第31話

 絶望に包まれた街中で立ち上がったのは、かつての領主であったブリッヂメイカーであった。

 彼は民衆を励まし、ダメルシアンが残していった、厄災のような木を取り除こうとする。


 民衆も、いつまでも悲しんでいる場合ではないと、その考えに従おうとしたのだが……。

 しかし物言いが入った。



「待てっ! この領地でいちばん偉い私を差し置いて、勝手なことをするな!」



 もはや橋とも呼べぬソレ●●の前に、立ちはだかったのは……。

 新領主である、ブリッヂレイカーであった。



「位置は少しズレてしまったが、それを直して使うものとする! 天使様が架けてくださった橋を取り除こうなど、絶対に許さんぞっ! なにせ大天たいてん級のダメルシアン様がわざわざお越しくださって、我々にお恵みくださった『偉業』だ! きっと大きな御利益をもたらしてくださるに違いない!」



 彼は自分の邸宅が破壊されたことも忘れ、ダメルシアンをもかばいたてする。


 なにせ、増税までして30億という金をかき集めたビック・プロジェクト。

 コレ●●を取り除かれて新しい橋など架けられてしまったら、そのあとに待つ責任問題で、自分が槍玉に挙げられるのは目に見えている。


 ようは、コンコルドなどと同じ『埋没費用効果』……。

 多額の金を掛けてしまったせいで、後には退けなくなってしまったのだ、


 しかも目の前にあるのは、『飛べないコンコルド』……。

 これがさらなる厄災をもたらすことは、誰の目から見ても明らかであった……!


 しかし新領主である彼が真っ先に考えたのは、被害の縮小よりも、己の保身であった。


 就任早々に引きずり降ろされるのを避けるために、コレ●●を活かす方法へと話を持っていく。

 コレ●●のおかげでルシエロ領はさらに発展したということにして、一発逆転の手柄に変えようとしていたのだ。


 それで民衆は納得させたものの、ヘルロウを知る旧領主や年寄り連中だけは騙せなかった。

 年寄りたちはコレ●●を使い続けることを猛反対したのだが、それに対してブリッヂレイカーは、なんと……。



「ダメルシアン様と私のすることに反対するとは、もはや善良である人間とは言いがたい! そしてブリッヂメイカーよ、ヘルロウという悪魔の影を追い求め続ける貴様など、もう私の父ではない! しかし、殺さなかっただけでも有り難く思え! これが息子としての、最後の情けだ!」



 自分の父親を含めた反対派の者たちを、領内にある山奥の僻地に追放してしまったのだ……!


 まさに姥捨山のような地で、老人たちは絶望していた。


 ……かと思ったのだが、そうでもなかった。



「ワシは老い先短いからといって、このまま消えゆくつもりはないぞ! 皆もそうじゃろう!?」



「ああ! 生命こそが、最大の『素材』だと、ヘルロウ様もおっしゃっておった!」



「まだまだ若い者には負けんぞ! 最後にひと花咲かせてやろうじゃないか!」



 立ち上がった老人たちは、同じハンドサインをビッ! と掲げる。

 それは、人さし指と親指をLの字型に立てたもの……l


 そう、彼らが幼少の時に見て、そして憧れた……。

 あの●●少年のサインだったのだ……!


 老人たちは幼い頃に戻ったときのように、力を合わせて住まいを作りあげる。


 彼らが追いやられた場所は特に多くの川に囲まれており、孤島のように暮らしにくい場所であった。

 しかし彼らは、その困難にも立ち向かう。


 ずっと覚えていた製法を使い、橋を創り上げたのだ。


 そう……!

 ヘルロウ直伝の、石のアーチを……!


 彼らのことが心配になって、様子を見に来た孫たちは驚いた。

 ずっとおじいちゃんおばあちゃんだと思っていた彼らが、泥んこ遊びをする子供のように真っ黒になって、笑っていたのだから……!



「じーちゃん!? そんなに動いて大丈夫なのかよ!?」



「おばあちゃん!? いったい、なにをしてるの!?」



「おお、お前たちか! 捨てられて、なんだか若返った気分じゃ! ワシらもまだまだ捨てたもんじゃないだろう!」



「なにをしてるかって!? これはなぁ、橋を創っておるんじゃ! しかも木ではないぞ、石の橋じゃ!」



「ええっ!? こんな石を並べただけで、石橋なんてできるわけないだろっ!?」



「危ないから、もうやめて! 帰って領主様に謝りましょう! 私たちも、いっしょに謝ってあげるから!」



「ワシらはもう帰らんぞ! 一生ここで暮らすんじゃ!」



「そうそう! それにな、お前たちにも教えたかったんじゃ! この石橋の創り方を! ほおれ、見てみい!」



 そして、若者たちは目の当たりにする。

 魔法のような、石橋を……!


 同時に、年寄りたちは目の当たりにしていた。

 かつて自分がそうだったように、驚きに瞳をまんまるにし、そして輝かせる、孫たちの姿を……!



「えええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」



「す、すげえすげえ! なんで崩れねぇんだ!? まるで石が宙に浮いてるみたいだ!」



「どうして!? 乗ってもびくともしないだなんて……! まるで魔法みたい!」



「不思議じゃろう? ワシらも初めて見たときは驚いたもんじゃ」



「あ……ブリッヂメイカー様っ!?」



「もうワシは領主ではないから、様はいらんて。それよりも、この橋の創り方を知りたくはないか? なぁに、ワシらでも創れるんじゃから、簡単じゃて」



「ええっ、教えてくださるんですか!?」



「もちろんじゃ。もともとは、新領主になった息子に教えるつもりじゃったんじゃからな。これは、補修のために、天使様から教わったやり方じゃ」



「もしかして、その天使様というのは……」



「そう、ヘルロウ様じゃよ」



 橋はすべて壊され、当時を知る年寄りたちは追放され……。

 石橋づくりの技術は、このまま完全に、この地から消え去るかに見えた。


 しかし今ここに、しっかりと受け継がれた。


 ヘルロウの『ヘル・クラフト』は……。

 いま新たに、若者たちの心に芽吹きはじめたのだ……!

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