第10話
ヘルロウがまたなにか創っていたので、ピンキーとミヅルは好奇心旺盛な犬のように小屋から飛び出してきた。
「わぁ!? ヘルロウ君、今度はなにを創ってるの!? なになにっ!?」
「ほう、お手並み拝見といきましょう」
匂いを嗅ぐようにヘルロウの手元を覗き込むふたり。
そこには、木の枝を組み合わせて創ったツルハシがあった。
【木のツルハシ】 道具レベル:1
同レベルの土を掘れる。石は掘れない。
「なあにこれ、十字架?」とピンキー。
「ほう、地獄に十字架とは、ずいぶんと挑戦的ですね」とミヅル。
ふたりの反応に、ヘルロウは苦笑いで応える。
「たしかに十字架にも見えるけど、違うよ。これはツルハシといって、掘るための道具なんだ」
「「掘る?」」
「そう。でかい供養塔を創ったおかげで、河原の地面が見えてる所もあるからな。掘ったらなにか出てくるんじゃないかと思って」
ヘロウルは言いながら、地面が露出している所に移動する。
先の『ヘル・クラフト』において、ヘルロウは河原の子供たちすべてを使ってピラミッド用の石を集めさせた。
それは膨大な数にのぼり、子供たちが天国に送られた際に石もいっしょに消えてしまったので、今の河原はところどころ石がない、まだらハゲ状態になっていたのだ。
湿った地面に向かって、ヘルロウはツルハシを振るう。
するとまず最初に、土が手に入った。
【賽の河原の土】 素材レベル:1
賽の河原の土。保水性が高いが、乾燥すると固くなる。
これはまぁ見ての通りだったのでさしたる驚きもない。
さらに掘り進めていくと、大小の白い棒のようなものが出てきた。
【長骨】 素材レベル:1
謎の動物の長骨。腕の骨と思われる。
【扁平骨】 素材レベル:1
謎の動物の扁平骨。肋骨と思われる。
すると今度は、ヘルロウが犬のようになった。
「おおっ!? こりゃ骨じゃないか! こりゃありがたい!」
白骨が出たことに歓喜して、お宝のようにすくいあげる。
両手を骨でいっぱいにしてご満悦の少年の姿は、なんだか異様であった。
「うわぁ……。骨を喜ぶ子供って、なんかキモい……」
「ほう……生前は殺人鬼だったのかも知れませんね」
「頭蓋骨をアクセサリーにしてるお前たちに言われたくないよ! それに骨は素材として優秀なんだぞ! 長骨は石のナイフとかの柄にすれば、滑りにくくて持ちやすくなるし! 肋骨は先が細くて尖ってるから、いろいろ使い途があるんだ! お前らの分のツルハシも創ってあるから、そのへんを掘ってみてくれ!」
ピンキーとミヅルは余り気乗りのしない様子だったが、ヘルロウに急かされ渋々とツルハシを担いで散っていく。
ヘルロウはこの発掘より、さらに生活を豊かにする素材がたくさん手に入るだろと期待していたのだが、
……ガツッ! ミシッ!
それは硬い手応えとともに、ツルハシの柄のように無惨に挫けてしまった。
「なんだ……? すぐ下に、何かあるぞ……?」
ヘルロウは折れたツルハシを放り出し、しゃがみこんで手で土を掘り返す。
すると、大理石のようなツルツルとした硬い感触が触れた。
【閻魔岩】 素材レベル:10
エンマが創り出したといわれる岩。とても×10硬い。
その、黒光りする岩を目にした途端、ヘルロウは愕然とする。
「くそっ! なんでこんな所に閻魔岩があるんだよっ!?」
すると時を同じくして、ピンキーとミヅルのいる方角からもボキリとした音がした。
「わあっ!? ヘルロウ君、なんか硬い岩みたいなのに当たって、折れちゃったよー!?」
力いっぱい振り下ろしたのか、ポッキリ折れたツルハシを見せてくるピンキー。
「ほう……これはスーパー硬い岩でしょうか?」
ミヅルに至ってはカンッポキップスッと、折れたツルハシの先が太ももに突き刺さっていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それからヘルロウはスペアのツルハシを創り直して、ほかの地面も掘ってみたのだが、どこも30センチも掘らないうちに、
……ガキッ!
