第18話

 ヘルロウが堕天した際、天国と地上に普及している下着に、ヘルロウの『偉業』が使われていたことは当初から判明していた。

 しかし天国の天使たちや、地上の人間たちはこぞって、



「なぁに、そんなの新しい下着を作ればいいだけじゃねぇか! 下着なんて、ただの布きれだろ! むしろヘルロウのよりもいい下着が創れるかもしれねぇぞ!」



 とタカをくくっていた。


 彼らは知らなかった。

 普段自分たちが何気なく使い、身に付けているものに、どれだけの研究と試行錯誤が費やされているかを……。


 下着を『布きれ』などと揶揄した者たちが創れるものは、はやりただの『布きれ』でしかないことを……!

 彼らはようやく、思い知ったのだ……!


 そして一度豊かな生活を経験してしまった者は、貧乏に耐えられないように……。

 彼らは『布きれ』では満足できなかった。


 それは先の、百貨店の高級下着売り場の例を見ても明らかであろう。

 もちろんそれは、セレブ御用達の高級下着だけにとどまらない。


 なぜならば下着というのは、老若男女、元気病気、善人悪人……。

 天使悪魔を問わず、絶えず身に付けるものだからだ……!


 かつてヘルロウが通っていた天使中学では校則が厳しく、生徒たちが登校する時間になると、校門で厳しい服装のチェックが行なわれていた。


 普段は校門だけで終わっていたのだが、最近は女生徒だけは体育館へ場所を移して続けられる。

 なぜならば……。



「それでは、今日も見せてみるザマス!」



 壇上にいる、ナスビに赤い三角メガネを乗せような顔の女教師が厳しく言い放つ。

 すると館内に朝礼のごとく整列した女生徒たちは、一斉に制服の裾とスカートをまくりあげた。


 露わになる下着たち。

 風紀委員の女生徒たちが、それをひとつひとつ、厳しくチェックしていく。


 なんとも異様な光景であった。

 しかも粗製な下着は肌に合わないのか、うら若き肌はどれも痛々しい赤さに染まっている。


 しばらくして全校生徒のチェックが終わり、問題なしということがわかると、女教師は咳払いをひとつ。



「こほん! 今日もちゃんと、校則に則った下着を着けているザマスね! 大変結構ザマス! 服装の乱れは心の乱れといいます! 特に下着は外から見えないので、乱れやすいところザマス! だからといって手を抜いてはならないのが天使たるもの! 特に悪魔の下着を身につけたりすることなど、言語道断ザマス!」



 いつもであればそれで、『朝の服装チェック』は終わるのだが、今日は違っていた。



「はいっ! オーベルジーヌ先生っ! 先生に、お教えいただきたいことがあるのですが!」



 いちばん手前にいたひとりの女生徒が、さっと手を挙げる。



「なんザマス?」



「あの、オーベルジーヌ先生が、悪魔の下着を着けているっていう噂があるんですけど、本当ですかっ!?」



 するとオーベルジーヌと呼ばれたナスビ顔の教師は、メガネが落ちんばかりに息を呑んだ。



「んまっ!? な……なんてことをっ!? だ、誰ザマスっ!? そんな根も葉もない噂を流したのは!? きっとアテクシの美しさを妬んでのことに、違いないザマスっ!」



「あの、でしたらオーベルジーヌ先生、下着を見せていただけませんか!?」



 すると、他の生徒たちも次々に乗ってきた。



「私もその噂を聞いたことがあります! せっかくの機会ですから、ハッキリさせたほうがいいと思います!」



「はい! 私もその通りだと思います! このまま放っておけば、その人はずっとオーベルジーヌ先生の悪い噂を流し続けると思います!」



「でもここで証明してくださったら、その噂を聞いた時に、私たちはきっぱりと否定し、やめさせることができます!」



「お願いです、先生! 私たちに身の潔白を証明してみせてください!」



 生徒たちは真摯に訴えかけたが、オーベルジーヌは我が身を守るように身体を抱いて拒んだ。



「なっ……!? なにを言うザマスかっ!? アテクシが違うと言っている以上、それ以上のことは必要ないざますっ! あなたたちはこのアテクシを疑うざますかっ!?」



「でもオーベルジーヌ先生は、私たちを服装検査なさいます! 私たちが悪魔の下着を身につけてないと訴えても、毎朝……!」



「それは教師と生徒だからザマスっ! あなたたちは管理される側、アテクシは管理する側! 管理する側が服装検査だなんて、他の生徒に示しがつかないざますっ!」



 そこで予鈴のチャイムが鳴り、オーベルジーヌはさらに勢いづいた。



「ああっ!? 根も葉もないくだらない噂のせいで、時間を無駄にしてしまったざます! これで朝のスキンケアの時間がなくなってしまったザマス! 今日の夜は『美魔天使コンテスト』の最終審査だというのに……! これで優勝を逃したら、あなたたちのせいザマス! 全員、反省文を提出するザマス!」



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 それから、ちょうど時計の長針が一周した頃……。

 オーベルジーヌは朝の体育館と同じような、壇上に立っていた。


 しかしながら彼女に向けられていたのは、疑惑の視線などではない。


 まわりの醜い女どもを覆い隠し、彼女の美しさをだけをまあるく切り取るような……。

 真に美しいものだけが浴びることのできる、陽光のような……。


 まばゆいほどの、スポットライト……!



『第67238回、美魔天使コンテスト! 栄えあるグランプリに輝いたのは、オーベルジーヌ・クレセントムーンさんですっ!』



 割れんばかりの拍手に包まれ、オーベルジーヌは白カビの生えたようなナスビ顔の頬を、両手で押さえていた。

 まるで自分が選ばれるとは夢にも思わなかった、みたいな表情を作っている。



『おめでとうございます! オーベルジーヌさんっ! 受賞の喜びをひとこと! まず、どなたにこの喜びを伝えたいですか!?』



 司会者からマイクを差し出され、彼女は咳払いをひとつ。



『こほん! まずは今朝、体育館でアテクシを送り出してくれた、天使中学の生徒たちにありがとうを言いたいざます!』



 さらに前に出て、後ろで気のない拍手を送っていたライバルたちを一瞥すると、



『アテクシは特にこれといったことは何にもしておりませんでしたので、日々美しさを保つために必死な皆様には到底勝てないと思っていたザマス! アテクシにあるのは、この三日月と見まごうほどの、生まれついての美貌のみ……! たったこれだけで、何にもしていないアテクシが勝ってしまって、申し訳ない気持ちでいっぱいザマス!』



 しかし演説の途中、ふと敗者のひとりが歩み出てきて、そっと手を差し出してきた。

 オーベルジーヌはてっきり握手を求めているのだろうと思い、それに応じようとしたのだが……。


 敗者の手はオーベルジーヌの手を通り過ぎ、その奥にあるドレスをガッとわし掴みにすると、



 ……バリバリバリィィィィィィィーーーーーーーーーーッ!!



 ブラまでまとめて、ヘソが丸出しになるくらいに、引き裂いたっ……!?



「ぎゃあっ!?」



 マイクを放りだし、その場にしゃがみこんでしまうオーベルジーヌ。

 敗者は空いていたほうの手で、そのマイクをキャッチ。


 さらに、もぎ取ったきらびやかな布を観客席に向けて掲げ、こう叫んだ。



「見てください! このブラを! なんと、ワイヤーとカップが入っています! 優勝者のオーベルジーヌさんは、『悪魔の下着』を身に付けていたんですっ!!」

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