第3話
「言ったな……!? よぉし、ならこの俺が、お前らの供養塔を完成させてやる! そして全員、天国送りにしてやる! 天使学校では毎日、みんな笑顔で勉強やスポーツに励んでるんだ! それをたっぷりと味わわせてやるからなっ! ……今に見てろよっ!!」
ヘルロウはよくわからない捨て台詞を吐いたあと、話を打ち切り、岩の上であぐらをかいた。
そして、あたりを厳しい顔で、ムム……と睨みまわす。
ヘルロウは何かを創り出すときは、こうやって観察から始める。
問題の本質を見極め、最適な答えを弾き出すためだ。
天使の時であれば、『創造』の力を借りればアイデアは湯水のように湧いてきたのだが……今はそれもできない。
河原の子供たちはすでにうつむいて、石を積む作業に戻っている。
その様子を眺めながら、ヘルロウはひたすら思考を巡らせた。
――石を積み上げて供養塔を完成させると、完成させた者は天国へと行ける。
しかし積み上がる少し前に必ず鬼が現れ、塔を壊していく。
鬼は見回りをしているわけではなく、完成間近になると突然出現する。
これは天使中学校の授業で習ったんだが、エンマ大王から与えられた、この河原の鬼たちが持つ特殊能力のひとつらしい。
そもそも亡者と鬼では、パワーもスピードも勝負にもならない。
それなのにワープのように一瞬で現れ、そして現れた時にはすでに攻撃体勢に入っている。
だから塔を素早く完成させることも、阻止することもできないんだ。
なお、複数の供養塔が同時に完成しそうな場合は、そのぶんだけ鬼が現れる仕組みになっている。
そういえば、賽の河原に落ちた子供は8326億年が経過すると、今度は鬼になって崩す側に回るのだと授業で習った。
鬼の数が有限なのであれば、大勢で示し合わせて、鬼の数を上回るぶんの塔を同時に完成させればいいのだが……。
地獄の歴史はとんでもなく長いから、今ここにいる子供たちより、鬼化した子供たちのほうが多そうだな。
では次に、鬼たちはどうやって塔の完成を察知しているかについて、考えてみよう。
どこかで見張っているのであれば、石を積んで壁を作って、視界を遮ってやれば、あるいは……。
ヘルロウはそれから小一時間ほど試行錯誤を重ね、鬼たちは塔の完成を目視で察知しているわけではないと知る。
試しに四方に壁を作って、外から見えないようにして塔を作ってみたのだが、積み上がる直前にはちゃんと鬼が現れ、崩していったからだ。
しかし、彼らは塔に関しては親の敵のように崩すのに、壁については見向きもしなかった。
そんなことを繰り返しているうちに、ヘルロウはついに、全員救済のための妙案を見いだす。
少年は再び岩の上に立ち、河原にいるみんなに呼びかけた。
「おい、みんな! お前ら全員の供養塔を完成させる手が思いついたぞ! でもそのためには、お前ら全員の協力が必要なんだ! だから、手伝ってくれ!」
ヘルロウは両手を仰ぐように動かして、みなに立ち上がるよう促したが、誰も動こうとはしない。
「みんなで協力するのなら、もうだいぶ昔にやったよ」
「うん、でも、失敗したんだ」
「最初にそれを言い出した子は、みんなから石を投げられて、除け者にされて……誰もいない所で、石を積んでるよ」
「いーから手伝ってくれよ! その除け者にしたヤツも呼んできてくれよ、なっ!?」
しかし黙殺されてしまう。
どうせ成功するわけがないと思われているのだ。
みなのやる気を出させるために、ヘルロウはやむなく交換条件を出すことにした。
「なら……もし俺のアイデアが失敗したら、裸踊りしてやるよ! お前らの退屈な石積みが少しでも楽しくなるようにな! それもずっとだ! 毎日踊り続けてやる!」
すると、子供たちの手がぴたりと止まる。
「……本当に、本当に、一生裸踊りをしてくれるの?」
「ああ、約束する!」
「どうせウソだよ。やらせるだけやらせといて、失敗したらとぼけるつもりだ」
「そんなことはしないって! 誓ってもいい!」
「まぁ、いいじゃない。もしウソだったとしても、みんなで服を脱がして無理やりやらせれば」
