第7話

 地獄での新しい生活をスタートしたヘルロウ。

 新しい仲間をふたり得たところで、新たなる課題が訪れる。



 ……ぐぅぅ~っ。



 と彼の腹が鳴った。



「うっ、そうか……。いくら地獄でも腹は減るんだよなぁ……天国にいても減るんだから、当たり前か」



 地上の人間と頻度の違いはあれど、天国や地獄においても、三大欲求や生理現象は変わらず感じる。


 なお、地獄においては餓死というものは存在しない。

 食べなければ永遠に空腹に苦しめられるだけ。


 ちなみにではあるが、天国では空腹を感じる前に、食事が出てくる仕組になっている。


 ある程度の空腹であれば頭が冴えるのだが、それが過ぎると逆に思考力が落ちてしまう。

 それはヘルロウにとっての大敵だったので、飢えをしのぐ手段を確保することにした。


 まずは、目の前にいる鬼たちに尋ねてみる。



「なあ、何か食べるものはないか?」



 すると、彼らは急に無口になった。


 先ほどまでは饒舌だったのに、今や貝のように口をぴったりと閉じ、ふるふると顔を左右に振っている。


 しかも頬は、不自然に膨らませて。

 さながら、欲張りなハムスターのように。



「おいっ! お前らなんか食べてるだろ!? 俺にもくれよっ!」



 しかし鬼たちは、ムームーうなって激しくイヤイヤをした。



「子供かっ!? いいからよこせっ!」



 ヘルロウは手を伸ばしてふたりの頬をつまみ、唇の端に親指を突っ込んで無理やり開けさせた。


 彼らの口から、パラパラとこぼれ落ちたのは……。

 『から』だった。



【モミ殻】 素材レベル:1

 モミ米の外側にある皮。硬い。



【ソバ殻】 素材レベル:1

 植物のソバから実を取ったあとの殻。硬い。



「なんだこれ? ピンキーのはモミ殻で、ミヅルのはソバ殻じゃないか」



「わぁ……! これ、『モミガラ』っていうの? 初めて知った!」



「ほう……よくおわかりで。小生たちは食事の時間になると、手のひらから『殻』を出せるようになるんですよ」



「出す種類は選べないんだけど、今日はわりと『おいしい殻』だったからラッキーだったわ!」



「……ちょっと手、見せてくれるか?」



 ヘルロウはふたりの手を取り、手相のように眺める。

 指の腹に入ったタトゥーが、腕のほうにまで伸びていた。


 ヘルロウの指に『天使の力』を意味するタトゥーが入っていたように、彼らにも『鬼の力』があることを示すタトゥーが指に入っている。

 ピンキーとミヅルが、大雑把に説明してくれた。



「えーっとねぇ、こっちの小指にあるのが『ごはん時に殻を出す力』で、こっちの人さし指にあるのが『子供の希望を感じたらワープしちゃう力』」



「子供の希望を察知して瞬間移動する力は、サンタクロースも持っているそうです。ですから小生たちは、サンタクロースともいえるでしょう」



「わあっ!? 私たち、サンタさんだったの!?」



 その『力』には様々な種類があるのだが、初めて見たタイプのものだったのでヘルロウは興味津々。



「ふぅん、子供の希望を察知して瞬間移動する力と、食事時にランダムで『殻」を出す力か。どっちもかなり限定的だな。他にもタトゥーがあるが、どんな力があるんだ?」



 するとふたりは、「「わかんない」」と首をふるふるする。



「わかんないのかよ。……ん? でも待てよ。お前らもしかして今まで、殻ばっかり食べて生きてきたのか?」



 するとふたりは、「「うん」」と当たり前のように首をこくこくした。



「なんだと!? お前たち、鬼のクセしてなんてもんを食べてるんだ! モミ殻やソバ殻なんて、地上の家畜でも食べねぇぞ!?」



 すると、ピンキーはプクッと頬を膨らませ、ミヅルはクイッとメガネを直した。



「うーっ。でもしょうがないでしょ、私たちは鬼のなかでもいちばん下なんだから」



「鬼としての働きが評価され、位があがると良いものが食べられるようになりますよ。小生たちよりひとつ上の大獄だいごく級の鬼たちなんて、毎日ごちそう三昧です」



大獄だいごく級になると、なにが手から出てくるんだ?」



 男女は「「たね」」とハモる。



「リスかよ……」



 地獄の財政が窮地に陥っているということは、ヘルロウも学校の授業で習って知っていた。

 人員削減リストラが進み、始祖の鬼も減っているという。


 賽の河原にふたりしか鬼が配置されていないのも、その影響であろう。

 極悪人を収容している地獄は、反逆の恐れがあるので鬼を多く配備しているのだが、賽の河原は子供しかいないので反逆の心配がないからだ。



「しかし……地獄不況もまさか、ここまでとはなぁ……」



 ヘルロウは殻を握りしめながら、しみじみとつぶやく。


 しかし、彼は思っていた。


 必要は発明の母、逆境は創造の父であると……!



