第3話 スタート

「あぁ、なんでこんな目にっ」


 森のなかを息を切らしながら、走る、走る、走る、全力で走る。

 後ろを振り返ると、そこには自分と同じくらいの大きさの魔獣がよだれを撒き散らしながら迫って来ている。

 あれに捕まってはいけない、あの滴る垂れるよだれでわかる、あの怪物は理性が無い。

 逃げろ!逃げろ!逃げろ!逃げろ!


「―――があぁっ!」


 背後から拘束されていた両手が引っ張られ頭に雷が落ちたかのような衝撃が走る。

 メキメキッブチブチッと骨がひび割れ、肉が裂ける音が脳に響き渡り激痛が走る。


「ぐうっ、手がっ、」


 両手が熱く焼けるような灼熱感に見舞われ、すぐに理解した、拘束されていた両手が跡形もない、拘束具ごと噛み千切られたのだと。

 とめどなく血が流れ、そのなかに白い骨が見え血の気が引く、いや本当に引いている。


「魔獣はっ?!」


 一瞬恐怖の対象を痛みで意識の隅に置いてしまうが、我に返り恐怖の対象を見る。

 襲ってこないちぎった両手を咀嚼している、そりゃあそうだ両手をもってかれたんだ、それなりに時間を稼いでもらわなくては割に合わない。


「十分噛み砕いてから飲み込んでくれよ」


 どんなに怪我をしようと、どれだけ手足を無くそうと、どれだけ嫌なことがあろうと、やらなくてはいけないことがある。


 あの王国の奴らとあのクズには苦しんで地獄を見せてやらなくてはならない。だから命さえあれば、生きてさえいればなんとかなる。だから!


「·········ッ」


 静かに立ち上がり、魔獣の視界から外れた瞬間両足に力を込め全力で走りだす!


「オオオォォォォーーッツ」


 後ろの方から凄まじい咆哮が聞こえ、逃走がバレたことに気づき、一直線に逃げてたやり方を変え、木々の間をジグザグに逃走するプランに変更する。 

 正解だった、所詮は獣だ直線では魔獣に分があるが獣はジグザグに弱い!そして差が開いてきているのを確認し、大岩の影に隠れ作戦を考え直す。


「·········ん?」


 違和感に気づき、視線を下げる、そこには千切れた手首から肉が盛り上がりまたその上からさらに盛り上がりさらに盛り上がり手が形作られていき完璧に治る、まさに完治した。


「こ、これは····痛くない····」


 いったいどういうことなのだろう、確かに権能はあのクズに奪われたはず。


 「だが考えてる暇はない······」


 もうそこまで魔獣がきている、考えろ、考えろ、考えろ、正面からの殴り合いでは瞬殺だ。


「···俺が·····俺が完治するならっ!」


 手元に落ちていた、木の枝を数本拾い、まとめて二の腕にぶっ刺す。


「ぐっ」


 すぐさま立ち上がり吠える!先手必勝!走りだす!


「おおおおぉぉぉぉーーーーーー」


「オオオオォォォォーーーーーー」


 それに答えるかのよう魔獣が吠え、大口を開け突っ込んでくる、最初と同じだ噛みちぎる気だろう、そこへこちらも突っ込む。



「くっらっえっ!」


 手を振りかぶり、魔獣の大口へ二の腕まで即座に突っ込む喉を通り食道を通り胃まで届く、魔獣が獲物の考えもしない行動に嗚咽をし胃液をこぼすが即座に噛み砕くことに専念しようと大きく噛む、だが枝が歯茎に刺さり隙を見せる、すかさず手で胃を掴む物理的に、そして最大の握力を込め、おもいっきり腕を抜く。鮮血が宙をまい魔獣が無抵抗のまま吠える事もなく消沈した。


「よ、よっしゃあ!やってやったぜ、かなりグロテスクな倒しかたになったが····決着は案外一瞬だっだたな」


 辺りを見回す、まるでここで魔獣の解体ショーでもあったのかと思うほど鮮やかに胃から腸までが魔獣から引き抜かれている。


「初めて生き物を殺したが···思ったより綺麗だな」


 それにしてもこの再生能力はなんなのだろう、確かに俺の《勇者》の権能はあのクズに奪われたはずだ。まさかあの神様は俺に二つの権能をくれたのだろうか。

―――――考えてもわからないが、この力で命拾いをした、何はともあれ、まずはこの力を知らなくてはろくに復讐もできない、なんせ王国とクズとはいえ国と勇者だ。


「よし!まずは宿を探すか、ここからが始まりだ俺の障害となるもの全てを壊してやる」


 復讐を自分に誓い、どこへ行こうかと周りを見渡す。

 なんか、想像してた森とはずいぶんとかけ離れている、もっとこう暗くて薄気味の悪い感じかと思ってたが、今にでも妖精や天使など出てきてもおかしくないほどに。


「····あっちにしよう」  


 見渡してもよくわからなかったので、魔獣から追いかけられた方角とは異なる方向に決め、黙々と歩き始める。


「ずいぶん歩いたな、····ん?」


 森のなかで明らかに異質な存在に目を奪われる。

 そこには先ほどの大きさと同じくらいの魔獣に追いかけられるフードを被った女の子が追いかけられているのを目にし―――――――――――


「るぁっ!」


 気づけば身体が勝手に走り出していた。

 魔獣に向かって突っ込む。

 そして左手を前に突きだし囮にし噛みつかせる、魔獣が噛み砕くのに集中し、動きが一瞬止まる。

 そこへ、人差し指を魔獣の内耳へ突っ込みえぐり三半規管を傷つける。


「ギャンッ!」


 苦鳴する魔獣が三半規管を傷つけられ平衡感覚を失い強いめまいに侵され立てなくなり、地に足の着いていない足をバタつかせる。


「おらぁっ!」


 そこへ、魔獣の鼻っ面に蹴りを入れ、踵に体重を乗せ踏んで、踏んで、踏み潰す。

 魔獣の顔面が原形をとどめてないのにも関わらず。


「ま···まって、もういいよ···」


 そっと後ろから引っ張られ、怯えた声に我にかえる。


「あぁ、ごめん···········」


 後ろを振り返りよくみるとそこには薄紫色の長髪の髪の毛をボサボサにさせジト目でこちらを見てくる美少女が立っていた。

 その身なりはボロボロで服が所々切れているが、元々の布地はそれなりに良いものを着ている。パッと見14~16才くらいだろうか。

 だが、何よりも目を奪われたのは頭とお尻についているかわいい垂れ耳とふわふわの尻尾がとてもとても愛くるしい。


「君は?」


「···クロハ・ヴェレノーだよ···」


 彼女はそう名乗り控えめな笑顔を見せながら耳をピクピクさせ尻尾が垂れる。

 あぁなんて愛くるしいのだろう。


「ありがとう、お兄さん」


 そう言い、頭をぺこりと下げる美少女がいた。

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