第19話
結局『美魔天使コンテスト』は、過去に例を見ないほどにさんさんたる有様だった。
なにせ出場者たちがステージ上でキャットファイトを繰り広げ、髪やドレスはボロボロ。
石膏のように塗り重ねたメイクも剥げ落ち、年相応のシワ肌を晒してしまう。
しかも全員が全員、『悪魔のブラ』を身に付けていたというのがわかり、もうしっちゃかめっちゃか。
ステージの幕が無理やり降ろされて強制終了という、なにもかもが醜い終わり方となってしまった。
ごく一部ではあるものの、天国は地獄になりつつある……。
これは、そんな未来を予感させるような出来事であったが、まだ気付く者は誰ひとりとしていなかった。
そして逆に、一部ではあるものの、地獄を天国に変えつつあった、少年はというと……。
自作のリアカヤックのハンドルをストローに預け、三途の川を渡り、そのまま直進。
陸上をひた走り、地獄の入り口である『地獄門』までたどり着いていた。
『地獄門』は文字通り、地獄の入り口となる唯一の門である。
人間が地獄に入るためには、必ずこの門を通らなくてはならない。
門は中華街などにありそうなデザインで、水門のように巨大。
金細工で荘厳に飾られた、
『 門 獄 地 』
という看板がかかっている。
門の奥にはスケールがおかしいほど巨大な上り階段があり、おそらくエンマ城の裁きの間に繋がっているものと思われた。
門戸は常に開け放たれているが、そこには大勢の見張りの鬼が立っている。
近づくと気付かれてしまいそうだったので、ヘルロウは途中にあった大岩の陰にヘルカヤックを着け、そっと覗き込んで様子を伺っていた。
ピンキーは抱っこしたダーツエヴァーを介抱している。
「ダーツエヴァーちゃん、大丈夫? いくらヘルロウ君の船が速いからって、あんなにはしゃがなくても……」
興奮しすぎてのぼせてしまった子供のように、ピンキーの腕のなかでグッタリしているダーツエヴァー。
「は、速いなんてもんじゃないのだ……。『三途の渡し』から『地獄門』までは、三日三晩歩きどおしでないと、たどり着かないのに……。それを、一日もかからずに……。ありえない、ありえないのだ……」
「すごいよねぇ、ヘルロウ君の船って。私も初めて乗ったとき、びっくりしたもん」
「だーっ! ふ、船は、地面の上を走ったりしないのだ! あれは船なんかじゃないのだ!」
「船じゃなかったら、なんだっていうの?」
「と……とってもすごいものなのだっ! よくわからないけど、とにかくすごいものなのだーっ! えばーっ!」
興奮がぶり返してきたのか、がばっと起き上がって手足をジタバタさせるダーツエヴァー。
「わあっ、落ち着いてダーツエヴァーちゃん! また鼻血が出ちゃうよ!」
ピンキーと、隣で正座していたストローが慌てて彼女をなだめにかかる。
そのやりとりを、特にこれといった感情もなくレンズに映していたミヅル。
骸骨テンプルをクイと押し上げながら、視界の隅で、岩によりかかっていた人物に注意を移した。
「小生も、多少であれば地獄の門番に顔がききます。気になるところがあれば、見てきましょうか?」
門のほうを凝視していたヘルロウは、「いや、いい」と向き直る。
「もしかしたらと思って見に来てみたんだが、どうせあの門から中には入れないんだ。だから偵察はいらない」
「ほう……。なにやら、気になる物言いですね。その口ぶりでは、地獄に入りたそうに聞こえますが」
「そりゃ入りたいさ。なんたって俺は、こっちに引っ越してきたんだ。こんな玄関先で指を咥えて見ているだけのつもりはないよ」
「ほう……。地獄に入りたがる亡者など、初めてお目に掛かりましたよ。でもそれならば、普通にあの門に行けば入れてもらえますよ」
「俺は、地獄の客になるつもりはない」
「ほう……。と、言いますと……?」
「地獄を獲りに来た。あそこにはきっと、天国や地上では見たこともないような素材が、ザクザク眠ってるだろうからな。それを使って俺は、地獄をクラフトする」
「じ、地獄を獲って、地獄をクラフトする……!?」
これにはミヅルだけでなく、ピンキーやダーツエヴァー、そしてストローまでもが仰天していた。
