第4話

 ヘルロウは雲海のように河原を埋め尽くす頭部を、ぐるり見渡しながら叫びまわった。



「よぉーし、それじゃあさっそく、ピラミッドを作るぞっ!」



 さっそく、異論が噴出する。



「ピラミッド!? なんだよそれっ!?」



「ピラミッドを知らないのか? 四角錐の形をした、でかい建造物だよ」



「それは知ってるよ! お前は俺たち全員ぶんの供養塔を作るんじゃなかったのかよ!?」



「作ってやるって! でもその前にピラミッドだ! ピラミッドができたら、俺のとっておきのやり方で、供養塔を作ってやるから!」



「なんでピラミッドなんか作らなくちゃいけないんだよっ!?」



「そりゃお前……もし俺が失敗したときに、その上で裸踊りをするためだよ! 高いピラミッドの上からなら、この河原のどこにいても見えるだろう!?」



「面倒くさいなぁ……」



「嫌なら抜けてもかまわないぞ! しかし抜けたヤツの供養塔は作らないからそう思え! さぁ、納得したヤツから作業を始めてくれ! まずは石を集めるんだ!」



 ヘルロウはパンパンと手を叩いて作業を促す。

 周囲の少年少女たちはどうにも腑に落ちない顔をしていたが、この非日常的なイベントから離脱する者はいなかった。


 抜けたところで、することといえば同じ石積み。

 それならばこっちのほうに参加して、堂々と失敗を叩ける側に回った方が楽しいだろうと考えたのだ。


 ヘルロウはまず、長細い石だけを集めるよう指示、そして石を積む順番も事細かに指示する。



「おい、丸い石を持ってくるんじゃない! ナスみたいに細長いやつだけを使うんだ! でないと崩れちゃうからな!」



「崩れるって……いったい、どれくらいの高さのピラミッドを作るつもりだよ?」



「そりゃピラミッドっていうくらいだから、少なくとも5メートル……いいや、15メートルはなきゃな!」



「15メートル!? できっこないよそんなの!」



「大丈夫、俺の言うとおりにすりゃできるって! 石のことはそれこそピラミッドから、ロックバランシング、城壁の石積みまでやったことがあるんだ!」



「なら、お前も作業しろよ!」



「俺? 俺は現場監督だから指示するだけだ! それにピラミッドができたら、今度は俺がお返しに、供養塔を作る番なんだからな!」



「その言葉、忘れるなよ……!」



 ヘルロウの指示は、一時的なピラミッドというより、土台からしっかりと作るやり方だったので、かなり時間がかかった。


 とはいえここは地獄。時間は無限にある。

 やがて石は階段上に積み上がっていき、とうとう遠目からでもかなり目立つようになった。


 しかし、鬼は現れない。


 作業していた少年少女たちは、どうせ途中で鬼たちに邪魔されるだろうと思っていたので、これには首を傾げる。

 その中で……ヘルロウはひとり、確信していた。



 ――やっぱり、思ったとおりだ……!

 壁を作った時と同じで、供養塔を完成させ●●●●●●●●ようとしなければ●●●●●●●●、鬼はやってこない……!


 となると、壁とピラミッド、そして供養塔の境目はどこにあるのか……?

 形状か? 大きさか? それとも……?


 もう答えは、ひとつしかないよなぁ……!



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 そして人間にとっては悠久、地獄にとっては一瞬ともいえる時間をかけて、ピラミッドはほぼ完成した。



