第27話「虚無の精霊と使い魔と学生寮」
「暗黒黎明窟は帝国の敗北によって表の組織は壊滅したが、もともと王国にも地下組織はあったのじゃ。王国側は穏健派と結びついていたので目立った動きはしてなかったがのう。……じゃが、ソノンちゃんが少々強引に、いや、かなり強引に壱式を奪取したことに激怒した穏健派は強硬策に出ることにしたようじゃ。『虚無の精霊』とジェノサイド・ドール・弐式という切り札も秘密裏に持っていたようじゃしな」
「なんですって!? わたくしという精霊がいながらほかの精霊に浮気するなんて! しかも、ジェノサイド・ドール・弐式!? そんなものがあるなんて聞いてませんわよ!」
「この一年で新たに始められた計画のようじゃからの。ソノンちゃんが壱式を容易く奪取できたのも、より凶悪な精霊とさらに強力なジェノサイド・ドール・弐式が完成したからということじゃろう」
なんてことだ。壱式を上回る強さのジェノサイド・ドールだと?
しかも、さらに凶悪な精霊?
「そもそも、なんであなたがそんな情報を知ってるのです? わたくしですら知らなかった情報。機密中の機密じゃないですの!」
「わしの情報網を舐めてもらっては困るのう。なにもスパイとして送りこむのは人間だけではない。ここは動物病院じゃが……使い魔も治療しておる」
「えぇ? じゃあ、たまに見たことのない動物や昆虫を先生が治療してたのって!?」
「おう、カナタちゃん、よく気がついたのう。というかミニドラゴンとか治療してたからバレバレなのじゃが。見た目はトカゲに似ているがな」
……なるほど。小動物や昆虫なら相手は自分たちが探られていることに気がつきにくいだろう。そして、動物病院を装うことで使い魔の治療もできる。
「そういうわけで、これまでの患者のほとんどはわしの使い魔じゃ。飼い主を装った人間は組織の構成員というわけじゃよ。怪しまれないよう工夫をしていたわけじゃ」
さすが師匠の師匠。まさかここまでスケールのでかい戦いになっていたとは最前線で戦っているだけの俺にはわからなかった。
まぁ、知ったところで余計なことを考えて集中力が落ちるだけだったので、知らなくて良かったとも言えるが。
「そういうわけで、これからますます気をつけねばならぬぞい? というわけでゲオルア学園の学生寮に入るのがよいじゃろうな」
と、そこで――治療室のドアが開いて師匠が現れた。
「そういうわけだ。わたしから話そうかと思ったが、この老人がおまえたちと直接話してみたいと譲らなくてな。もともとリリィ用の部屋も用意しないといけないと思っていたところであるし、ちょうどいいだろう」
完全に師匠は気配を消していたので、俺ですら気がつかなかった。
すでに院内にいたのか。
「これ、ソノンちゃん。まだわしは話し足らないんじゃが。年寄りにとって貴重な若者とトークする機会なのじゃぞ?」
「困った老人だ。ともあれ今日から三人は学生寮で暮らせ。カナタのご両親には許可をとってきた」
「えっ!? 本当ですか!?」
「ああ。もともとわたしがミツミ家に無理を言って君を学園に入学させたのだからな。本来、学生寮に入れるのが筋だった。ただ、君が学園で孤立していると寮での居心地も悪かっただろうからやめておいたのだ。しかし、今はヤナギとリリィがいる」
貴族たちのいる学生寮で暮らすのは気が引ける面もあるが……。
でも、護衛という意味では、一か所で暮らすのがベストだ。
もともと学生寮は結界がしっかり張られてるのでセキュリティもバッチリなはず。
「わたしも今日から学生寮に住む。長年、会計を誤魔化して私腹を肥やしていた寮長に証拠を突きつけ、昨日、追放したところだしな……貴族あるところ腐敗あり。本当に、この学園は、いや、この国は腐りきっている……」
師匠は遠い目をしながら、寂寥感に浸っていた。
「ふひゃひゃ、ソノンちゃんも理事長という地位になって、組織を運営していくことの苦労が少しはわかったようじゃのう?」
「最前線で命を賭けた戦いをしているほうがシンプルで気楽なのは確かだな。だが、大人が面倒なことから逃げるわけにはいかない。とにかくヤナギ、カナタ、リリィ。おまえたち三人で協力してがんばれ。貴族のバカ息子・バカ娘だらけで苦労をかけるが、おまえたち三人の存在が必ずこの学園によい影響を与えてくれるはずだ。若い者たちが変わっていけば、いずれこの国もよくなっていくだろう」
穏健派だけあって、地道な改革だ。
ただ、ゲオルア学園の生徒たちは将来、国の要職に就くことが約束されている。
学園の気風を変えてゆくことが、国の未来のためになるというわけだ。
「ノブレス・オブ・リージュ。貴族だからこそ義務を果たすべきである。ま、余計なことは考えずにおまえたちは学園生活を送ればいい。これが学生寮の地図と鍵だ」
師匠から地図と鍵をふたつ手渡された。
「男子部屋はちょうど一人部屋が空いていた。女子はふたりでひとつの部屋だ」
「ちょっと、あなた。わたくしは暗黒黎明窟急進派の召喚した『破滅の精霊』であり人類抹殺兵器ジェノサイド・ドール・壱式ですのよ? 気を許しすぎではありませんこと?」
怪訝な表情をするリリィに、師匠は微笑みながら応える。
「問題ないさ。わたしはおまえを信用している。それに君がカナタのことを裏切る姿は想像できない。君は一年間、ずっと夢の中でカナタと共に暮らしてきた。君にとって世界を滅ぼすよりカナタのことが大事になっているんじゃないのか?」
「なっ!? 勝手に人の心を推し量らないでくださる? そ、そんなことは――」
珍しくリリィは狼狽えていた。
そこを師匠はさらに踏み込んでⅨ。
「カナタのことが好きなんだろう?」
「な、な、なにを言ってるんですの、あなたはー!?」
「ふぇええええええっ!?」
さすが師匠だった。あのリリィを手玉にとっている。
ついでにカナタもとばっちりを食っている。
「わたしは百合については造詣が深いからな。部屋で好きに百合百合するがいい」
「……あなたと会話すると疲れるだけですわ」
「ゆ、百合って、女の子同士でってこと――!? はわわわわっ!」
どこまで本気なのか冗談なのか。
未熟な弟子である俺には師匠の深謀遠慮を理解することはできない。
「寮生活というのも青春ならではだろう。せいぜい楽しむがいい」
結局、俺たちは学生寮に向かうことになった。
いつだって師匠は強引だ。傍若無人だ。
だが、それがいい。
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