「わあっ!? 地獄をクラフトするって、ヘルロウ君……! それ、どういうことなの!?」
「こっちに引っ越してきた時から考えてたことなんだ。そして、サツマイモが創れた時点で確信した。地獄は、変えられるってな……!」
「だーっ!? 地獄を変えるって、なぜ変えなくてはならないのだ!?」
突然の改革宣言に、戸惑いを隠せない鬼たち。
ヘルロウは彼らのほうをしっかりと向いて、自らにも言い聞かせるように、力強い言葉を綴る。
「まず、貧困だ。お前たち下級の鬼を見て、それがかなりの状態まで悪化していると実感した。いままでは他人事だったが、こっちに引っ越してきた以上、黙って見過ごすわけにはいかない。いくら地獄の鬼……いいや、亡者たちにだって、最低限、人間の三大欲求はしっかりと満たせる世界にするべきなんだ。なぜならばそれこそが、『生産性』を上げ、よりよい未来を創っていくんだからな」
「よりよい……」「未来……」
まさか地獄において、未来の話をする者がいるとは……。
鬼たちが呆然としてしまうのも、無理はなかろう。
ヘルロウの主張は続く。
「そして、地獄の責苦だ。これは貧困に関係なく、ずっと前から気になっていたことなんだ。地獄の責めは、無意味なものが多すぎる! いいや、無意味なものしか存在しない!」
どうやらこちらが本命だったのか、口調が荒ぶる。
しかし鬼たちにもプライドはあるのか、『無意味』と言われてカチンときたようだ。
「無意味だなんて、そんなことないよ! ここに来る亡者たちは、前世で悪いことをしたんだから、苦しみを与えて反省させてるんだよ!」
「おい、それは正気で言ってるのか!? エンマの建前に踊らされてるだけじゃないのか!?」
「そ、そんなこと……!」
「なら答えてみろ! 賽の河原で石を積んで、親不孝の反省になるか!? 死んでも死んでも殺し合いをさせられて、自分が前世で誰かを殺したことを反省できるのか!? その責苦でどうやって、自分の罪を省みることができるんだよっ!?」
「ううっ……! で、でも、亡者たちは、悪い事をしたのだ! だから……!」
「俺が言いたいのは、罰を与えるなってことじゃない! 与えるなら、意味のある罰にしろって言ってるんだ!」
「ほう、意味のある罰とは、いったい……?」
「そんなの決まってるじゃないか! 『労働』だよ……!」
「「「ろ、労働っ!?」」」
「そうだ! 亡者たちを働かせれば、この地獄は『労働力』と『生産力』を得られる! そうすればおのずと経済が発展し、内需も生まれる! そしてゆくゆくは、外貨の獲得……。地上や天国とも、取引できるようになるんだっ!」
「「「てっ、天国と、取引っ!?」」」
「そうなれば、お前たち鬼たちも豊かになれる! もう種モミを食らうことも、河原で寝ることもなくなるんだ! 亡者たちにも対価を与えられるようになれば、さらに怖いものなしだっ!」
「対価ってもしかして、お給料のこと!? そんなのダメだよっ! 亡者たちにお給料なんてあげたら、反省しなくなっちゃうよ!」
「それは違う! それこそが地獄の亡者たちに必要な、『反省』なんだ! なぜならば、ヤツらは悪事に手を染めたがために、墜ちた者たち……。それはいわば、汗水たらして働いて、正当な対価を得る喜びを知らなかった者たちなんだ! まっとうな人間の喜びを教えてやって、更生させてやることが地獄の役割なんじゃないのか!? それもせずに、ただただ意味もなく苦しめることで、どれだけの亡者が救われるってんだ!!」
それは、圧倒的正論であった。
鬼たちは3人がかりで反論したというのに、
「「「うううっ……!!」」」
もはや、ただのけぞることしかできなくなっていた。
反論がなくなったところで、ヘルロウは踵を返す。
その背中は小さいはずなのに、鬼たちには、なぜかとてつもなく大きく見えた。
彼は両手を広げ、いま隠れている岩ごと、地獄の山を胸中におさめた。
「俺は無駄なことが、大っ嫌いなんだ……! だから獲ってみせる! この無駄のカタマリの世界を! そして変えてみせる! この俺の『クラフト』で……!」
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