第30話
ルシエロ寮の新領主となったブリッヂレイカーは、就任にあたり住居を大幅にリフォームしていた。
彼の新しい邸宅は、この領内いちばんの大きさで、街の新名所ともいえる立派な御殿だったのだが……。
それが一瞬にして、真っ二つに……!
橋の建造に立ち会っていたブリッヂレイカーは、乱暴に切り分けられたケーキのような我が家を目撃し、
「あっ!? うわぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
半狂乱になって、崩れ落ちる……!
「お、俺の家がっ!? リフォームしたばかりの、俺の家がぁぁぁぁぁぁっ!?!?」
彼の取り乱しようとは真逆の、あっさりした声が降ってくる。
「ダメだったか、残念。ちょっと距離の計算が間違っちゃったみたい。でもこれほど大きな工事なんだから、そのくらいの被害はしょうがないよね」
ふわふわと浮きながら、他人事のように言ってのけるダメルシアン。
それだけでも信じられないのだが、彼はさらに、耳を疑うようなことを口にする。
それは、なんと……!
「じゃあ、橋はぜんぶ架けたから、これで仕事は完了だね。じゃあ、僕は帰るよ。僕の偉業を讃える祭りのほうは、今夜からさっそくヨロシク。ちゃんとやってるかどうか、天国からチェックするからね」
彼は抜きっぱなしの大木を3つ倒しただけで、仕事の終了を宣言したのだ……!
しかも大木を抜くのも、運び込むのも、倒すのも……。
ここの人間にやらせておいて、自分はなにもせず……。
ただ空から、アゴで指示をしただけ……!
さらに言うと、大木のひとつは川に落ちたままだし、もうひとつは家屋を破壊したにもかかわらず……!
完了、だとっ……!?
さすがにこれには、ダメルシアンに黙って従っていたブリッヂレイカーもすがった。
「お、お待ちくださいダメルシアン様っ!? これで終わりだなんて、あんまりですっ!」
「そう? あんまりって、なにが?」
「だって、まだ3つとも木を倒しただけではないですか! まだ橋と呼べるものは、ひとつも架かっておりません!」
「そう? 僕からは、じゅうぶんに架かってるように見えるけど……。橋っていうのは、歩いて渡れない所を渡れるようにするためのものだよね? それでいえば、3つともじゅうぶんに橋っていえるでしょ」
「そ、そういう意味でいえば、そうなんですが……! これだと自然の倒木でできた、森の動物が使う橋です! この橋を使うのは動物ではなく我々人間です! なのでもっと渡りやすいものにしてください!」
いよいよ涙ぐんでくるブリッヂレイカー。
しかしその想いはちっとも届いていないのか、ダメルシアンは本気でわかっていない様子で、腕組みをしていた。
「うーん、動物と人間って、何が違うの? 僕ら天使からすれば、同じ生き物なんだけど……。もしかして、人間は動物より偉いだなんて思ってる? ダメだよ、そんな思い上がりは。動物より偉いのは人間じゃなくて、僕ら天使なんだから」
その言動に、ブリッヂレイカーは叫び出しそうになっていたが、ぐっとこらえる。
「ううっ……! い、いえ! 決して思い上がっているわけではありません! 我々人間は、身体能力において動物に大きく劣ります! ですのでこんな木の上をスイスイ歩くことができないのです! ですからもう少し、歩きやすくしていただければ……!」
「うーん、『歩きやすく』と言われても、僕ら天使はずっと空を飛んでるから、歩きやすさなんてよくわからないなぁ。だから無理だよ」
「そ、そんなっ……!? ダメルシアン様は、いちども地面を歩かれたことがないというのですか!?」
「うん、それに僕だけじゃないよ。ほとんどの天使は、必要がなければ地面なんて歩かないよ。いるとすれば、ヘルロウとかいうニセ天使くらいのもんだろうなぁ」
すると、領主の隣にいた、前領主……。
彼の父親がつぶやいた。
「ヘルロウ様はたしかに、地上におられる時はずっと歩いておられた……。翼があるのになぜ歩かれるのかと尋ねたところ、『歩かないと、同じ目線に立ってみないと、翼のない者の気持ちは分からない』とおっしゃったんじゃ……」
「ぐっ……! ううっ! で、でも父上! ヘルロウが悪魔であることは変わりません!」
「そういうコト。悪魔の考えることって、ホント意味不明だよね。だいいち翼のない者の気持ちなんて、考える必要もないし。……じゃあ話もうまくまとまったみたいだから、僕は帰るよ。そろそろお昼だしね」
「そ、そんな! ダメルシアン様っ!? まだ訴えたき旨はたくさんございます! 昼食でしたら、贅を尽くしたものをご用意させていただきますので、どうか……!」
「ダメだよ、僕は地上のものはなにひとつ口にしないって言ったでしょ? それに仕事が終わった以上、一刻も早くこの地から離れたいんだ。ああもう我慢できない、じゃあね」
ダメルシアンはそう言い捨てると、なおも叫び続けるブリッヂレイカーに背を向けた。
しかし何かをふと思い出し、チラと振り向くと、
「あ、そうだ。橋に使った木は、天国だけに生えてる神樹『ユグドラシル』なんだ。だから、とっても御利益があると思うよ。この街を中心にして、この領地はすごく栄えるんじゃないかな。じゃあね」
今度は本当に翼をはためかせ、大空に消えていった。
あとに残されたのは、大嵐が過ぎ去っていったような倒木と、倒壊した家屋……。
そして災害の直後のような、もどかしい絶望感のみであった。
新領主であるブリッヂレイカーは泣き崩れ、ずっとそのまま。
見かねた前領主が立ち上がって、かわりに指揮をとった。
「いつまでもこうしていてもしょうがない! 皆の者、動くんじゃ! まずは倒木を取り除くぞ! そのあとはワシらの手で、新しい橋を架けるんじゃ!」
彼は、パンパンと手を叩き、みなを鼓舞する。
それはまぎれもない、彼が少年の頃に励まされた、ヘルロウのやり方とまったく同じであった。
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