第8話
ヘルロウから銛の使い方を教えてもらった鬼たちは、初めての漁に挑戦する。
ピンキーはすぐにコツを掴んだようで、数回銛を投げ込んだだけで、さっそく一匹目の魚を獲っていた。
「わあ……! 私、魚を獲ったのって初めて! っていうか、こうやって近くで見るのも初めて! 魚って、こんなにヌメヌメしてるんだぁ……!」
銛の先に付いた魚をペタペタ触って、子供のように目を輝かせているピンキー。
こうして見ると鬼というよりも、初めての釣りに大はしゃぎしている水着ギャルにしか見えない。
そんな彼女の眼前を、別の銛が掠めていった。
「わあっ!? ちょっと、ミヅル! なにやってんの!? 危ないでしょうが!」
「ほう……危ない? 『危ない』というのは形而上的な概念ですので、小生には理解しかねます。それに小生といたしましては、最適な投擲角度を計算して投げたまでです。ピンキーがそこにいなければ、投げた銛はバウンドして空に飛び上がり、放物線を描いて川に着水、5匹ほどまとめて串刺しにできていました」
例によって悪びれもせず、メガネをクイと直すミヅル。
結局、彼はまともに川に投げ入れることもできず、ボウズだった。
しかしヘルロウとピンキーの活躍によって、河原には魚の山ができあがる。
「わあっ! すごーい! こんなにたくさん魚が獲れるだなんて! ……あ、でも魚ってどうやって食べるの? もしかして生のまま囓るとか?」
「ほう……それは面白い食べ方ですね。でも、ありえません。魚を生で食べるのは、地獄の餓鬼でもやらないことですから」
「そんなことはないだろ。刺身もけっこううまいぞ。でも川の水質がよく分からないから、最初はひとまず焼いて食べてみようか」
「焼いて食べる? 賽の河原には火なんてどこにもないよ?」
「そうですね。小生の知る限りでは、この賽の河原に火が存在したことなど、一度たりともありません」
「不思議だよねぇ。地獄のほうに行けば、嫌ってくらい火があるのにね~。あっ、もしかしてヘルロウ君、地獄のほうから火を取ってくるつもり?」
「そんな面倒なことはしないよ。火がなけりゃ、起こせばいいだろう」
「「起こす?」」とハモる鬼たちをよそに、ヘルロウは別の作業を始める。
まずは太い木を選んで、その上を平らに削り取って、中央に小さな窪みをつける。
その窪みに、これまでのクラフトで出た木くずを詰める。
そしてなるべく真っ直ぐな木を選び、土台の窪みの上に立てる。
ヘルロウはさらに、自分の服にあった腰紐を外して、その木の上部に巻き付けた。
【火起こし台】 道具レベル:1
木を組み合わせた火起こし台。時間はかかるが火が起こせるようになる。
「ヘルロウ君、そんなのでいったい何をしようっていうの?」
「火を起こすんだよ。ピンキー、ちょっと木の頭の部分を、コイツで押さえておいてくれるか?」
「わかったわ。でもこんなので、火ができるわけが……」
ヘルロウから渡された手のひらサイズの木片を、立てた木の頭に半信半疑で乗せるピンキー。
それを冷めた目で横から覗き込むミヅル。
「ほう……? 火を呼ぶための儀式というわけですね。しかしこの賽の河原では人間の魔法は使えませんよ。使えるのは天使と鬼の魔法だけです」
「これは魔法じゃないよ。れっきとした物理学だ。地上どころか、天国でも地獄でも等しく使える、な」
言いながら、ヘルロウは紐の端を両手で持って、交互に引っ張る。
すると、ギコギコ音をたてて、立ててある木が回り出した。
鬼たちは最初は小馬鹿にした様子だったが、窪みからうっすらとしたモヤが立ち上るのを目にし、すぐに色を失う。
「わぁっ!? うそっ!? これって煙!?」
「ほう……? ですがこれは、この河原の霧でしょう。それが煙りのように見えているだけで……」
と、我が目を疑っている間にも、
……ふわっ……!