【ピラミッド】 建物レベル2

 石を積んで創られた小型のピラミッド。霊力は微少。



 最後は頂上に、キャップストーンと呼ばれる石を置くだけ。

 できるだけ三角錐に近い石を選んだヘルロウ。


 ピラミッドのまわりに集まった少年少女たちは、てっきり彼が頂上に石を置くのだと思っていた。

 しかし、彼は……意外な人物の前で、足を止めた。



「ドロエ。お前がこのピラミッドを完成させるんだ」



 すると少女は、応募してもいないコンテストでグランプリを獲得したように仰天する。



「ええっ、私が? む……無理です、そんなの……。みんなをここまで導いてきた、ヘルロウ君がやるべきです」



 わたわた手を振って引っ込もうとするドロエ。

 しかし手首をガッと掴まれてしまった。



「いいや。俺には置けないんだ。俺が置いちゃいけないんだ。それに、俺はお前にこの石を置いてほしいんだ」



「わ、私に……? どうして……?」



 ドロエはすだれごしの上目遣いでヘルロウを見つめる。

 ヘルロウはそっと手を伸ばし、彼女の前髪をかきわけた。


 暗黒に支配されたような、不安しか存在しないような瞳の少女に向かって、少年は照らすような瞳で語りかける。



「それは、置いてみればわかる。今は俺を信じて、言うとおりにしてくれないか」



「は……はい……」



 力強いその言葉に、ドロエは思わず頷いてしまった。

 そしてとうとう後には引けなくなってしまったので、彼女は覚悟を決めてピラミッドに登る。


 ドロエは運動が得意ではなかった。

 しかし痩せていて体重が軽いので、ピラミッドに登るには適任かと思われた。


 しかしヘルロウの狙いはそこではない。

 彼女が頂上近くまでさしかかったところで、彼は叫んだ。



「……よぉし! いまからドロエが最後の石を置くぞ! みんな目をそらさずに、その瞬間をしっかりと見るんだ! だってこれは、お前らが作り上げた、『巨大供養塔』なんだからな!」



 その一言に周囲から、我が耳を疑うような驚きが返ってくる。

 登っていたドロエに至っては、思わず足を踏み外しそうになり、あわててしがみついていた。



「ええっ!? これが、供養塔!?」



「俺たちが作ってたのって、ピラミッドじゃなかったのかよ!?」



「供養塔って、もっとちっちゃいものなんじゃないの!?」



「こんなに大きい供養塔なんて、ありえないよ!」



 まるで信じていないような言葉を遮って、ヘルロウは叫ぶ。



「いいや、ありえる! 供養塔の大きさなんて、決められてるわけじゃないだろう!? だいいち、ピラミッドも供養塔みたいなもんだしな! それにこれだけ大きな供養塔だと、お前らの両親も、きっと喜んでくれるさ!! お前らはやったんだ! こんなにでっかい供養塔を作り上げたんだ!!」



 ヘルロウは声をかぎりにして、これは供養塔だと何度も言い聞かせる。

 最初はみんな戸惑っていたが、しかし確かに受け止められていく。


 大地にまいた花の種が根を張るように、少しずつ、確実に……。



「そうだ……そうだよね……供養塔の大きさなんて、決まりなんてなかったんだ……」



「そう考えると……なんだか、ちょっと、すごい気がする……」



「すごい、すごいよ……! こんなでっかい供養塔、今までにないよ……!」



「こんなスゲーものを、俺たちが作り上げたんだ!」



 ついに、開花するっ……!

 そして、変貌するっ……!



【巨大供養塔】 建物レベル:6

 石を積んで創られた巨大な供養塔。大きな霊力を有する。



 子供たちの瞳に一斉に光が戻り、わあーっ!! と歓声がわきおこった。


 誰もが手を取り合って喜んでいる。


 ヘルロウは心の中でガッツポーズを取っていた。



 ――よしっ!

 これでみんなの中では、このピラミッドは供養塔になった……!


 でもこれで終わりじゃない、ここからが本番だ……!



 ……ドドドドド。



 喜びに水を差すように、地響きがおこる。

 何事かとまわりを見回す少年少女たちに、声が降り注ぐ。



「お……鬼さんたちが! たくさんの鬼さんたちが、こっちに向かってきています!」



 ピラミッドの上にいたドロエが示す方角を見ると、そこには……。

 世界中の猛牛が集結したかのように、大地を揺らし、土煙をあげながら猛進してくる鬼たちの群れが……!

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