第26話「身バレとパニックと紅茶タイム」
手前に椅子と机のある待合室、奥に治療室といった間取りだ。
なお、ふたつの部屋を隔てる壁とドアがあり、会計と薬を出すための窓口も設置されている。
「客が来るまで茶飲み話でもしようかのう」
物質転送の魔法によって、テーブルの上に饅頭と人数分の紅茶が出現した。
「えっ、えっ? 医院長センセイ、こんな魔法も使えるんですか!?」
どうやらカナタの前では、いつもは高度な魔法を使っていなかったらしい。
「ほほほ、これぐらい、お手のものじゃよ」
さっきの体捌きといい、この魔法錬度。
今でも最前線で戦えそうなほどだった。
「して……なにを話そうと思ってたんじゃったかのう……っ、おお、そうじゃ。昔話をしようと思ってたのじゃ。かつての暗黒黎明窟のくだらない話じゃがな――」
そうしてカレキ委員長が語ったのは――暗黒黎明窟の創設と発展、急進派と穏健派の分裂、その後の争いと各派独自の活動についてだった。
「……その過程で急進派はバシティア帝国との連携を強め、戦力増強のためと偽ってジェノサイド・ドール・プロジェクトを進めたのじゃ。その急進派を抑えるため逆に穏健派は王国との結びつきを強めて戦争に協力していくことになったのじゃ」
……なるほど。派閥間の争いと国家間の争いが合わさっていたのか。
だから、帝国との戦いだったはずなのに最後は暗黒黎明窟の開発したジェノサイド・ドールと戦うハメになったのだ。
「まったく俗物の集まりである王国に手を貸して急進派を潰すだなんて。あなたたち穏健派のやったことは天をも畏れぬ所業ですわ」
「帝国に接近して戦争をするように仕向けたのは急進派の連中じゃろう? 自業自得という奴じゃ。策士策に倒れるともいうがのう。結果として、穏健派は急進派をほぼ壊滅させられたわけじゃしのう。まぁ、もっともウナギくんがジェノサイド・ドールに負けていたら世界は滅んでいたわけじゃが。さすがは『最前線の羅刹』じゃ」
やはり、あの戦いには帝国と王国の存亡どころか人類滅亡がかかっていたのだ。
あとから知ってよかったとも言える。戦う前にそのことを知っていたらプレッシャーで動きに影響が出ていたことだろう。
……。って、今さらりと言っちゃいけないこと言わなかったか、このばーさん!
「……ふえ? え、えぇええぇえええぇえーーーーー!? 『最前線の羅刹』って! ヤナギくんがそうなの!?」
だーーーーっ! 師匠から秘密にしろって言われてたのにぃーーーーーー!?
「……はて、言ってはいけないことじゃったかのう? もうとっくに知ってるものかと思ったがのう」
「……まぁ、もうバレるのは時間の問題だった気もするので、大丈夫です……」
「そもそもカナタが今まで感づかなかったことが問題ですわね? こんな強い一般兵士なんているわけないでしょう? あなたの天然は真剣に心配になるレベルですわ」
「うぅう……もう本当に今日は色々なことがありすぎて訳がわからないよ……本当にヤナギくんが『最前線の羅刹』なの? 凶悪無比、目の前に立つ者は例外なく虐殺する残虐かつ暴虐な悪魔の剣聖……って言う噂なんだけど……」
俺への風評被害は酷かった……。なんだその殺人鬼みたいな奴は。
でも……まぁ、あながち間違ってはいないか。
戦場の最前線に立つときの俺は一切敵に容赦しなかった。
そうしないと味方が死ぬ可能性があるからだ。
「一年経った間に、あなたは本当に丸くなりましたわね。今が戦時ではないから……ということもあるでしょうが」
「それはおまえもだろ。『殲滅の破壊人形』」
「って、えええ!? リリィちゃん、あの王国の最終兵器『破滅の破壊人形』なの!?」
カナタは目をグルグル回して混乱している。
いつもパニックになってるカナタだった。
「ですから、あなたは鈍すぎますわよ、カナタ。そうですわ。わたくしは『破滅の破壊人形』。もっとも、零式については『最前線の羅刹』によって破壊されたので今の姿は壱式ですがね」
「はぅう……もうわけがわからないよぉ~~~!」
さらに目をグルグル回してカナタは頭を抱えていた。
「まあまあカナタちゃんや。ともかく紅茶を飲んで落ち着くのじゃ」
「は、はい。院長センセイ……」
カナタは勧められるままにティーカップに口をつけて紅茶を飲んでいく。
「ふぅ……。あっ、おいしい♪」
カナタは表情を綻ばせる。
「それじゃ、わたくしもいただきますかね」
リリィもティーカップの紅茶を口に運ぶ。
「……あら? いい茶葉を使っているじゃない」
「ふふ、そうじゃろう? ソノンちゃんは優秀な弟子じゃからのう。定期的に良質な茶葉を送ってくれるんじゃよ。いつも面倒くさがるくせにちゃんと最上級の茶葉を送ってくれる。ツンデレというやつじゃな」
意外とマメな師匠だ……。
というか物質転送どころか茶葉から紅茶を淹れる過程まで精密に魔法でやっていると思うと、この人のすごさがわかるというものだ。さすが師匠の師匠。
「はふぅ……♪ 本当に、すごい香りがよくて美味しいです♪」
そういえば師匠は作戦を練るときは、いつも紅茶を飲んでいたな。
野営しながら独りだけのティータイム。そこで浮かんだ作戦からいつも快進撃が始まったものだ。そのことを思い出しながら、俺も紅茶を口に運ぶ。
「……うん。美味いな。ホッとする」
温かいものを飲むことで、心を落ち着かせることができる。
そして、心地よい香りによって頭もクリアーになっていく。
なるほど。師匠が戦略分岐点でいつも紅茶を飲んでいた理由がわかった。
「落ち着いたところで重要な話をしようかのう。暗黒黎明窟急進派の地下組織が動き始めたようじゃ。おそらく狙いはカナタちゃんとウナギくんの拉致。ソノンちゃんとわしの暗殺。あとはアンド・ロイド・ドール・壱式の破壊かのう」
「えぇええええ!?」
「なっ!?」
「……わたくしを破壊!? 暗黒黎明窟が!?」
紅茶で落ち着いたのに、いきなり台無しだった。
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