と閻魔岩の床に阻まれてしまった。
そしてようやく思い出す。
「そうか……! 地獄の地面は閻魔岩に覆われてるっていうのは、本当だったのか……!」
「エンマガン?」
「スプリングやガスの力で弾を飛ばすオモチャの銃のことですよ」
「そりゃエアーガンだな。エンマが創ったとされる、地獄で最も硬い岩のことだよ」
「わぁ、なんかそれ、聞いたことある! 地獄のいちばん底は、すっごく硬い岩で覆われてるって!」
「ほう……やはり、スーパー硬い岩だったというわけですね」
「それがあるのは知ってたんだが、あるにしても、もっと奥深くのほうかと思ってたのに……。まさか、こんな浅い所にあるだなんて……」
「わぁ、っていうことは、どこを掘ってもこれ以上は掘り進められないってこと?」
「この賽の河原はそうだろうな。しかし閻魔岩は、地獄に向かってすり鉢状に埋め込まれてるっていうから、地獄のほうに近づけば近づくほど、より深く掘れることになるはずだ」
そう解説するヘルロウの頭には、天使学校の授業で教科書に載っていた、地獄の断面図が思い浮かんでいた。
ヘルロウは眼下の閻魔岩から視線をあげ、三途の川のほうを見やる。
つられて鬼たちも、彼の視線を追った。
深い霧に覆われた三途の川は、対岸が見えないほどに大きい。
さらにその先には、ときおり燃え上がる炎で、オレンジ色にうっすらと浮かび上がる岩山があった。
頂上には、自身の顔をモチーフにしたのであろう、エンマ城のシルエットが見える。
ヘルロウは地獄に落とされたものの、厳密には地獄ではない。
あのそびえ立つ霊峰こそが、本当の『地獄』なのだ。
あの山を『家』に例えるとしたら、ヘルロウが今いるのは『庭』どころか、『玄関前の公道』に過ぎない。
地獄にとって天使というのは招かれざる客だが、ヘルロウはまだその客にもなっていなかったのだ。
かつて天使であった少年は、歯噛みをしながらつぶやいた。
「三途の川を渡った向こう岸なら、もっと深くまで掘れるようになるはずなんだ……!」
その時点ですでに彼の決意を悟ったピンキーは、慌てて止める。
「わあっ!? ヘルロウ君、泳いで渡るのなんて無理だよ! 三途魚に食べられちゃう!」
しかしミヅルが、彼女をさらに押しとどめた。
「いいえ、ピンキー、きっと彼には秘策があるのでしょう。小生にはわかります」
「えっ、秘策って……!?」
「これほど彼と一緒にいるというのに、まだわかりませんか? 今から物凄く身体を鍛えて、ジャンプでひとっ飛びするのですよ」
「わあ……! 確かにそれなら三途魚も手が出せないから、安全に渡れるかも……? ってそんなのダメだよヘルロウ君っ! もし失敗して、落っこちちゃったらどうするの!?」
「……そんなことはしないよ。俺はもっと安全で確実な方法で、この川を渡ってやる」
「ほう、安全で確実な方法ですか……。でも、それも小生にはお見通しですよ。今から河原の石をたくさん投げ込んで、川を埋め立てるつもりでしょう?」
「わぁ……! なるほど、それなら安全で確実だね! って、それもダメだよっ! 魚が可哀想だよっ!」
「その方法でもないって。安全で確実で、しかも準備にそれほど時間をかけずに川を渡る手段といったら、今も昔も、ひとつしかないだろう……!」
ヘルロウは鬼たちに向かって、ビシイッ! とL字形のハンドサインを突きつけた。
「船だ……! 今から、船を作るぞっ……!」
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