第17話
『ヘル・ビキニ』を身に付けたピンキーは、その心地の良さにまず驚いた。
「うわぁ……! すごい! このビキニ、いままで着けてたのと全然違う! 前のは新品のをつけると慣れるまですっごく気持ち悪かったんだけど、これはもう身体の一部みたい!」
まるで肌のように、ピッタリとフィットしたビキニ。
しっかりと支えられた豊かな胸を凝視しながら、ヘルロウは満足げに頷いた。
「今まで着けてたのは大量生産で、個人差なんてまったく考慮されてなかったんだろ。それはピンキーの胸に合うように創ったからな。それに生地もかなりいいヤツだから、着け心地は抜群のはずだ」
「うん! 最高っ! それにいくら動いてもぜんぜんズレたりしないし、ぜんぜん痛くない! 前までは激しい動きをすると、胸が痛くなって腫れあがったりしたのに!」
長い拘束から解き放たれた美しき獣のように、のびやかに身体を動かしまくるピンキー。
修理を終えたばかりのストローと同じく、ダンスに続いて演武を始めた。
「それっ! それっ! えいっ! えいっ! すごいすごい! 私、格闘技が趣味なんだけど、いつも胸が邪魔で思いっきりできなかったんだ! でも水着を変えるだけで、こんなに動きやすくなるだなんて! 見て見て!」
ピンキーは、習ったことを親の前で披露する子供のように大技を披露し、はしゃぎまくる。
引き締まった身体から繰り出される、豪快かつ流麗なパンチやキック。
鬼らしいパワフルさと、女性らしいしなやかさを併せ持ったそれらは、ビュンビュンと風を唸らせていた。
「ああ。ブラにはワイヤーに加えてカップも入ってるから、かなり動いても胸がスレたりズレたりしないはずだ。クーパー靱帯の伸縮も最低限に留められるよう設計してあるから、痛くないだろう?」
するとピンキーは、拳を突き出したままピタリと止まる。
急に冷めたような視線をヘルロウに投げかけながら、
「うわぁ……ブラのことを熱心に語る男の子って、なんかキモい」
傍で眺めていたミヅルとダーツエヴァーも賛同する。
「ほう……彼の前世は変態だったのかもしれませんね」
「だーっ! ヘルロウはずっとピンキーの胸をジロジロと見ていたのだ! やっぱり変態さんなのだ!」
「ほう……ということは、ブラを創ったのはピンキーの胸目当てということになりますね。でもそうなると、パンツを贈られた小生の場合は、股間目当て……?」
ヘルロウの入り組んだ性癖に気付き、サッ! 身体を覆い隠す鬼たち。
「ち……違うよっ! 俺は昔、胸のことで悩んでいたヤツらのためにブラを創ってやったことがあるんだ! 人体の研究をしてみたら面白くて、ついハマったこともあるけど……。今回もそれを活かしただけで、別にいやらしい目的でやったわけじゃねぇよ!」
創ったブラが問題ないか、つい胸を凝視してしまったヘルロウ。
指摘されて今更ながらに真っ赤になり、視線をそらした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
地の底といわれる地獄では、今まで当たり前でなかったものが、当たり前になりつつあった頃……。
天の蓋といわれる天国では、今まで当たり前であったものが、当たり前でなくなりつつあり……。
悲劇……いや、完全なる喜劇が展開されていた。
それは、とある高級百貨店の下着売り場。
「オーベルジーヌ様、こちらなどいかがでしょう? 新作でたいへんお勧めとなっております」
「そんな布きれみたいなの、アテクシは着けないザマス。ブラはいつもワイヤーとカップありのものと決めているザマス」
「あの、オーベルジーヌ様、大変申し訳ございません……。ワイヤーとカップありブラは、すべて廃番となってしまいまして……」
「廃番? いままでこの売り場はワイヤーとカップありのブラ一色だったザマス。なんで急に?」
「それが、悪魔が創ったものとされておりまして……」
「えっ、まさか、ヘルロウが創ったものだったんザマスか!?」
「はい、左様でして……。そのため、今はどの下着売り場に行っても、ワイヤーとカップありのものはございません」
「そ、そんな……!? 今更そんな布きれみたいなの、着けられないザマス!」
「しっ! オーベルジーヌ様、そんなことを言われますと、悪魔のお仲間かと思われてしまいますよ!」
「うぐっ……! た、確かに……!」
「でもオーベルジーヌ様には、いつもご愛顧いただいておりますので、特別にこちらをお出しすることもできますが……」
「あっ、それは!? ぜんぶ廃番にしたんじゃないんザマスか!?」
「しっ! 声が大きいです、オーベルジーヌ様! お静かになさってください!」
「うぐっ……! は、廃番になったんじゃないんザマスか?」
「はい、たしかにすべて廃番にして、燃やしたはずなのですが……。
