第28話

 ヘルロウが、地獄に橋を架けたのと同じ頃。


 これは、とある地上の一角で起こった出来事。

 そこは、毛細血管のように入り組んだ川が特徴の、『ルシエロ領』。


 水資源が豊富で、産業もすべて水にまつわるもの。

 領民の身体の中にも水が流れていると言われるほどの、水とともに生きている領地であった。


 事の発端は、領主の館より始まる。



「父上! 聞いてください! 今すぐにでも手を打たなければ!」



「息子よ、いったい何をそんなに息巻いているのじゃ? お前も領主になるのだから、もう少し落ち着きを……」



「落ち着いてなんていられません! 私は新領主になるにあたり、この国のことを隅々まで部下に調べさせたのです! そしたらとんでもない事が発覚しました!」



「なに? それは、何だというのじゃ?」



「聞いて驚かないでくださいよ! なんとこの地に架かっている橋のすべてが、悪魔の手によるものだったのです!」



「ああ、そのことか……」



「そのことか、って……父上は知っておられたのですか!?」



「ああ。年寄り連中はみな覚えとるよ。先代の領主……つまりワシの父上がこの地に集落をつくられたときに、川の多さに難儀されておったんじゃ。しかも川の流れも急じゃったから、船じゃといろいろと不便じゃからのう……。そんなときに、ヘルロウ様が助けてくださったんじゃ」



「なんと……! ヘルロウは、そんな昔から悪事に手を染めていたとは……!」



「天使様はみんな、ワシら人間よりずっとずっと長生きじゃからな。当時はワシもまだ幼かったが、ハッキリと覚えておる。少年のようなヘルロウ様が、皆を励まして、率先して橋を作ってくれたんじゃ」



「なぜそんな大事なことを、今まで黙っていたのですか!? 悪魔の橋を放置していては、大変なことになります! いつかこの地に、大いなる厄災をもたらすに違いありません!」



「そんなことはない。橋ができたおかげでこの地は便利になって、ここまで栄えることができたのじゃ。それに橋ができてもうすぐ百年になるが、川が氾濫しても橋はびくともせん。なんの厄災も起こっとらんではないか」



「父上は目先の利益に囚われていて、なにもわかっていないのです! ああ、まさか私の尊敬する父上が、こんなにも愚かだったとは……!」



「これ、口が過ぎるぞ!」



「私は決めました! 就任式の日に、領内にあるすべての悪魔の橋を、一斉に壊すことを! そうすれば我が地は、未来永劫栄えることができる!」



「領内じゅうの橋を壊す……!? それだけはやめるのじゃ! 我が息子、ブリッヂレイカーよ! そんなことをしたら、この地はまた貧困に逆戻りしてしまうぞ!」



「そんなことはありません! 今より立派な橋を、私の力で架け直ししてごらんにいれましょう! それに父上、私のことは領主とお呼びください! 私は父上の息子でありますが、すでにこの地の主なのですから!」



 新領主、ブリッヂレイカーは父の反対を押し切り、就任式にて『悪魔の橋』撲滅を宣言する。

 集まった領民たちは、そのときに初めて、自分たちが使っていた橋がヘルロウの創ったものだと知った。


 そして当然のように、新領主を支持する。

 むしろ就任式が終わるや否や、みなハンマーを手に、こぞって身近な橋を破壊しはじめたのだ……!



「このっ! 今までよくも俺たちを騙してくれたな!」



「くそっ! なかなか崩れねぇな、コイツ!」



「ただの石を積んでいるだけなのに、なんでこんなに頑丈なんだよっ!」



「やっぱりこれは、悪魔の橋なんだわ! そしていつか大切なものが通るときに、初めて崩れるのよ!」



「危ないところだったな! このまま知らずにこの橋を使ってたら、危うく大損害になるところだったぜ!」



「これも先代の領主の不正を暴いてくれた、ブリッヂレイカー新領主様のおかげだっ!」



「悪を悪と断じれるブリッヂレイカー様がいれば、この地はもっともっと良くなるぞ!」



「ブリッヂレイカー様っ! ばんざーいっ! ばんざーいっ!」



 この政策により、ブリッヂレイカーの支持率は就任早々にうなぎのぼり。

 領民にとっては、長年に渡ってこの国を腐らせてきた膿を、取り除いたヒーローのイメージだったのだ。


 しかしこのままでは、船を頼りにせざるをえない不便な生活に逆戻り。

 ブリッヂレイカーはさらに新たなる政策に打って出た。


 それは、『新しい橋を、天使様に架けてもらう』というもの……!


 簡単な木の橋であれば、人間の手でも架けることができる。

 しかしながらそれではインパクトがない。


 それに、長年この国を覆ってきた悪魔の呪いを払拭するためには、神聖なる橋……。

 そう、『天使の橋』こそが相応しい……!


 この発表に、領民は沸きに沸いた。

 なにせ今度こそ、本物の天使様が橋を架けてくれるのだから……!


 ブリッヂレイカーはさっそく、神々に仕える神官たちに指示し、天国にいる天使に上申した。

 選んだのは大天たいてん級の天使、『ダメルシアン』。


 かつてのヘルロウと同じ、創造神見習いであるのと、かつてヘルロウを何度もやり込めたことがあるという、頼もしい噂が選定理由であった。



「ブリッヂレイカー様! ダメルシアン様より神託がございました!」



「おお、神官たち! ご苦労であった! それで、お返事のほうは……?」



「はい! ルシエロ領の橋の創造のほう、引き受けてくださるそうです!」



 よしっ! と思わずガッツポーズが飛び出すブリッヂレイカー。

 しかし喜んだのも束の間、



「しかし、神饌しんせんのほうが、ちょっと……」



 『神饌』というのは、ようは天使になにかを依頼した場合、その対価として支払う謝礼のことである。

 この世界では天使側から具体的な金額を提示され、その上に「気持ちばかり」を上乗せして払うしきたりになっている。


 その額が高額なのか、神官たちは困ったような顔をしているが、ブリッヂレイカーは笑い飛ばした。



「はははは! そんなこと、気にするな! 天使様に頼んでいるのだから、覚悟はできている! それで、いくらなのだ!?」



「は、はぁ……それが、10億エンダーほどで……」



「なるほど、10億エンダーか! たしかに、かなりの額だな! でも、このルシエロの橋のすべてをお願いするのだから、そのくらいはお支払いせねばな!」



「いや、それが、橋ひとつにつき、10億エンダーなのです……!」



 「な……なんだとぉ!?」と思わず目を剥いてしまうブリッヂレイカー。

 しかし、自分を律するように、



「……い、いや……。そ……そうか、きっとダメルシアン様だけでなく、作業員として、橋を架けるために多くの天使様が来られるのだ。それならば確かに、橋ひとつに10億エンダーかかっても……」



「いや、それが、お越しになるのはダメルシアン様おひとりで……。橋の建造にかかる人員は、こちらで手配せよと……!」



「な……なにいいいっ!? 人員まで用意して、橋ひとつに10億エンダーだとぉ!?」



 ちなみにではあるが、ヘルロウがかつて天国にいた時、嫌っていた天使のひとりがダメルシアンである。

 なぜならば、それは……。



「俺は、仕事の価値を低く見積もって、金を払おうとしない素人が嫌いだ。そしてそれ以上に、なにもわかってない素人にふっかけるヤツも大っ嫌いなんだ。しかも高い値段を取っておいてなお、手抜き工事で浮かそうとするヤツがな。顧客の側から価値を評価して払ってくれるならまだしも、騙すようなヤツは許せねぇ」



 以前少年が発した、この台詞……。

 その『大っ嫌い』に当てはまるヤツだったからだ……!

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