第4話
兵士の持つ松明の光が集まり、鎧の金属音が響いてくる。「見つかったのか?」身を強張らせながら植木の陰で身体を小さくした。
「止まれと言っている!」
しかし兵士の声は自分に向けられたものではなかった。
「それは俺に言っているのか」
暗がりから現れた男はぶっきらぼうに言った。知っている声だ。
『銀河様生イケボイス来たー!萌えるー!むせるー!』
いきなりテンションが上がった雫がうるさい。
「デ、デニス皇子。申し訳ございません」兵士たちがひざまずく。
現れたのはレーデラック皇国の第二皇子、デニスであった。
『デニスも攻略キャラの一人やん!』と雫の記憶が流れ込んでくる。
腹違いの兄のビクトール皇子が金髪碧眼の良く似合う貴公子然としたキャラクターなのに対し、デニスは剛毛の黒髪長髪で野性味溢れるタイプだ。皇族らしく光の魔法が使えるが、魔法よりも剣を振るっている方が好きだという体育会系筋肉バカである。
デニスルートに入ると、粗暴な外観や普段のふるまいとは反対に、人情味熱いところや動物に優しい一面が見え、ギャップ萌えでけっこう人気のあるキャラクターだ。
「ギャップ萌え……」新しい単語にカミーラは絶句する。
『このルートではそんな一面を見せるシーンはないから、知らないかもね』
「いいえ。私たちは幼馴染ですから、デニスが粗野なだけの人物ではないことは知っています」
『粗野なのは認めるんかい。でもさっきまで地下牢で監禁されていたんやろ?拷問されたりしたんやないの?』
「拘束はされたけど、客間に通されただけよ。監禁だなんてとんでもない、せいぜい軟禁といったところね。警備の目も緩かったから、簡単に抜け出せたわ」
『微妙に記憶と違うな』
「あなたの記憶は案外当てになりませんね」
『あははー、面目ない』
「マルコリーニ伯爵家の令嬢を見なかったか?」デニスが警備兵たちに訊ねている。
「カミーラ様のことでございましょうか?見てはおりません。ビクトール様より絶対に通さぬように命じられております。それに、デニス様が捕らえられたと聞いておりますが」
「逃げられた」デニスは不機嫌そうに答える。「俺の考えも知らずにあのアホが」
「しかし、王都からここへ至る道には検問もありますし、警備の兵もいつもより増やしております。侵入されるのは不可能と考えます」
「ふん、あの女を甘く見るな」と鼻を鳴らす。「来ないなら来ないでそれでいい。しかし見つけたら必ず捕え、俺に報告しろ。兄上はこれから忙しいのだろう」
「デニス様は出席されないのですか?」
「この格好で参加できるか」
デニスはパーティー用の礼服ではなく、黒い鎧をまとっている身体を指さしながら言った。
「承知しました」
「頼んだぞ」
デニスは捜索を兵士に任せて去っていく。安堵の息をついて動き出そうとした時、足元の小枝を折ってしまった。本当に本当に小さな音が鳴る。
次の瞬間、十倍以上の音を立てて何かが迫ってきた。
「デニス様、どうなされたのですか?」
「こっちから音が聞こえた!」
デニスが植え込みに突っ込み、そのまま真っすぐに迫ってきているのだ。兵士たちもそれに合わせて動き始めている。
逆方向に逃げてもすぐに捕まるだろう、捕まらなかったにしても、悲劇の時間に間に合わなくなる。
一か八かで魔法の詠唱を始める。
『ちょっとちょっと、あんたの魔法じゃ、デニスは倒されへん』
「言われなくてもそれぐらい分かっています」
『だったらどうすんの!』
「見ていなさい。
放った魔法はデニスには向かわない。狙ったのは少し離れた場所にある背の高い樹から張り出した枝だ。我ながら見事に命中して切断すると、枝は落下して派手な音を立てた。
「こっちだ」
空に月はなく相変わらず暗い。デニスも兵士たちもこちらに向かってきていたため、枝が落ちるのを見ていなかった。一斉に方向転換していく。
「ご覧になった?」
『見た?私、魔法を使った!手からこう、しゅばっと風が出たんや』
少し得意げな気持ちになったが、浮かれている雫の声を聞かされて、反省する。
「私が出したんです」
溜息をついて立ち上がると、再び走り出す。
『そうだ。ちょっと確認したいことがあるんやけど』
「なんです?」
『デニスってブーメランを持ってたっけ?』
「ブーメラン?」聞いたことがなかったが、すぐに「く」の字型の投擲器具が頭に浮かぶ。「覚えていませんわね」
『立ち絵では持っていなかったはずなんやけど。暗かったから見間違えたかな……』
ぶつぶつ言っている雫のことは置いておいて足を速める。かなり時間をロスしてしまった。
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