第21話
ヘルロウは、手で弾ませていた石を、
……ビシュンッ!
と勢いよく空に放り投げた後、車座から立ち上がった。
「さて、それじゃさっそくやるとするか」
「「「やるって、なにを……?」」」とハモる鬼たち。
「もう少ししたら、『等活地獄』にいる亡者が壁を乗り越えて脱走してくるはず。何人かはわからんが、必ずひとりは脱走を試みるはずだ。ソイツを俺たちでかくまってやるんだ。そしたら獄吏が瞬間移動してくるはずだから、ソイツを倒す。獄吏をいっぺんにふたり相手にするのは無理だろうが、ひとりならなんとかなるだろう」
すると例によって、不満と疑問が噴出した。
ヘルロウはそれらに対し、ひとつひとつ答えていく。
「亡者が脱走するって、滅多にないことなんだよ!? それがもう少ししたら起こるって、どうしてわかるの!?」
「そりゃ俺がさっき、脱走を仕向けるように、仕込みをしたから」
「だーっ! ヘルロウがしたのって、空に向かって石を投げただけなのだ! それがなんで、亡者の脱走に繋がるのだ!?」
「それはちょっと説明するのが面倒くさいな。でもまあ見ててくれよ、本当に脱獄が起こるから」
「ほう……仮にその自信が真実だとして、瞬間移動してきた獄吏にどうやって勝利するつもりなのですか? 相手は武器を持っているんですよ?」
「そうだよ! 獄吏のゴルバ君もアローガちゃんも、私と同じ『鬼中学』に通ってたけど、ふたりともすっごく強いんだよ! たとえ瞬間移動してきたのがひとりだったとしても、地獄製の武器を持ってる相手になんて、勝てっこないよ!」
「ということは、ヘルロウは武器を作って立ち向かうつもりなのだ!」
「ほう……しかしそれは無謀というものです。獄吏に与えられている武器は特別製で、鬼の力を何倍にも引き出す
「ああ、たしかそんな話は聞いたことがあるな。一応武器は創るつもりでいるが、真っ向からやりあうつもりはないよ。力押しほど馬鹿げた戦い方はないからな」
「じゃあ、どうやって勝つつもりなの!?」
「それは簡単だ。俺の立てた作戦を、お前たちが忠実に実行してくれれば負けることはない」
ヘルロウは中学生相応の、普通の身体つきをしている。
身長は160センチに満たず、やや小柄。
対するピンキーやミヅルは高校生くらいなのだが、ふたりとも鬼だけあって身体が大きい。
ピンキーで180センチ、ミヅルで190センチはある。
ふたりからすれば子供のように小さいというのに、どうして地獄の鬼を前にして、そこまで自信満々でいられるのか……不思議でしょうがなかった。
それどころかパンパンと手を叩いて、彼らを急き立てる始末。
「さぁさぁ、これから忙しくなるぞ。俺の作戦を身体で覚えてもらわなきゃならないのと、それに『等活地獄』を獲ったら人が一気に増えるんだ。ソイツらがここで暮らしていけるだけの下地も整えなくちゃならないんだからな」
「ピンキーもミヅルも大変なのだ」
「なに言ってんだダーツエヴァー。お前も働いてもらうぞ。特に戦いでは、お前がキーマンになるんだから」
「えばーっ!?」
……それからの数日間は、ヘルロウの宣言したとおり、目の回るような忙しさだった。
まずは『等活地獄』の獄卒である、『ゴルバ』と『アローガ』を想定しての戦闘訓練。
相手はひとりでもかなりの強敵なので、ヘルロウが立てた作戦も5人総がかり。
そのコンビネーションを身体に叩き込むことが、毎日の日課となった。
そしてそれと並行して行なわれたが、新たなる拠点づくり。
『等活地獄』の外壁近くを拠点と定め、資材を集める。
引っこ抜いてきた木を削って、今度は小屋を作った。
それはいわゆる『ほったて小屋』だったが、それでも先の『さしかけ小屋』とは段違い。
屋根だけでなく壁があるので雨風が完全に防げるようになり、しかも床までちゃんとある。
【木のほったて小屋】 建物レベル:2
木材に、骨釘を打ち付けて創った簡素な小屋。
雨風は防げるが、家としての耐久性は低い。
さらに住まいの近くには、石を積んで使ったカマドや、大きな岩を運び込んだ調理台などを置き、調理場を創った。
これらの施設の建造にあたり、ヘルロウのリアカヤックが大活躍。
リアカヤックはその名の通り、船首にあるレバーを前に倒すと人力による牽引が可能となる。
その機能を使えば、大量の資材をいちどに運搬することが可能となった。
『リアカー』+『カヤック』で、『リアカヤック』……その名に恥じぬ大活躍である。
そして近くには、とうとう畑といえる広さの『サツマイモ畑』が。
【ヘル・フィールド】 施設レベル:2
1ヘクタールほどの面積を有する畑。
最大で30トンほどのサツマイモが産出できる。
ヘルロウはとうとう、3食を安定して食べられるだけの環境を、創り上げてしまったのだ……!
ヘルロウが地獄獲得を決意したのも、地獄において農耕が可能だった事が大きい。
なぜならば、亡者に蔓延する空腹をなんとかできなければ、地獄の改革など無理だと思っていたからだ。
地獄内では狩猟も行なわれているので、それで多少の食料は確保ができる。
しかしそれらはすべてエンマなどの上層部の口にしか入らず、末端どころか中流にも行き渡っていない。
無理もない。
狩猟で維持できるのは、ごく限られた規模の集団のみ。
大勢の人間に糧を与えるためには、農耕が不可欠だとヘルロウは考えていたからだ。
そしてその第一歩が、ついに実現。
ヘルロウは他にも細々とした小道具を創りあげ、ついに亡者たちの受け入れ体勢を、万全なまでに整えた……!
となるとあとは、その記念すべき『第一亡者』である。
ヘルロウの予想では、数日もすれば脱走者が出るとのことだった。
これについて鬼たちは、正直ぜんぜん期待していなかった。
ヘルロウは空に石を投げただけで、それ以外のことはないもしていない。
それでどうして、滅多にないという脱獄者が出るのだろうか。
しかしそれは、あっさりと覆された。
「えばーっ!? み、見るのだ!」
首がグキッとなりそうなくらいに上を向き、天を指さすダーツエヴァー。
ヘルロウや鬼たちが一斉に見上げた、その指先には……。
骨のように痩せ細ったひとりの亡者が、『等活地獄』の塀を必死に這い上がり……。
縁に腹ばいになって、ヒイヒイと荒い息をしながら、下界を見下ろしていたのだ……!
「でっ……!? でたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
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