「そーそー! もし失敗したら、メチャクチャにしてくれたってかまわねぇ! だから手伝ってくれよ、なっ!?」
「うーん、そこまでいうなら……」
「少しくらいなら、手伝ってあげても……」
「俺は手伝うぜ! どうせ失敗するんだから、メチャクチャにしてやりてぇ!」
「俺も! いつも鬼にやられっぱなしでムシャクシャしてたんだ!」
わんぱくな子供たちが動き始めると、それにつられて他の子供たちもようやく重い腰を上げてくれた。
ヘルロウは「やった!」と飛び上がって喜ぶ。
「よぉーし! それじゃあ、まわりにいるヤツらに呼びかけて、ありったけの人を集めてくれ! この河原にいるヤツら、全員だぞ!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
そして、しばらくして……。
岩の踏み台に乗ったヘルロウのまわりには、黒山の人だかりが、河原を見渡すかぎりにできあがっていた。
想像以上の子供たちの多さだった。
どうやら噂に尾ひれがついて広まってしまったらしい。
「聞いたぞ、俺たち全員分の供養塔を作るのに失敗したら、裸踊りをしながら百叩きされるんだって!?」
「いや、僕が聞いたのは、逆立ちして鼻から川の水を全部飲むって言ってたそうだよ!」
「いやいや、それらを全部まとめてやって、一生俺たちを楽しませてくれるんだとさ!」
「そりゃいい! 石を積む間のいいオモチャになりそうだ!」
ヘルロウのすぐそばにいたドロエは、自分のことでもないのに泣きそうな顔になっていた。
「あの、ヘルロウさん……。今ならまだ間に合いますから、やめておいたほうが……」
「なんでだよ? 俺はがぜんやる気が出てきたぞ! これだけのヤツらを天国送りにできると思ったら、ううっ……ゾクゾクするぅ!」
「ど……どうしてですか……? 失敗するかもしれないのに……。ううん、これだけの子たちの供養塔を作るだなんて、絶対に無理なのに……。失敗するのがわかっていて、どうしてそんなに嬉しそうなんですか……?」
「なに言ってんだよドロエ! 俺は失敗するつもりはない! それにたとえ上手くいかなかったとしても、失敗ってのはなぁ、崩れることのない石みたいなもんなんだ!」
「崩れることのない、石……?」
「そうだ! 自分がしっかり考えたうえでやった失敗は、絶対に無駄にはならない! 自分の中できちんと積み上がっていくものなんだ! そしてそれを積み上げていけば、心のなかの供養塔は完成する……! 鬼ごときじゃびくともしない、最強の供養塔がな!」
「失敗は、絶対に、無駄にはならない……」
ヘルロウの言葉を、噛みしめるように繰り返すドロエ。
彼女の頭の中では、ある人物の言葉が、繰り返し再生されていた。
『ドロエ! あんたって子はまた失敗して……!』
『人生なんて成功しなきゃ何の意味もないの! 何の役にも立たないのよ!』
『ああもう、どうしてこんなゴミみたいなのを産んじゃったんだろう……!?』
『ふざけて付けた名前なのに、本当に泥みたいな子ね! あはは、もう笑うしかないわね!』
それだけで少女の気持ちは汚泥に囚われ、沈み込むように自然と俯いてしまう。
力を失って下がっていく肩に、ぽんと手が置かれた。
「ドロエ、まあ見てろって! お前は俺の、生命の恩人なんだからな! この俺が、天国へいちばん乗りさせてやる!」
ヘルロウはもはや失敗どころか、成功した暁の順番まで語り始めている。
そして、
……ビッ!
彼が示したのは、人さし指と親指を立てて、L字形にしたハンドサイン。
これは彼が天使だった頃によくやっていたポーズで、『創造による飛翔』を意味する。
「さぁ、やるぜっ! 見せてやるよっ、俺の『クラフト』を……!」
「ヘ……ヘルロウ君……」
屈託のない少年の笑顔に、暗澹と沈んだ少女の瞳に……。
ほんのわずかではあるが、光が戻った。
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