ホタルが光るようなオレンジ色の光が、木くずに現れた。
「よし、火種ができた。あとはコイツを燃え移すだけだ」
ヘルロウは手を休めると、窪みに顔を近づけてフーフーと息を吹きかける。
そして前もって作っておいた木くずをさらに盛ると……、
……ぶわあっ……!
ついに『火』と呼べるほどに、燃え盛るっ……!
「「わあっ!?」」
初めて火を見た原始人のように仰天し、飛び退く鬼たち。
「わ、わぁ……!? う、ウソでしょ!? なんで木だけで、火ができるの!?」
「ほう……。それは、
『
いずれも手のタトゥーによって力が発揮される。
ピンキーとミヅルの手から殻が出ていたのも、『
「そのどっちでもないよ、俺はただの人間なんだ。これは『ひもぎり式』っていう火のおこし方だ。道具としては木だけでいいから、覚えておいて損はないぞ。ただ、紐があったほうが簡単になるけどな」
ヘルロウは説明しながら、原初の炎を土台ごと持って、あらかじめ作っておいたカマドに持っていく。
カマドにはすでに枝が入っていて、炎を放り込むとさらに勢いよく燃えだした。
「さて、じゃあ次は魚を捌かないとな」
「さばく?」
「ほう……砂だらけの土地のことですね」
「それは砂漠だな。魚のうろことか内臓を取って、食べやすい状態にすることだ」
ヘルロウはあたりを見回して、上が平らになっている岩を見つけると、それをまな板がわりに調理をはじめる。
長細い枝を2本、割り箸のように魚の口に突っ込んで、内臓を取り出す。
ウロコが大きい魚については、石のナイフを器用に使って取り除く。
鬼たちにも手伝わせて、下処理をすませる。
「あとはコイツを串に刺して焼くだけだ。先を尖らせた木の枝に、こうやってSの字になるように刺すんだ」
鬼たちはすっかりキャンプ気分。
地元のおじさんに教えてもらう子供のように、魚を串に刺していく。
「よし、あとは串をカマドの上に置いて焼くんだ」
「ねぇねぇ、なんでカマドの上に置くの? 火のそばだったらどこでもいいんじゃないの? 横に立てて置いたりしちゃダメなの?」
本当に子供になってしまったかのように、顔をワクテカさせながら尋ねてくるピンキー。
「この河原には一定の風が吹いてるだろう? カマドを作ったのはその影響を少なくするためだよ。風が吹くと炎が揺らめいて温度が一定にならないからな。焼き魚ってのは高い温度で一気に焼いたほうが、皮がパリッとなってうまいんだ」
「わぁ……! ほんとに?」
「ほう……地獄でも罪深い者ほど、より熱い業火に焼かれるといいますからね」
「よし、焼けたぞ! さあ、食べてみろ! 見た目は地上にいる魚と変わりないけど、味も一緒なんだったら美味しいはずだ!」
ヘルロウは河原にて、新たなる『クラフト』を行なった。
ストーンナイフ、銛、カマド、火おこし台……。
そして、この賽の河原に初めての『炎』をもたらしたのだ……!
さらに、それで調理をした『焼き魚』までもを……!
【鮎の素焼き】 食料レベル:2
下ごしらえを施した鮎を焼いたもの。味付けはされていない。
串打ちされた魚が、ジュウジュウと油が弾けさせているその様は……。
この地において、初めて生まれた『音』と、『香り』……!
生きとし生けるものすべての生理的欲求である、『食欲』をこれでもかと刺激するものであった……!
ふたりの鬼は、初めての焼き魚だというのに、まるでその味を知る猫のようにまっしぐら。
ヘルロウから渡された串を、がしっ、と鷲づかみにし、そのまま……。
……がぶりっ……!
とかぶりつく。
すると、
……ぱりっ……!
とした香ばしい歯ごたえのあと、
……じゅわぁぁぁ……!
口のなかいっぱいに、かつてその魚がいたであろう、荒波の磯の、せせらぎのような清流の……。
大自然がぎっしりと詰まったような旨味が、あふれ出すっ……!
そしてそれは、イコール……!
「「おっ……おいしいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」」
ヘルロウが来てからというもの、この賽の河原には、いままで一度たりともなかった嬉しい悲鳴が、ひっきりなしに響き渡っていた。
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