第15話

 ヘルロウは採れたサツマイモを、さっそく焚き火で焼いて鬼たちに食べさせる。

 それはかなりの衝撃を与えていたのだが、特に女性陣たちには効果てきめんであった。


 ピンキーもダーツエヴァーも、アツアツの焼き芋をハフハフしながら口にした瞬間、



「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?」



「えばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?」



 ピンキーもダーツエヴァーも、独特な嬌声をあげてひっくり返ってしまった。

 そして弓なりに身体を反らし、ビクンビクンと痙攣。



「お……おいっ……! ひいっ……! こ、こんなに……! こんなにおいひいものが、この世にあっただなんて……!」



「お……おいひいのだ……! わ、わたしは種こそがいちばんおいひい食べ物だと思っていたのに……! なんばいもなんばいも、なんばいもおいひいのだぁぁぁぁーーーーーーーーーーーっ!!」



 ミヅルはすでに、倒れたまま動かなくなっていた。

 一足先に、昇天してしまったらしい。


 無理もない。

 味のない焼き魚ですら我を忘れていた彼らにとって、初めての『味』と呼べるもの。


 焼けたサツマイモをふたつに割ると、ほっこりとした湯気と、甘さと香ばしさが混ざったなんともいえない芳香がたちのぼる。

 中からのぞく黄金色の実にかぶりつくと、歯の裏にまとわりつくような甘みが生まれて……。


 それはもはや官能的ともいえる甘美となって、彼らの全身を貫いていたのだ……!


 鬼たちはたったひと口で恍惚の境地に達していたので、ヘルロウも「どれどれ」と試食をしてみた。



「うーん、やっぱり種から育てたせいか、大きさも味もまだまだだな。でもこれで種芋が手に入ったから、これを植えていけば、次にはもっと大きくておいしいサツマイモが採れるようになるはずだ」



「も、もっとおひくなっちゃうの……? そ、そんなの無理、もう無理だよぉ……。そんなの食べたら私、死んじゃう、死んじゃうよぉぉぉぉ……!」



「こ、これ以上、おいひくなってしまうなんて、ダメのだ!? そ、そんなのを食べてしまったら、わたしはおかしくなってしまうのだぁぁぁぁ……!」



「ほう……まださらに上があるというのですね。こうなったら乗りかかった船ですから、仕方がありませんね」



 鬼たちはそんなことを言いながらも、ムシャムシャと芋をむさぼり続ける。

 こうして見ると、彼らは地獄の鬼というよりも、キャンプの難民にしかし見えない。


 両手で持った芋をボロボロとこぼしながら頬張るダーツエヴァーなんかは特に、腹ペコの幼子に……。

 そう思ったところで、ヘルロウは天使中学の教科書で見た、あることを思い出す。



「そういえばダーツエヴァーって、渡し賃が払えないヤツの身ぐるみを剥ぐんだよな? その剥いだヤツはどこにあるんだ?」



 もしどこかにあるなら、素材として使えると思っていたのだが、



「それは、この中にあるのだ」



 ダーツエヴァーがもちゃもちゃと口を動かしながら取り出していたのは、豚の貯金箱であった。



「中身はどうやって取り出すんだ?」



「割れば取り出せるのだ。でも、割ったことはないのだ」



「なに!? 今まで割ったことがないってことは、かなり中身が詰まってるってことだよな!? なら、割ってみようぜ!」



 よく肥えた豚を見つけたようなヘルロウ。

 しかしダーツエヴァーは我が子を守るように、貯金箱を隠してしまった。



「だーっ! ダメなのだ! この豚さんもストローと同じで、わたしのたいせつな友達なのだ! だからぜったいに割らないのだ!」



「ヘルロウ君なら、割っても元通りにできるんじゃないの?」



 ピンキーがそう言い添えてくれたが、さすがに陶器を元通りにするだけの技術はまだ持ち合わせていない。

 それに貯金箱が大切なものだとわかった以上、ヘルロウは無理に割るつもりはなかった。


 ダーツエヴァーが犬耳のような髪をぺたんこにして警戒を露わにしていたので、ヘルロウは話題を変える。



「もうひとつ疑問があったんだ。ダーツエヴァーはまだ子供なのに、渡し賃が払えなかった亡者から、どうやって服を剥ぎ取ってるんだ? この『地獄の渡し』に来るのはみんな大人だろう? いくら亡者とはいえ、力では勝てないんじゃないか?」



 しかしダーツエヴァーは頬を膨らませたまま、「むー」と唸るばかりで答えてくれない。

 かわりにミヅルが教えてくれた。



「ほう……まさかそんなこともご存じなかったとは。ダーツエヴァーには、『剥ぎ取り』の獄技インフルがあるのですよ」



「なるほど、獄技インフルを使っているのか。ちょっと見せてみてくれないか?」



「わぁ! 私もダーツエヴァーちゃんの『剥ぎ取り』、久しぶりに見て見たいな! だってすごいんだよ! あっという間にパッて取っちゃうんだから! また見せてよ! ねっ、お願い!」



 ピンキーにおだてられて、ダーツエヴァーはあっさり機嫌を直した。



「しょ、しょうがないのだ! そこまでお願いされては、断るわけにはいかないのだ! では、よく見ているのだ! まずはこうやって、手を伸ばして……」



 少女が、もみじのようなちっちゃな手を広げ、虚空を掴むような仕草をすると……。



 ……パッ!



 と何かが瞬間移動したかのように、手の中に現れる。

 それが何なのか、すぐにわかった。



 ……ぷるんっ!



 と容器から出され、皿にこぼれ落ちた、桃のゼリーのような物体が……。



 ……ぷるるる~んっ!



 ピンク色の双丘が、あてがわれていた布を失い、まるで自由落下でも始めたかのように……。

 その量感を、その弾力を、あますことなく誇示するかのように、ふるふると震えていたのだ……!



「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」



 焚き火すら吹き消してしまいそうな大絶叫が、河原じゅうに轟いた。

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