「よぉし! じゃあまず、食べ物を探すぞ!」



「「ええっ!? 食べ物っ!?」」



 と即座にオウム返しする鬼たちは、まさにオウムのようなキョトンとした顔をしていた。



「こんな所に、食べ物なんてあるわけないじゃない!」



「ほう……? こんな所には食べ物はない? しかしそれには同意せざるをえません。ええ、小生たちも長くこの地におりますが、食べ物など見たことがありません」



「そんなことはないだろう。ああやって木が生えてるんだ、植物があるってことは、他の生き物もいるって証拠だ」



 少年は、河原に点々と生えている木を指さす。

 いかにも地獄に生えている植物らしく、葉っぱ一つない枯れ木だった。



「そして飲める水があるってことは、そこを水場にする動物がいたり……」



 言いながら、三途の川に近づくと、さっそく発見する。

 底が見えないほど暗い水面の奥に、ウヨウヨと泳ぎ回る魚影を。



「なんだ、魚がいるじゃないか。しかも、こんなにいっぱい」



「わあっ!? それはダメ! 危ないわ!」



「ほう……川の魚に目を付けましたか。そこにいるのは『三途魚』といって、人間たちに食べられた魚たちです」



「たくさんいるから捕まえられそうに見えるけど、川に入ろうものなら、逆にヘルロウ君が食べられちゃうわよ!」



「よくいるんです。三途の川の渡し船から落ちて、三途魚に食べられてしまい、地獄に行く前に滅生してしまう亡者が」



 鬼たちは人生の先輩のように、滔々とヘルロウに言い聞かせる。

 しかしその程度の説得で、目の前のごちそうを見逃す彼ではない。



「よし、じゃあ捕まえるとするか。ピンキーは平べったい石を、ミヅルはなるべく長い木を集めてきてくれ」



「「む……無視っ!?」」



「いーからさっさと動け、お前たちは俺の仲間になったんだろう?」



 パンパン手を叩いて急かされ、渋々と散っていく鬼たち。

 その間にヘルロウは、河原の石を積み上げてカマドを作りあげる。



【積み石のカマド】 道具レベル:1

 石を積み上げたカマド。本格的な調理には向かない。



 しばらくして、先に戻ってきたのはピンキーだった。



「ほらほら見て見てヘルロウ君! 拾ってたらなんだか面白くなってきちゃって、こんなにいっぱいになっちゃった!」



【賽の河原の石】 素材レベル:1

 賽の河原に落ちていた石、平らですべすべしている。



 石を両手いっぱいに抱え、満面の笑顔を浮かべるピンキー。

 そんなに嬉しそうにされると、石ですら花束のように見えてくる。



「ありがとう。それじゃあそのへんに置いといてくれるか。あと悪いんだが、ミヅルの様子を見てきてくれるか?」



 石をどっかりとその場に置いたピンキーは「オッケー!」と良い返事をして、軽やかに踵を返す。

 彼女は本当に、この状況を楽しんでいるようだった。


 そしてしばらくして、相方を引きつれ戻ってきた。


 ピンキーは先ほどと同じく、枝をたくさん抱えていたが、ミヅルのほうはフリーハンド。



【賽の河原の枝】 素材レベル:1

 賽の河原に落ちていた木の枝、葉っぱはついていない。



「ねぇ、聞いてよヘルロウ君! ミヅルったら『長い木』とは何なのかってずっと悩んでてて、一本も拾ってなかったのよ!」



 しかしミヅルは悪びれもせず、クイッとメガネを直すばかり。



「ほう……一本も拾っていない? 『長い木』というオーダーを受けた小生は、まずはその長さについて定義をしていたのです。手当たり次第に拾っていては、要件を満たさない恐れがありますからね。その最中、ピンキーがまわりの木を全て拾ってしまったのです。そういうのを何というかわかりますか? 『無能な働き者』というのです。その点、『勤勉な怠け者』の小生は……」



「まぁーたそんなこと言ってぇ!」



 ふたりの掛け合いをBGMに、ヘルロウはさっそく作業を始める。

 まずは平たい石の中から形の良いものを選び、別の石で叩いて成形した。


 「なにやってんの?」と子供のように覗き込んでくるふたりの鬼を横目に、手を休めずに答えるヘルロウ。



「石を叩いて刃物を作ってたんだ。いわゆるストーンナイフってやつだな。そしてそれを使って、木を削れば……。ほら、モリができた」



【ストーンナイフ】 武器レベル:1

 石でできているナイフ。斬れ味や耐久性は低い。



【木の銛】 武器レベル:1

 木の枝でできた銛。鋭さや耐久性は低い。



 なんと少年は、カップラーメンが出来るくらいの僅かな時間で、1本のナイフどころか、漁具まで作ってみせたのだ。


 いいや、まだ3分も経っていない。

 しかも、それどころか彼は、河辺にスタスタと歩いていって……。


 水面に向かって、できたての銛を、



 ……ビシュンッ……!



 と勢いよく投げ込み、素早く引き上げると……。



「よぉし、まずは1匹。コイツは鮎だな」



【三途鮎】 素材レベル:2

 三途の川で泳いでいた三途魚。地上に棲息する鮎に比べて獰猛で、口に鋭い歯が生えている。



 銛の先には、大ぶりの魚が……!

 ちょうど、3分ジャストで……!


 少年は振り返ると、再びオウムと化した鬼たちに向かって、こう言った。



「お前らもやってみろよ。銛なら足元に置いといたから」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る