第27話

「せっかく人手もできたことだし、ここいらで久々に、でっかい『クラフト』といくか!」



 ……ビシイッ!



 ヘルロウは人さし指と親指を立てて、Lの字のハンドサインを掲げる。



「よぉし、それじゃあさっそく準備をするぞ! まずは亡者たちは壁から石を削りだして、リアカヤックに積んでくれ! 鬼たちは木材をリアカヤックに積むんだ!」



 なにを創るかは聞かされないまま、作業に入る仲間たち。


 この時すでにリアカヤックは10台あり、そのうち4台に石が積み込まれ、残りの1台には木材が積み込まれた。


 残った5台には、亡者がぎっしり。

 ヘルロウ軍の拠点には100人ほどの亡者がいたのだが、そのうち50人ほどを連れていく。


 ヘルロウはサツマイモの蔓で創ったロープの束を肩にかけるとその1台に乗り込む。

 他のカヤックの操縦は、亡者や鬼たちに任せた。



「よぉし、みんな乗ったな! 俺たちはこれから三途の川へと向かう! 残った亡者たちは、さっき指示しておいた作業を進めてくれ!」



 そして10台のカヤックは、旅団のように居並び、土煙をあげながら荒野を進んだ。


 まずは三途の川の渡しに戻る。

 するとそこには、ひとりぽつんと佇む、ひとりの青年亡者がいた。


 どうやら新しくやってきた者のようだが、渡しが無人だったので、どうすればいいのか途方に暮れていたようだ。


 ちなみにではあるが、天国と地獄、そして地上では時間の流れる速さが異なる。

 たとえば地上で飛行機事故などが起こり、大勢の人間が死んだとしよう。


 そうなると、同時に死んだ人間たちが三途の川のほとりに集まって大混乱になりそうだが、そうはならない。

 なぜなら地獄は地上に比べると時間の流れがとても遅く、コンマ1秒差で死んだとしても、河原に着くタイミングは何年ものズレがあるのだ。


 そのため、三途の川に来る亡者というのは、1ヶ月のうち片手の指で数えられる程度である。


 運悪くダーツエヴァー不在の三途の川に来てしまった彼だが、まるで世紀末のようなマシンで対岸に乗り付けたヘルロウ軍団に腰を抜かすほどビックリしていた。



「ほったらかしにして悪かったな、いますぐ渡れるようにしてやるから、お前さんも手伝ってくれるか?」



 彼は、出逢って3秒で作業員にさせられてしまう。


 ヘルロウはまず、川の両岸に杭を打たせ、その間にロープを張った。

 そのロープを目印にしてリアカヤックに乗り、川にも杭を突きたてる。


 水深はわからなかったが、5メートルほどの長さの棒で、なんとか底に届いた。

 岸から川、そして対岸へと等間隔に埋め込まれた杭。


 それをベースに今度は、杭と杭の間に木材を渡し、骨釘で固定する。

 それまではヘルロウの指示をなんとなくこなしていた鬼たちだったが、ようやく気付いたようだった。



「もしかして、ヘルロウ君が作ろうとしてるのは……」



「ほう……ピンキーもようやく気付いたようですね。そうです、巨大な船ですよ。この川に入りきれないくらい巨大な船を作れば、流されることもないですからね」



「違うのだ! ヘルロウは橋を作ろうとしているのだ!」



「「「「「はっ……橋ぃぃぃぃぃぃぃーーーっ!?!?」」」」」



 亡者たちがハモる。



「そうだ、それも木の橋じゃないぞ。石橋だ」



 これには、鬼たちがハモった。



「「「「「い……石橋ぃぃぃぃぃぃぃーーーっ!?!?」」」」」



「橋なら、まだわかるけど……。ううん、橋でもとんでもないけど、石橋!?」



「ああ。石橋のほうが木の橋に比べたらメンテナンスが楽なんだ。それにこの三途の川は普段は穏やかだが、ごくたまに氾濫することがあるんだろう? 石橋ながら頑丈だから、それでも流されることはないと思ってな」



「と……! とんでもないお方でござる! 地獄が始まって何兆……いいや、何京……! いやいや、無限ともいえる時間が過ぎても、橋をかけようとする者などひとりもいなかったでござる! それを、それを……!」



「ああ……! それも流されることまで考えるやなんて、ほんまにどえらい人どすなぁ……!」



「天……俺がかつていたところもそうだったんだが、橋をかけるのは金が掛かると思ってるヤツが多いんだ。それは業者がボッタクリの値段をふっかけるからなんだけどな。しかし橋を架ける決定権があるヤツには、そんな知識がないから、業者の値段を鵜呑みにしちまう。だからこんな末端にまで橋をかけようとは思わなくなるんだ」



