第20話
地獄を獲る決意を、仲間たちに伝えたヘルロウ。
その野望の第一歩として彼は岩陰を抜け出し、地獄のまわりに立てられている壁の前に来ていた。
地獄は、地獄門を出発点として、ぐるりと高い塀によって囲まれている。
地上の刑務所の倍以上ありそうな高さのそれは、中にいる亡者たちを脱走させないためである。
その壁により掛かりながら、ヘルロウは仲間たちに向かって言う。
「よし、今日からここを拠点にして、地獄を獲りに行くぞ」
すると鬼たちは揃って、喉彦が見えるほどにあんぐりと口を開けていた。
「ほ、ほんとうにやるの……?」
「ほう……まさに有言即実行というわけですね」
「ただの夢じゃなかったのだ……」
「当たり前だ。これだけのお宝を前に、黙って見ていられるか」
「地獄を『お宝』なんていう亡者、初めて見た……」
「というか、鬼にもいないのだ」
「ほう……お宝というのは、具体的にどんなものをいうのですか?」
「中にあるもの全部だよ。俺にとってはなにもかもが輝いて見える。たとえばコレ、なんだか分かるか?」
ヘルロウはよりかかっていた壁を、親指でトントンと突いた。
「この壁は『
「なんだ、ようはただの石ころなのだ! 三途の川に転がっている石と、なにが違うのだ!?」
「等活岩は割れにくいうえに研磨がしやすいから、いい刃物になるんだ。河原の石で創ったナイフとは、段違いの斬れ味になる」
「そういえばヘルロウ君って、河原に埋まってた骨も宝物みたいに扱ってたもんね……」
「それにお宝はモノだけじゃないぞ。ヒトもたっぷりいる。中にいる亡者を仲間にできれば、さらに勢力拡大できるんだ」
ヘルロウは熱心に語るが、鬼たちはいまいちピンと来ていなかった。
「ほう……なにを望んでいるかは理解できました。でも、具体的な手法……。地獄を獲るといっても、いったいどうやって獲るつもりなのですか?」
「うん、ミヅルの言うとおりだよ。ここにはゴーレムのストローを含めたとしても、たったの5人しかいないんだよ」
「ヘルロウの立っている壁の向こうには、怖い鬼たちがうじゃうじゃいるのだ! それこそ50人や500人どころじゃないのだ! どうやったって、勝てるわけがないのだ!」
「そうか? 俺はそうは思わないけどな」
「ほう……それだけ自信があるということは、すでになにか考えがあるのでしょうか?」
すると、ヘルロウはあっさり肩をすくめて首を振った。
「いや、まだない。ただ知ってのとおり、地獄ってのは、らせん状に高さの違う8つの区画があって、いちばん高い所にエンマ城があるんだよな。いま俺がいる壁の向こうには、らせんの第1歩……そして第1の地獄とされている『等活地獄』がある」
ヘルロウは木の枝を取り出すと、地面に地獄の見取り図を書いてみせた。
「それぞれの地獄は、それぞれの地獄を象徴する岩でできた壁で区切られている。第1区画である『等活地獄』なら、さっき言った『等活岩』。第2区画である『黒縄地獄』なら『黒縄岩』といった具合に」
「もしかしてその岩っていうのは、だんだん硬くなっていくとか……?」
「その通りだ、ピンキー。賽の河原にある石はレベル1の硬さなんだが、『等活岩』ならレベル2の硬さ、『黒縄岩』ならレベル3の硬さといった具合になっている」
「ヘルロウは亡者なのに、地獄に詳しいのだ。でも、どうしてそんな風になっているのだ?」
「それは奥の区画になるほど重罪の亡者たちがいるから、より硬い岩で脱出を阻んでいるんだろうな。少なくとも今の俺たちには、どの岩も掘ることはできない」
「ほう……賽の河原にある素材で岩を掘ることができないということは、地獄に入るためには地獄門を通るか、壁をよじ登るしかないということですね」
「その通りだ、ミヅル。でもいずれにせよ、俺はこの第1地獄である、『等活地獄』を攻略する」
「攻略って、どうやるのだ? 中には怖い鬼がいるうえに、そもそも中に入る方法もないのだ!」
「それはこれから考えるさ。いいアイデアを出すために、まずは『等活地獄』についてお前らの知っていることを教えてほしい」
ヘルロウたちはそれから車座になって、『等活地獄』についての情報交換をした。
等活地獄というのは、地獄の度合いでいえば、レベル1にあたる。
最も軽微な罪である『殺生』、いたずらに生き物を殺した者が送られる地獄である。
この地獄にいる間、亡者は殺戮本能を刺激され、他の亡者を殺さずにはいられなくなる。
そうすると当然、大規模な殺し合いのバトルロイヤルが始まるのだが、それは永遠ともいえるほど終わりがない。
そして死んでも、この地獄の獄卒により復活させられ、殺し合いを続けさせられる。
殺し合いには、以下のルールが存在する。
殺し合いを止めた者は、獄卒によって殺される。
そして殺し合いに復帰するまで、何度も殺され、何度でも蘇生させられる。
徒党を組んだ者は、獄卒によって殺される。
亡者には、ランダムで武器が1種類与えられる。
といっても木製の棒で、長く尖っていて刺突できるか、太くて短くて殴打に向くかの違いしかない。
その武器は亡者の手から離れた瞬間に消えてしまうので、投げて使うことはできない。
また奪って二刀流などをすることもできない。
亡者が死ぬと武器は消え、復活時に新たな武器が与えられる。
殺し合いの舞台となる地獄内には、木片ひとつどころか、砂粒ひとつ落ちていないコンクリートのようなのっぺりとした更地。
そのため武器となるのは、与えられたもの以外は一切無いことになる。
地獄を出ても、手にしていた武器は消えたりはしない。
しかし出た理由が脱走である場合は、獄卒が瞬間移動してきて殺され、再び地獄内で復活させられる。
正規の手順で殺し合いを抜け出すには、1兆6653億年の間、殺し合いに参加する必要がある。
その拘留期間を終えた者は、地獄から転生することができる。
それとは別に、以下の条件を満たした場合は拘留期間に関係なく、例外的に転生ができる。
シャカの『救済』を得る。
天国より垂らされた蜘蛛の糸を伝って、天国まで登りきる。
この地獄にいる獄卒は2名、『ゴルバ』と『アローガ』。
ともに、等活岩でできた石棒を武器としている。
両名とも鬼武者と称されるほどに武芸に通じ、ひと薙ぎで数十人の亡者を殺してしまうという。
しかも亡者の武器では、カスリ傷ひとつつけることができないという。
彼らの武器を奪おうと、過去に試みた亡者たちもいたらしい。
しかし石棒は石輪によって手首に結びつけられているので、奪うことができなかったそうだ。
そのため、獄卒を倒しての脱走は不可能といわれている。
ヘルロウは、鬼たちから泡を飛ばす勢いで、身振り手振りまで交えて、いかに等活地獄が恐ろしい所かを噛んで含められた。
最後に鬼たちは、口を揃えて、
「だから攻略は、絶対に無理……!」
と念まで押されてしまった。
しかしヘルロウは、そよ風のようにそれを受け流すと。
「攻略は賽の河原より簡単そうだな。この石ひとつあれば、じゅうぶんだろう。クラフトすらする必要はなさそうだ」
河原の小石を手の中で弾ませながら、そんなことを言ってのけたのだ……!
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