第6話

 ヘルロウの世界が、純白に染まる。

 無数の光が、彼のまわりを泳いでいた。


 まるで、人に慣れた海の魚のように、光たちはヘルロウの身体にまとわりつく。

 まるで、全身で感謝の意を示すかのように。


 やがて光は、綿毛のようにゆっくりと天へと還っていった。

 すると幕があがるように、いや、むしろ降りるように、彼の周囲は日常へと帰っていく。


 ヘルロウはまた、見慣れた河原にいた。

 積み上げたピラミッドは消えていて、そしてまわりを取り囲んでいた鬼たちも、子供たちもいない。


 供養塔のパワーが強すぎて、どうやら鬼までまとめてみんな天国送りにしてしまったようだ。



「マジで、ひとりぼっちになっちまったか……」



 しかしそれは、すぐに間違いだとわかる。

 ふと横を見たら、2匹の鬼が尻もちをついていて、アワアワと天を仰いでいたのだ。



「わぁ……! ま、まさか、まさか、まさか……供養塔を完成させちゃう子が、いるだなんて……!」



 ひとりはメス鬼で、歳の頃は高校生くらい。


 全身ピンク色の肌、頭には一本角にシルバーグレーのロングヘアを頭蓋骨のヘアクリップでポニーテールにしている。

 ナイスバディを惜しげもなく晒す虎縞ビキニ。


 しかし顔は、驚いているはずなのに激怒している表情が張り付いていた。

 奥に覗く大きな瞳だけがキラキラ輝き、パチパチ瞬いている。



「ほぅ……シャカ様からの『救済』で天国へと行った者は珍しくありませんが……。供養塔で天国に行ったのは、地獄が始まって以来、初めてのことです

信じられません……」



 もうひとりはオス鬼で、同じく高校生くらい。


 全身水色の肌、ライトパープルの短髪に一本角、痩せマッチョに虎縞パンツ。


 こちらも顔は驚いているのに、怒髪天を衝いたような表情。

 全てを見通すようなシャープな瞳に、スクエアのメガネをかけている。


 鬼たちの間で頭蓋骨が流行でもしているのか、メガネのテンプルが頭蓋骨の形をしていた。



「なんだ、お前らは天国送りにならなかったのか。せっかくパーフェクトかと思ったのに」



 ヘルロウが声をかけると、ふたりはバッ! と音がしそうな勢いで睨み返してきた。



 「まさかあなたが、あのでっかい供養塔を作ったの!?」とピンク鬼。

 水色鬼はすでに落ち着いていて、メガネの頭蓋骨テンプルに人さし指をあてがい、クイと持ち上げながら、



「ほう、残念でしたね。我々は『始祖』ですから、供養塔では天国送りにはならないんですよ」



 『始祖』とは、生まれながらにしての『鬼』のことである。

 この河原にいた鬼のほとんどは、若くして命を落とした子供たちが成り代わった姿だったのだ。



「そうか、じゃあいろいろ役に立ちそうだな。お前らは今日から、俺の仲間な」



 ヘルロウが当たり前のようにそう言ってのけたので、ふたりは納得しかけたが、



「「なんでっ!?」」



 とすぐに肩をいからせハモり返してきた。



「賽の河原にいる鬼であるお前らは、供養塔を壊して、子供の魂をここに留める役割をしてるんだろう?」



「ち……違うわ! 子供たちの親不孝をきちんと反省させるのが、私たちの役割なのよ!」



「そりゃ表向きはそうだろうな。だが実際は天国、地上、地獄の人口を調整するためでもある。天国と地上で人口が減ってきたら、シャカが降りてきて『救済』の名のもとに魂を引っ張っていくんだ」



「わあっ!? シャカ様を呼び捨てにするなんて、なんて子なの!?」



「ほう、地獄の事情に詳しいようですね。あなたはただの子供ではなさそうですね、いったい何者なのですか? あ、その前に自分たちが名乗るのが礼儀というものですね。小生しょうせいはミヅル。こちらにいる女性はピンキーです」



「俺はヘルロウだ。しばらくここに厄介になることになったから、よろしくな」



「わぁ、なかなかいい名前……って、そんなことよりもヘルロウ君っ! なんで私たちがあなたの手下にならなきゃいけないのよ!?」



「手下じゃなくて仲間だけどな。それに、さっきの説明でわからなかったのか? 俺が大量に天国送りにしたから、いまごろ天国は大変なことになってるだろうな」



「わあっ!? そういえば……!」



 んまぁ、と手で口を押さえて驚くピンキー。

 上品な仕草だが、鬼瓦のような表情とはまるで合っていない。



「簡単に言えば、お前らはヘマをしたってわけだ。賽の河原の鬼といえば最底辺だから降格はないだろうが、こんなことを繰り返していたら、そのうちエンマから消されちまうんじゃないか?」



 「ヒイッ……!?」と肩を縮こませるピンキー。

 カミナリに怯える子供のような仕草だが、やっぱり表情とは合っていない。



「俺は、これからもありとあらゆる手で供養塔を作って、ここに来る魂たちを天国送りにしてやるぞ。それが嫌なら……」



「ほう……わかりました、手下になりましょう」



「わあっ、早っ!? ミヅル、あなた正気なの!? 人間の手下になるだなんて!?」



「仕方がありませんよ、ピンキー。先ほどの供養塔を見たでしょう? 我々の勝てる相手ではありませんよ」



「ううっ、確かに……」



 冷静沈着に諭すミヅルに、がっくりと肩を落とすピンキー。

 しかしふたりとも、表情は相変わらず。


 ヘルロウはさすがに我慢できなくなって、ふたりの間に割り込んだ。



「あの、何度も言うが手下じゃなくて仲間だからな? それに、なんでお前ら鬼のクセして、鬼のお面なんて被ってるんだよ?」



 最初は『鬼』というと怒り顔のイメージがあったので気付かなかったのだが、会話をしているうちに仕草と表情がぜんぜん噛み合っていないことに気づき、ようやくそれがお面だとわかった。


 「これは小生のアイデアですよ」とお面を外しながら答えるミヅル。

 「これを被ってると、子供たちから馬鹿にされずにすむって……」と同じく素顔を晒すピンキー。


 ミヅルはいかにも優男という感じだった。

 メガネのおかげで知的な感じはあるが、それが逆に鬼らしさを遠ざけている。


 そしてピンキーはかなりの美少女だった。

 整った顔の作りに瞳はパッチリ大きく、こちらは逆に子供たちに人気が出そうだった。



「そうか……別にお面を被るのは自由だが、俺と話してる時だけは外してくれるか? なんか笑えてくるから」



「わかりました」「わかったわ」



 ふたりはすでに手下になったかのように、素直にコクリと頷いていた。


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小獄しょうごく

 ピンキー、ミヅル


堕天だてん

 ヘルロウ


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 ヘルロウ、最初の仲間、ゲット……!



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 その頃、天国のほうはヘルロウの予想どおり、大変なことになっていた。


 天国に送られた魂は、すべて天国の入り口にある入国管理センターに着くのだが、それがかつてないほどの数の子供たちでごったがえしていたのだ。


 あふれた子供たちはわいわいと列をなし、それがセンターをグルグル巻きにして取り囲む。

 それどころか白亜の摩天楼にまで飛び出し、天使たちの街にちょっとした……いや、かなりのビッグウェーブを巻き起こしていた。


 センターでは通常業務が一切できなくなり、天使たちは臨時の職員まで総動員して対応にあたる。


 賽の河原で永遠ともいえる時を過ごしてきた少年少女たちにとって、その待ち時間はまるで苦痛ではなく、むしろ楽しいほどであった。


 そしてその間、彼らの話題にのぼったのは、新天地のことではなかった。



「わあいわあい! 嬉しいなあ、楽しいなあ! これもぜんぶ、ヘルロウ君のおかげだね!」



「僕が天国に来られるだなんて、夢にも思わなかったよ! これもヘルロウ君がいてくれたからだ!」



「ヘルロウ君って、本当にすごいよね! まさか言ってたとおり、本当に私たちを天国に送ってくれるなんて!」



「うん! 最初は口だけのヤツかと思ってたけど、まさかあんな供養塔を作るだなんて……!」



「私、いっぺんにヘルロウ君のファンになっちゃった!」



「俺もだ! 俺もヘルロウを目指してがんばるぞっ!」



 少年少女たちは天国よりも、ヘルロウのことを讃えていたのだ……!



「いくら天国でも、あんなにすごいヤツはいないだろうな!」



「うん! ヘルロウ君の『クラフト』は本当に素晴らしいわ! 天国のみんなにも教えてあげたいくらい!」



「ヘルロウ君、ばんざーいっ! ばんざーいっ! ばんざーいっ!」



 とうとう万歳三唱をする者まで、現れはじめる……!



 ……無垢なる彼らは知らなかった。

 つい先日までこの街で、ヘルロウの写真が彼のクラフトとともに燃やされ、引き裂かれ、蹂躙されていたことに。


 少年はいま、この地においての、禁忌タブー……!

 名を口にするのもはばかられる、最重要禁止ワードであることに……!

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