとは真逆に、地方はじょじょに再生の兆しを見せ始めていた。

 地方の者たちが力を合わせ、新たな木橋を架けていたからだ。


 地方だけでもまともな橋があれば、まだ立ち直れる……。

 だがそれすらも、甘い考えであった。


 ヘルロウが堕天した時に、彼らはヘルロウを悪魔だと罵り、橋を壊した。

 ヘルロウのことをよく知らなかったからこそ、できたことである。


 だからこそ、理解できなかったのだ。

 この土地に架かっていた橋が、なぜ『石橋』なのかを……!


 それはまず、頑丈さとメンテナンスのしやすさにあった。


 石は木よりも頑丈であるが、木と同じくらい手にいれやすい素材でもある。

 鉄であればさらに頑丈になるが、入手するのと扱うのが難しくなる。


 石のアーチ橋はしっかりと組めば、何百年にもわたって堅牢さを提供してくれる。

 現代社会においても、100年以上も現存している石橋があるのがなによりもの証拠。


 さらに、たとえ一部が壊れたとしても、その部位だけを取り替えればいいので、保守は容易である。


 川が多く、そして時には氾濫もある、このルシエロ領においては……。

 木の橋など、ボール紙でできた、家同然っ……!


 数回の氾濫には耐えられても、すぐにボロボロ……。

 片手の指で数えられるくらいしか持たなかった。


 そうなれば、また新しい橋を架けなければならない。

 しかしいくら頑丈に組んでみても、また流されてしまう……。


 賽の河原に石を積むような、堂々めぐりのスタートっ……!

 ルシエロ領はついに、都市部どころか、地方ですらもまともに立ちゆかない状況に陥ってしまったのだ……!


 ……ただ、誤解しないでいただきたい。


 木の橋だからといって、それほどまでに脆弱というわけではない。

 設計によっては、川の氾濫にも耐えうることができる。


 むしろルシエロ領は川のほかに、木々も多い土地でもあったので、橋の材料としては最適かとも思われた。


 ただ、使わなかったのだ。

 あの●●、少年は……。


 なぜならば、知っていたのだ……!

 この地において木の橋を使うということは、地獄の始まりであるということを……!

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