第14話

 ヘルロウが創りなおした新生ストローは、3倍の速さを有するほどに生まれ変わっていた。


 翼が生えたような軽やかなステップで立ち上がると、その場でシャドーボクシングをはじめる。

 まるで今まで動けなかった鬱憤を晴らすかのように、シュッシュッシュッと鋭いパンチを繰り出し始めた。


 ひとしきりシャドーを披露したあとは、華麗なるダンス。

 ピンキーの手をうやうやしく取ると、彼女をリードしながらその場でクルクル回りはじめた。


 「わっわっ!? あははっ!」と驚き笑いで、それに付き合うピンキー。


 ダーツエヴァーはその様子を、白昼夢のようにポカーンと眺めていた。

 が、やにわに我に返ると、



「えばーっ!? す、すごいのだ! すごいのだすごいのだすごいのだ! すごいのだーっ!! ここに来たばかりの頃のストローでも、こんなには動けなかったのだ!」



 その仕上がりには、ヘルロウも満足げ。



「各部位の藁の長さを揃えてやって、紐の結び方をちゃんとしてやれば、このくらいは動けるようになるんだ。あとは骨格が入ってるから、力も強くなっているはずだ。今まではかいを漕ぐのもやっとだっただろう?」



 その説明に応えるように、ストローはバク転を繰り返して渡し船のそばまで向かう。

 船に置いてあった櫂を取り上げると、ブォンブォンと振り回して棒術演武をはじめる。



「えばーっ!? 櫂を振り回すストローなんて、初めて見たのだ!」



 犬耳のような髪と両手をシュバッと上げ、喜び勇んでストローの元へと駆けていくダーツエヴァー。

 途中で転びかけたがシュバッと寄ってきたストローに支えられ、そのまま両手を取ってグルグル回りはじめる。



「あはははははははっ! すごいのだ! こんなこともできるようになったのだ! すごいのだすごいのだすごいのだ! ほんとうにほんとうにすごいのだーっ!!」



 それはまるで仲睦まじい親子のようで、見ている者をほっこりさせる。



「わぁ……! あんなに笑顔のダーツエヴァーちゃん、初めて見た……! ヘルロウ君って、本当にみんなを笑顔にする天才だね!」



「ほう……たしかにその通りかも知れません。天才の小生が認めるのだから、間違いありませんよ」



 両脇にいる鬼たちがそんなことを言ったので、ヘルロウはフッと笑った。


 そして当然のように、ダーツエヴァーはヘルロウに懐く。


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大獄たいごく

 ダーツエヴァー


小獄しょうごく

 ピンキー、ミヅル


堕天だてん

 ヘルロウ


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 ヘルロウ、新しい仲間、ゲット……!



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 それからひとしきり遊んだヘルロウたちは、お腹も空いたので食事にすることにした。



