第5話 クロハ2nd

「ハァ···ハァ···」


「······」


 二人はクロハのお母さんを助けに戻るために森のなかを走っていた。


「ハァ···ハァ···」


 それにしてもおかしい、話終えて、かれこれ30分くらい走りっぱなしなのに、こんな小さな少女が平然とした表情で走っている。


「ハァ···ハァ」


 正直かなり限界に近い、体の中で何回も筋肉が切れては再生してを繰り返しているのがわかるが、口から体内に取り込み消費される酸素まではどうにもならないらしい。


「ハァ···ハァ···疲れないの?」


「えぇ、まぁ、ちょっと体力トレーニングはしていたので」


「えぇ!?その年で?」


「その『歳』でとは何ですか···クロハはまだ15才ですよ」


 ちょっと勘違いをされた気がするがスルーしておこう、デリケートなお年頃なのだ。


「この世界では修練と鍛練こそ身体機能のレベル上げになるのです、魔物や魔獣を倒してもそこまで強くなる訳じゃないんですよ」


「ちゃんと筋肉を酷使し筋肉が切れ治るときにさらに強く頑丈になるのです、恩恵も権能も修練と鍛練してこそ高みに上れるのですよ」


 「そうなのか身体の仕組みは前の世界と同じ仕組みなのかな?」


「かなり昔の話ですが、ただの農民が体を鍛えあげ勇者とほぼ互角に渡り合えたという伝説もあるんです、まぁ延びには恩恵と権能が大きく作用しますが」


「なるほど、この世界は経験値はなく修練と鍛練で強くなるのか、だからその小さい体でそこまで走れるのか」


 これは、前の世界とあまり変わらない気がするが、きっといろいろな桁が違うのだろう。

 俺も鍛えなければいけないな、なんて考えてると


「もう、みえるよ」


「まずは、ギリギリの物陰に隠れるぞ?」


「·····うん」

 

 クロハが作戦を了承し、急いで物陰に背をつけ、呼吸を整えると、異変に気づく、妙に静かだ、静かすぎる。


「いいか?まず俺だけ見てくる」


「だめだよ、敵味方もお母さんもわからないでしょ?」


「む·····」


 確かに、クロハの母に出会った瞬間に敵だと思われる可能性が高い。

 だが、それ以上に最悪の場合クロハがお母さんの死体を見ることになるかもしれない。


「お願い·····連れてって!」


「っつ!」


 そうお願いするクロハの表情は今にも泣き出しそうで、崩れてしまいそうだ。

 当たり前だ、すぐそこに母親がいるかも知れないんだ、おいていかれるのも不安で一人になるのがひどく怖いんだ。

 そんなクロハを見て。


「いいか?絶対手を離すなよ」


 と言い、クロハヘ右手を突きだした。


「うん·····ありがと」


 両手で右手を握られる、そのギュッと握られた手からはとても震えているのが伝わってくる。寒さじゃない、怖さじゃない、不安だ不安で不安でしょうがないのだろう。


「いくぞ、静かにな」


「······」


 返事はないがしっかり後ろを静かについてきている。

 そして、一足先に前に出ていた俺の視界にはおぞましい光景が広がっていた。

 明らかに凄まじい戦闘があったと思われる程の痕跡、そしておびただしいほどの血の量が倒れてる女性を中心に壁から地面から至るところに飛び散っている。


「うぅ」


 あまりの光景に足を止め手に握力が入ってしまう。


「痛いよ·····」


「あ、あぁ、ごめん力を」


 背中から『痛いよ』と聞こえ前が見えないよう後ろを振り向き、クロハの手を見ると白い綺麗な手がちょっと赤くなっていた。それを見てもう一度『ごめん』と謝る。


「ん、大丈夫、それりなんかあった?」


「·····いや、なんも」

 バカか俺は、誤魔化してどうするんだ、いや、このまま何も見せずにどこかへ逃げるべきだろうか。


 わからない、わからない、逃げたい――――――

――――――――――――


「·····ごめんなさい」


 なんと伝えたらよいか思考を巡らせていると、突然体が後に突き飛ばされお尻に衝撃が走る。

 突き飛ばした本人は『ごめんなさい』と謝りながら地獄絵図のような惨状になってるほうへ走り出す。


「っ·······まっ···まって」


 もう止められない

 

「うっ······」


 クロハが倒れている女性の前で棒立ちになり苦鳴をこぼし、嗚咽をしながら膝をつく。


「お、おかぁさん·····」


「――――っ!」


 とてもか細くか弱く今にも泣き出しそうな低く囁く声が鼓膜を打った。

 やはりあの女性はクロハの母だ、体には無数の切り傷が刻まれている。

 こんなときどう声をかけたらいいのかどう接したらいいのかわからない、この母にすがり抱きつき『お母さん』と連呼する少女にかけれる言葉は持ち合わせていない。


「お母さん、お母さん、お母さん···お母さん······お母さん·········お母さん··········お母さん」


 静寂の中『お母さん』ど呼ぶ鳴き声が微かに響いていた――――――――――――――――――――

――――――――――――――――


 ただ静かに少女を見守っていた。

 気づけばもう空は赤く染まり日が墜ちる時間帯になっていた。

 前の世界だと5時くらいだろうか、

 そして少女はとっくに声も涙も枯れはて呆然と母の亡骸を見つめている少女に手を伸ばす。


「落ち着いた?」


「······うん、」


 自分で言っておきながら嫌気が差す、母が死んだばっかなのだ落ち着くはずがない。


「馬鹿か俺は······」


 そろそろ日が完全に堕ちそうだ、と空を仰いでいたら、唐突に静寂が破られる


「すいません······頼み事があるのですが」


 枯れはてた声が聞こえる


「あ、あぁ、なんだ?何でもいっていいぞ!」


「日が暮れる前に、母を眠らせてあげたいので手伝ってもらってもいいですか?」


「もちろん」


「ありがとうございます」


 そう言い、俺はクロハの指示通り少し開けた地面を探して、黙々と穴をっていた。

 その近くでクロハは腰をかがめながらお花を摘んでいる。

 おっと我ながら変な表現をしてしまった。そんなことを考えているうちに結構掘ってしまった。


「こんなもんでいいかな?」


「うん·····ちょっと深すぎてお母さん苦しそう」


「っ!!だよね!ごめん!今浅くするから!」


「嘘······だよ」


「嘘かい!」


 この少女はなんてタイミングで嘘を噛ましてくれる、わりと結構焦ってしまい変な汗をかいた。


「よし、続きやるか!」――――――――――――

――――――――――――――――


 森のなか二人の祈る姿がそこにあった。

 

「「安らかに眠れますように」」


 祈りの言葉を言い終え、空を見上げる


「もう夜中か」


「うん」


「どうしよっか」


「もう疲れたよ」


 無言で頷き周りを見渡し寝床を探すと。


「あの小屋?倉庫が良さそうだな、あそこでいいか?」


 クロハが頷くのを確認し倉庫にむかう。

 倉庫を開けると横になれるほどのスペースはないが丸まって寝れば不便はないぐらいには広い。

 中へ入りクロハとは少し離れたところに丸まり


「おやすみ、クロハ」


「ま、まって、近くで今日だけ近くにいて」


「わかった」


 静かに横に行く、クロハは反対を向いているが、そっと腰辺りに尻尾が乗っかるのを感じ、そっとクロハの手を握りしめた。


 その手はひどく震えていた。


 「おやすみ」


 夜はどんどん暗く深くなっていく―――――――

――――――――――

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