第13話
地上の世界に、針の穴のほどの、ほんのわずかな綻びが出ている頃……。
ヘルロウ一行の乗ったリアカヌーは、地獄への入り口ともいえる『三途の渡し』に到着する。
三途の川は長いので、かなりの時間がかかったが、それでも歩くのに比べたら一瞬ともいえる速さであった。
……ざばあっ!
見たこともない形の奇妙な船が、しぶきをあげて河原に乗り上げてきたので、『三途の渡し』のヌシであるダーツエヴァーは飛び跳ねて驚いていた。
「だーっ!? なんなのだーっ!?」
ヘルロウはダーツエヴァーは教科書のイラストで見てだいたい知っていたが、実物はそれよりも小さかった。
身長1メートルちょっとの幼女で、ショートカットの頭には垂れた犬耳のようなふたつの膨らみが乗っている。
今はビックリしているのか、それがまさに耳のようにピーンと立っていた。
服装は派手な色合いの矢羽根があしらえられた浴衣に下駄。
地獄の鬼というよりも、縁日で遊ぶ子供のようないでたち。
少女は船上にピンキーとミヅルがいるとわかるや、諸手を挙げてカラコロと駆けてきた。
「えばーっ!? ピンキーにミヅル、ひさしぶりなのだーっ!」
「わあっ!? ダーツエヴァーちゃん、そんなに走ると危ないよっ!?」
慌ててしゃがみこんで、受け入れ体勢を整えるピンキー。
案の定、少女は盛大にすっ転んでしまい、待ち構えていたエアバッグのような胸に顔を埋めていた。
「えばーっ! この感触も変わっておらぬのだーっ!」
ダーツエヴァーは嬉々として膨らみに頬ずりしている。
その様子は実に愛らしく、ピンキーもぎゅっと抱きしめていた。
少女たちが再会の喜びを分かち合っているなか、ぶっきらぼうが声が割り込んでくる。
「お前がダーツエヴァーか」
するとダーツエヴァーは、ピンキーと抱き合ったまま、何かを差し出してきた。
それは、豚の形をした貯金箱だった。
「ああ、お客さんが来てしまったのだ。地獄へようこそなのだ。渡し賃、200円をここに入れるのだ」
「いや、俺は地獄へ渡る亡者じゃない。……って、どうでもいいけど、渡し賃って100円じゃなかったのか?」
「前まではそうだったのだ。でも今はショーヒゼーがあるのだ」
「消費税100パーセントかよ。ボリ過ぎじゃないか?」
「でもそのほうがいっぱいお金が貯まるって、ストローが言ったのだ」
「ストロー? 誰だそりゃ?」
「三途の渡しにいる、船頭ですよ。ほら、あそこにいるのがストローです」
ミヅルが指さして教えてくれた先には、一艘の船が浮かんでた。
その上には、
カカシは視線に気付くと、手にしていた
どうやら、
【ストロー】 道具レベル:1
藁でできたゴーレム。素材も製法もすべてが低品質。
しかし長いことここで働いているのか、藁の身体は風雨に晒され続けたかのようにボロボロだった。
彼は船を降りてこちらに向かってこようとするが、歩く姿は錆びたロボットのように軋んでいる。
それでもヘルロウは「おっ、動くカカシじゃねぇか!」と色めき立つ。
年相応の反応に、鬼たちは微笑ましいものを感じていた。
「わぁ、ヘルロウ君にも珍しいって思うものがあるんだね!」
「
しかしヘルロウは、全く違うところに反応していた。
「よぉし、アイツをバラせば藁が手に入るぞ! ずっと紐になるものが欲しかったんだ!」
「だーっ!? なにを言うのだっ!? ストローはわたしの友達なのだ! バラしたりなんかさせないのだっ! いきなりやってきて、いったいなんなのだっ!?」
「ああ、言い忘れてた。俺はヘルロウだ、よろしくな。そしてダーツエヴァーもストローも、今から俺の仲間な」
「だーっ!? ピンキー、ミヅル! このひとはいったいなんなのだっ!? こんなでかい態度で友達宣言をしてくる亡者なんて、はじめてなのだっ!」
困惑するダーツエヴァーに、鬼たちは苦笑いを返す。
「うーん、なんだかよくわかんないけど、ヘルロウ君はすごい子なの。たぶん悪い子じゃないと思うから、ダーツエヴァーちゃんも仲良くしてあげて」
「地獄どころか鬼の心にまで土足で踏み込んでくるような大胆不敵な少年ですが、言動は終始一貫していますから、信頼しても問題ないと思いますよ」
その、大胆不敵な少年はというと……。
近づいてきたストローを河原に横たえ、さっそく手術の真っ最中……!
ダーツエヴァーは全身の毛を逆立たせて飛び上がった。
「だぁぁぁーーっ!? 言ってるそばからなにをしているのだっ!? ストローをバラしてはダメなのだーっ!」
「違う違う。コイツがかなりガタが来てるようだったから、修理……いや、治してやってたんだよ。昔はコイツも、もっとキビキビ動いてたんじゃないか?
すると図星を突かれたように、「うっ」となるダーツエヴァー。
そして寂しそうに、
「じ、実はそうなのだ。わたしがここの渡しになった時に、ストローもいっしょだったのだ。その頃はもっと元気だったのだ、でも今は、まるでおじいちゃんみたいになってしまったのだ」
「そりゃそうだろうな。見てみた感じ、全然メンテナンスしてないようだったからな
「だああっ!? 藁を結んでいる紐を、ほどいてはダメなのだーっ! ストローが、死んでしまうのだーっ!」
「死にはしないよ、ちょっと動かなくなるだけだ。まぁ見てろって、来たとき以上にパワーアップさせてやるから」
「ウソなのだっ! このひとはストローを殺そうとしているのだっ! だぁーーーーっ!!」
とうとう暴れ出ししてしまったダーツエヴァーを見かね、ピンキーが止めに入る。
「わあっ!? 落ち着いてダーツエヴァーちゃん! ヘルロウ君に任せておけば大丈夫だから! きっと悪いようにはならないわ!」
抱きしめられてもなお、わぁわぁと喚くダーツエヴァーをよそに、作業を進めるヘルロウ。
ストローの身体を構成している藁束、それを結びつけている藁紐をほどく。
どの紐もすでに切れかけていて、歩いていてバラバラにならないのが不思議なくらいだった。
紐をすべてほどくと、はらりと藁束が崩れた。
かつて胸だったあたりから、赤い宝石がのぞく。
【生命の石】 素材レベル:5
生命を与えることができる魔法石。
それはストローを動かしている、いわば心臓にあたる部分だった。
かなりのレアアイテムでもあるので、ヘルロウは一瞬誘惑にかられけたが、すぐに振り払う。
船に積んであった素材のうち、ちょうどいい長さの骨を、ほどけた藁の中に埋め込む。
そして身体から新しい藁を何本か取って、それを紐がわりに結びつけていく。
「コイツを創ったのは、かなり腕の悪いゴーレム職人のようだな。藁の長さがバラバラだし、紐の結び方も、てんでなっちゃいねぇ。末端に配備されるからって、手を抜きやがって……。でも、これで大丈夫だ」
少年は再構成した藁の身体に股引をはかせ、半纏を羽織らせる。
そして最後に、
……きゅっ!
と帯を締めた。その瞬間、
……シャキィィィィィィィィィィィィィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
まるで死者が蘇ったかのように、新たなる希望の朝を迎えたように、カカシは飛び起きたっ……!!
【新・ストロー】 道具レベル:3
藁でできたゴーレム。素材は低品質だが、製法は最高品質。
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