「えばーっ! 今日はいいことがたくさんあったから、みんなに種をわけてあげるのだ! いっしょに食べるのだ!」



 しかしピンキーは、木の銛を片手にニヤリと笑い返すと、



「普段はダーツエヴァーちゃんに種をごちそうになってるから、今日は私たちにお返しをさせて」



 もはや得意となってしまった銛突きで、三途魚を捕まえた。


 これもてっきり喜んでくれるかと思ったのだが、ダーツエヴァーはドン引き。

 犬耳のような髪をぞわぞわと逆立たせて、



「だーっ!? そんな気持ち悪いもの、わたしは食べないのだ! 食べないのだーっ!」



「そんな! ひと口でいいから食べてみて! すっごく美味しいんだから!」



 ピンキーは焼き魚を手に彼女を追い回したのだが、歯医者を嫌がる子供のように逃げ回られてしまった。


 とうとう河原の隅で、ふてくされてしまうダーツエヴァー。



「魚なんて、食べるものではないのだ! 種がこの世でいちばんおいしいのだ!」



 ヘルロウはその後ろ姿をやれやれと見守っていたのだが、ふとあることに気付く。



「ん……? ちょっと待て、ダーツエヴァー。その種って、もしかして……?」



「な……なんなのだ? そうやって魚を食べさせようとしても、そうはいかないのだ!」



 近寄ってくるヘルロウに、警戒心を剥き出しにするダーツエヴァー。

 犬耳がいつも以上にぺたんこになっている。



「違うって、種を見せてほしいんだ。その手の中にある種って、もしかして……」



【サツマイモの種】 素材レベル:1

 黒くて硬い種。育てるとサツマイモができる。



「やっぱり、サツマイモの種だ……!」



「サツマイモ? なんなのだそれは?」



「サツマイモが育てられれば、自給自足が可能になるぞ! おいっ、みんな! いますぐ畑を作るんだ!」



 ヘルロウは食事を打ち切ってまで鬼たちに作業をさせる。

 河原の石をどけて地面を露出させたあと、木のツルハシで土を耕す。


 そこに、ダーツエヴァーからもらったサツマイモの種を蒔き、そして三途の川の水をかける。

 ピンキーはワクワクしながらヘルロウに尋ねた。



「ねぇねぇ、ヘルロウ君。サツマイモって、どのくらいでできるの?」



「そうだなぁ、普通なら4~5ヶ月くらいだな」



「ええっ!? そんなにかかるのぉ!? 魚を食べるのを途中で止めてまで作業したから、てっきりすぐ食べられると思ってたのにぃ!?」



「ほう……人間は穀物を育てる唯一の生き物です。そしてそれは途方もないほどの年月がかります。寿命が短い人間にとっては、非効率だといえるほどの……。『人間七不思議』のひとつですね」



「やっぱり、種がいちばんなのだ!」



 文句をたらたらの鬼たちに向かって、ヘルロウは握り拳を開いた。

 手のひらの上には、緑色の粉が乗っている。



【促進の石の粉末】 素材レベル:1

 動植物の成長を促進させられる魔法石を、粉末状にしたもの。



 ヘルロウは粉の山の上から、ひとつまみだけつまんで、畑に振りまいた。



普通は●●●そうなんだが、コイツがあれば……!」



 すると土の間から、ぴょこぴょこと音が聴こえてきそうなくらいに次々と、芽が飛び出してくる。



「「「ああっ!?」」」



 と鬼たちが息を呑んでいる、その間にも……。



 うぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞ……!



 芽は這うような音をたてて一気に成長し、



「「「あっ!?」」」



 という間に畑は緑の葉で覆い尽くされてしまった。



「よぉし、これでもういいはずだ。ダーツエヴァー、その端っこのほうから葉っぱの弦を引っこ抜いてみろ」



 ヘルロウから促され、ダーツエヴァーはしゃがみこんで弦を手にする。

 そして、恐る恐るながらも、上に引っ張ってみると……。



 ずぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼっ……!



 小ぶりながらも真っ赤なサツマイモが、畑の宝石のように地面から飛び出してくる。

 しかも、鈴なりで……!



「「「う……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」」」



 芋掘り遠足に来た幼稚園児のように、歓声をあげる鬼たち。



「えばーっ!? こ、これがサツマイモというものなのだ!? 初めて見たのだ! かわいいのだ! 気持ち悪くないのだ!」



「わあっ!? 黒くてちっちゃい種が、土に埋めただけで、どうしてこんなに大きく、赤くなるの!? ふしぎふしぎ、ふしぎーっ!?」



「ほう……これはもしかして、小生たちはまた、歴史的な瞬間に立ち会っているのかもしれません」



 それはミヅルの言うとおり、地獄において驚くべき、そして記念すべき出来事であった。

 なにせ不毛の地とされていたこの地において、初めて作物が誕生したのだから……!



【ヘル・ガーデン】 施設レベル:1

 地獄史上初の田園。

 まだ面積は狭いが、作物を育てたことにより、土が成長した。

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