第三章「学生寮と美味いメシと虚無の精霊」

第28話「寮長となった旅団長と厨房(戦場)へ」

☆ ☆ ☆


 学生寮は、学園から五分ほど歩いた場所にあった。

 瀟洒な煉瓦作りでパッと見は高級旅館のようにすら見える。

 三階建てだ。


「あら、悪くない建物ですわね」

「う、うんっ、こんな寮あったんだ!」


 さすが貴族の住む学生寮といったところだ。


 もっとも、大貴族の家柄の生徒は自宅から通っているので、ここに入っているのはほとんど中級貴族らしい。むしろ、そのほうがマシそうなのでありがたい。


 正面玄関から寮へ入ると受付らしきものがあったが――そこには筋骨隆々かつ眉毛だけが異様に太いハゲたおっさんがいた。


「って、旅団長!?」

「おう、ヤナギ! 話は聞いてるぞ! 元気だったか!?」


 この人は大戦のときに俺の所属していた第六師団と連携をとって行動することの多かった第三混成旅団・通称『庶民旅団』の旅団長だった。ゴエモン・カーワ。

 庶民出身ながら前線指揮を任されていた叩き上げの軍人だ。


「なんで旅団長がこんなところに!?」

「がはははっ! いやな、戦争が終わった途端に俺も軍から冷や飯食わされてなぁ!戦争も終わったし故郷に帰って寺でも建てて部下たちの供養でもしながら暮らそうと思ってたんだが、ソノン師団長直々に寮長をやれと言われたら断れねぇやな! 腐りきった貴族のガキどもの性根を叩き直すのが死んでいった庶民出身の兵士たちの供養にもなるって言われちゃなあ!」


 なるほど。最前線で勲功を上げた軍人は悉(ことごと)く左遷されたってわけか。

 戦争のときだけ庶民出身を最前線に立たせて平和になったら冷遇とはさすが王国、やることが汚い。


「ソノン師団長派ってだけで露骨に嫌がらせしまくるからなぁ! あの戦いはソノン師団長がいなかったら絶対に勝てなかったってのによぉ! あの恩知らずどもが!」


 ゴエモン旅団長は荒ぶっていた。まぁ……俺も同じ気持ちだ。

 というか、声がデカすぎる。これじゃ俺の正体が寮内に拡がってしまう。


「安心しろい! 貴族どものお嬢ちゃんお坊ちゃんはプライバシーが大事とかで完全防音仕様らしいぞ、この建物は! 戦場じゃプライバシーもクソもねえってのになぁ! がはははは!」


 豪快に笑うゴエモン旅団長、いや、今は寮長か。

 というかよくまぁこの人が貴族の通うゲオルア学園の寮長になれたな……。


 だが、一見、粗野そのものな印象なのだが、士官学校では庶民の中でトップの成績だったらしい。


 ソノン師団長とゴエモン旅団長の連携によって、どれだけの戦いに勝利してきたことか。まさに文武両道・知勇兼備の猛将なのだ。


「……なんだか建物の雰囲気にそぐわない寮長ですわね?」

「……こ、声がデカいよぉ……うう……怖い」


 兵士たちからは慕われていたゴエモン旅団長だが、リリィとカナタからは距離をとられていた。


「安心してくれ。ゴエモン旅団長は良い人だぞ。戦場ではいつも手作りの御馳走を振る舞ってくれて大いに兵の士気を高めてくれた」


 この人は料理がメッチャ上手なのだ。

 実家が食堂だったらしく、士官学校に入るまでは店を手伝っていたらしい。


「兵の統率は胃の統率からってのが信条だ! 腹が減っては戦はできぬっていうが、マズイメシでも戦はできねぇ! メシについては任せろ! 毎日うめぇもん食わせてやるぜ!」


 これは頼もしい。百万の援軍を得たような気分だ。


「というわけで今日は盛大に歓迎会するからよぉ! 晩飯を楽しみに待ってろよ!」


 まさかゴエモン旅団長のメシを再び食べられる日が来るとは。

 これは本当に楽しみだ。


「部屋に荷物を置いたら俺も手伝いますよ」

「お? ヤナギ、手伝ってくれるのか!? こりゃあ頼もしいぜ! 『千切りの修羅』の腕前、久しぶりに見せてもらうぜ!」


 戦場に置いて楽しみは料理である。

 簡単なものしか作れないが、それでも工夫の余地はある。

 

「……『千切りの修羅』って、キャベツでも切るんですの?」

「……す、すごそう……」

「刃物の扱いにはかけては誰にも負けないしな」

「がはははは! おまえは『三枚おろしの神』とか『微塵切りの鬼』とかも言われてたよなぁ! 頼りにしてるぜ!」


 まあ、俺はほとんど斬る専門だが。でも、料理は意外と剣の鍛練にもなるのだ。

 普段使わない筋肉を使うことで、新たな剣技を生み出すヒントにもなる。

 現状、俺はほぼ魔法を使えないわけだしな。さらなる剣術の研鑽が必要だろう。


「あ、あのっ、わたしも手伝うよっ! いえ、手伝わせてください!」

「あなた料理はからっきしでしょう?」

「うぐ……!」


 申し出るカナタと瞬時にツッコミを入れるリリィ。

 一年間一緒にいただけに、カナタの得手不得手は把握しているらしい。


「お嬢ちゃん、気持ちはありがてぇが……調理場は戦場だ。しかも、今日は迅速かつ盛大な料理をしなきゃならねぇ。またの機会に頼むぜ?」


 サムズアップしてキラーン☆と歯と頭部を光らせるゴエモン旅団長(44歳)。


「は、はい……」


 こうなってはカナタも引くしかないようだ(色々な意味で)。


「ともかくヤナギたちに料理は任せてわたくしたちは部屋で荷ほどきをしましょう。女子は男子と違って色々と持ち物が多いのですから」


 といっても、リリィの魔法を使えば荷ほどきも家具の配置も楽勝だろうけど。


「それじゃ、旅団長、いえ寮長! 極上の料理を作りましょう!」

「おうよ! 久しぶりにヤナギと料理できて嬉しいぜ! 燃えてきたぜぇ!」


 こうして、俺たちは戦場(厨房)へ向かったのだった――……。

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