 とても中学生とは思えない建築界の裏話を口にするヘルロウ。

 鬼たちは社会見学に来た小学生のように、すっかり感心している。



「俺は、仕事の価値を低く見積もって、金を払おうとしない素人が嫌いだ。そしてそれ以上に、なにもわかってない素人にふっかけるヤツも大っ嫌いなんだ。しかも高い値段を取っておいてなお、手抜き工事で浮かそうとするヤツがな。顧客の側から価値を評価して払ってくれるならまだしも、騙すようなヤツは許せねぇ」



 ヘルロウはなにか過去に嫌なことでもあったのか、珍しくブツクサが止まらなかった。

 しかしそれでも作業の手のほうは止まらない。


 川の上に木材を使って、簡単なアーチを創り上げると、今度はその上に石を載せていった。

 乗せ方や順番が重要らしく、ヘルロウは事細かに指示を飛ばす。



「えーっと、その石の次はそれだな、そのあとは……。あっ、ソイツじゃない、向こうにある石にしてくれ」



「うーん、私にはどれも同じ、切り出した石にしか見えないんだけど……」



「わたしも、違いがぜんぜんわからないのだ!」



「ヘルロウ様がおっしゃっとるんやから、うちらにはわからんような、繊細な違いがあるんどすえ」



「そうだ、アローガ。石橋は組み合わせる石が大事なんだ。最後に下の木材のアーチを撤去したとき、石だけでちゃんとアーチを描けるようになってないと崩れてしまうからな」



「はぁん……ヘルロウ様に、ほめられたどす……」



「ええっ、こんなバラバラの石だけで、アーチなんて組めるの!?」



「ほう……石を上に積み上げるならともかく、アーチということは横に繋ぎ合わせるということです。接着剤のようもので石どうしをくっつけていない限り、崩れてしまいますが」



「それができるんだよ。まぁ、繋ぎを全く使わないしないわけじゃないがな。コイツで石どうしを繋ぎあわせるんだ」



 石どうしを繋ぎ合わせるというのだから、ものすごいアイテムを使うのかと思いきや……。

 ヘルロウの手に握られていたのは、この三途の川ならどこにでも落ちているような、ただの『土』であった。



「なにこれ、ただの土じゃない!」



「こんなので石がくっつくわけないのだ!」



「ところがくっつくんだよ。まぁ見てろって」



 木のアーチの上に仮組みされた、石のアーチ。

 ヘルロウはその上から、枯れ木に花でも咲かせるように土をばらまいた。


 ブロックのように合わさった石の隙間に、土が入り込んでいく。

 さらに川の水をすくいあげると、かけたばかりの土を洗い流すように水をぶっかけた。


 それ何度か繰り返すと、ヘルロウは泥だらけになってしまう。



「……ヘルロウ君、いったい、なにをしてるの?」



「石の上に砂をかけたと思ったら、今度は川の水で流してしまったのだ。しかも、それを何度も……」



「ふぅ……どうやら遊びたかっただけのようですね」



「へ……ヘルロウ様がおっしゃっとるんやから、なにかすごい意味があるんどす……! あかん! どうひいき目に見ても、どろんこ遊びをしているようにしか見えないどす!」



「我が君もとうとう、乱心あそばされたでござる!」



 鬼たちはさんざんな言いようであったが、ヘルロウはどこ吹く風。



「まぁ、いいから見てろって、おい亡者たち! 土台の木のを全部外してくれるか!?」



 ヘルロウの指示に、亡者たちも半信半疑。

 その場にいる誰もが、せっかく組んだ石のアーチがガラガラと音をたてて崩れていく様を思い描いていた。


 しかし木が取り払われていくうちに、それは驚愕へと変わる。



「う、嘘……なんで、崩れないの? もうとっくに、ガラガラってなってるはずなのに……!?」



「す、すごいのだ! 横に並んだ石が、崩れずにくっついているのだ! まるで魔法みたいなのだ!」



「ほう、天技パラソル獄技インフルを使った気配はありませんでしたが……?」



「え……? これ、どないなっとるんどす!? まるで石が浮いているみたいどす!」



「な、なんと面妖な……!? これはただの偶然でござる! 誰かひとりでも乗ったら、すぐに崩れてしまうでござる!」



「そう思うなら乗ってみな。逆に、崩そうとしても無理だろうな」



 挑戦的に言われて、ゴルバはそれを受けて立つ。


 石を並べただけの橋なんて、この中では誰よりもデカブツである彼では、足を置いただけでも崩壊する……。

 その場にいる誰もが、そう思っていた。


 しかし、なんともなかった。


 足を乗せるどころか、歩いてみても……。

 それどころか、上をどたどたと走ってみても……。


 いやいやそれどころか、逆にムキになって、橋を踏み潰す勢いで、どすんどすんと暴れても……!

 びくともしないっ……!?



【等活岩の橋】 施設レベル:3

 等活岩と、河原にあった土を組み合わせた石橋。

 しっかりしたアーチ製法により、100人乗っても大丈夫。

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