「う……売っていいんザマスの?」
「もし売ったことがバレてしまったら、当店は営業停止処分どころではすまないでしょう。あっ、でもご安心ください。オーベルジーヌ様が買われたことは記録には残りませんし、そして私どもも取り調べを受けても決して口外いたしません。ですのでオーベルジーヌ様も、このことはご内密にしていただければ……」
「わ、わかったザマス。誰にも言わないザマス。で、いくらザマスか?」
「ありがとうございます。おひとつ100万
「ひゃっ、ひゃくまんっ!? 以前までは最高級のでも10万
「申し訳ございません。こちらは在庫僅少のうえに、販売に多くのリスクがありますので……。でも、お得意様のみなさまは、このお値段でもお買い上げくださいます。みなさまそれだけ、今のブラは着けていられないようでして……」
「そ、そりゃ……今のブラを着けるくらいだったら、包帯でも巻いておいたほうがましザマス。……ううっ、美魔天使と呼ばれるアテクシが美乳を維持できているのも、ヘルロウのブラのおかげザマス。買うザマスっ、全部……!」
「ありがとうございます。でも当店にあります在庫全部となりますと、お持ち帰りが無理なほどの数になりますが」
「なら、これから言う住所に送ってほしいザマス」
「よろしいのですか? 私どもがお売りした記録は残りませんが、配送の記録は残ってしまいますが……」
「かまわないザマスっ!」
……ものづくりをする天使というのは、大きくて派手な建造物や、神々が喜ぶ美しいもの、そして歴史に名が刻まれるような大発明にしか興味を示さない。
なぜならば、それらの大いなる偉業を残すことができれば、天使としての働きが評価されて階級があがる。
そしてゆくゆくは、『神』への仲間入りができるからだ。
地上の人間たちの船や、ましてや下着などを創りたがる天使はいない。
ただ、ひとりを除いては。
そのためヘルロウが開発した下着は、天国でも地上でも100%のシェアを誇っていた。
天国ではそもそも開発したがる天使がいないし、地上では天使が開発したものを有り難がって使うからだ。
ちなみに下着については、最初のひとつをヘルロウが創ったあとは、その製法を元に下着会社が製造を行ない、それがスタンダードとして広く流通していた。
ヘルロウには利益が入ることはないが、『ワイヤー入りのブラを開発』『カップ入りのブラを開発』という『偉業』が与えられる。
それは前述の、天使たちが残したがる『偉業』に比べたらゴミのようなものでしかない。
しかし開発者としての名前だけは、片隅にではあるものの、永遠に残るのだ。
ようは利益を生むことのない、『特許』のようなものだといえばわかりやすいだろうか。
今回、ヘルロウの堕天にあたり、すでに製造されていた下着、そして製法までもがあわせて灰に処されてしまった。
それでも、別の下着を創り直せばいいだけの話と思われるかもしれないが、そうはいかない。
そもそも、今までずっと当たり前だった製法を破棄してしまった今……。
下着会社が創れるのは、『布きれ』と揶揄されてしまうような、ヘッポコ下着のみ……!
しかもヘルロウの『偉業』はすべて『悪魔の所業』へと変わってしまったので、ワイヤー入りブラも、カップ入りブラも……。
それどころか下着において、スタンダードとされていた性能のすべてをヘルロウが開発していたせいで……。
同じものの開発が、物理的にも世間的にもできなくなってしまったのだ……!
もし今、ワイヤー入りのブラを出そうものなら、
「悪魔の所業を使った下着だ! こんな物を身に付けたら、悪魔になってしまうぞ!」
「そうだ! きっとこんな物を作っている会社も、悪魔に魂を売った者たちに違いない!」
「天国からも、地上からも一掃すべきだ!」
などと世論が騒ぎ出し、倒産どころか、社員全員が堕天させられてしまうだろう。
しかし当の女性たちは、そうも言っていられなかった。
なにせ今のブラは、ノウハウも製法も原初レベルで作られたばかりのもの。
身に付けようものなら、痛さと不快感でストレスがマッハ。
もちろん製法については、少しずつはマシになってはいくだろう。
しかし主要特許が使えない以上、決して元の快適さを得ることは不可能……!
そのため、たとえバレたら悪魔呼ばわりされるとはいえ、ヘルロウのブラを身に付けないわけにはいかなかったのだ。
なぜならば彼女たちは、今までそれで生きてきたのだから。
ある者はヘルロウのブラによって、永遠ともいえる美しさと、『女性らしさ』を手に入れ……。
ある者はヘルロウのブラによって、胸のハンデを乗り越え、『女性らしさ』から脱却。
彼女たちをより高みへと、押し上げていたのだから……!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます