第20話「真の力に目覚めるボッチ魔法少女」

「落ち着いてくれ、カナタ・ミツミ。君の中に入りこんでいた精霊リリィをこの機械人形に移した。キスはそのために必要な儀式だったのだ」


「ふぇ、え、えぇえ?」


 理解が追いつかないのかカナタは珍妙な声を上げながら目の前のリリィに視線を向けた。対するリリィは、にっこりと笑う。


「一年間わたくしの依代(よりしろ)になっていただき、心より感謝申し上げますわ」

「えっ、じゃ、じゃあ、わたしの夢の中に出てきた女の子って……」

「わたくしですわ。あなたと共に過ごした一年、とても濃密で楽しかったですわ。深くお礼申し上げます。それでは、わたくしはやることがあるので失礼させていただきますわ。ご機嫌よう――」


 そう言って部屋から出ていこうとするリリィの前に師匠は立ちふさがった。


「待て。おまえにも絶対に学園生活を送ってもらう。もし勝手に逃亡しようというのなら、その人形を今すぐ破壊して狸の置物に入ってもらう」

「くっ――……この鬼畜外道……」


 リリィに話をつけると師匠は冷蔵庫に向かって、そこから葡萄色の液体の入った瓶を取り出した。


「カナタ・ミツミ。さっそくだが、これを飲め」

「え、えぇっ、これって、ワイン!?」


「似ているが違う。まぁアルコールは入っているが。ともかく飲め。これを飲めば君にかかっていた呪いを解呪することができる。そうすれば、これまでとは比べものにならないほど強大な魔法を何度でも使うことができるようになるはずだ」

「そ、そんなっ!? ほ、本当ですか!?」

「本当だ。『聖浄の葡萄酒』には君が幼い日に飲まされた呪いの果実『触媒の果実』を打ち消す効果がある」


 言いつつ、師匠は葡萄酒のコルクを指で軽く抜いてカナタに手渡した。

 芳醇な香りが室内に拡がり、俺の鼻腔までくすぐる。


「うぅ……一気に色々なことが起こりすぎて訳わからないよぉ……」


 カナタは瓶を両手で持ったまま戸惑っていた。


「まったく穏健派のくせして強引すぎますのよ、あなたは」


 敵側(?)であるリリィにも呆れられる始末だ。戦場で師匠の強引さを間近で見てきた俺ですら、今回はついていくのがやっとだった。


「う、うぅ……も、もうどうにでもなれっ……! んぐっ!」


 そんな中、カナタは瓶を唇に持っていき両手でグイッと天井に傾けるようにして飲んでいく。瓶の容量はコップ一杯といったところか。


「んぐっ、ごく、ごくっ……ぷはぁ……」


 あっという間に飲み干してしまい、カナタは吐息をつく。


「ふふっ、いい飲みっぷりだな、カナタ・ミツミ。やるときはやる。そういう人間がわたしは好きだ」


「はへぇ……あ、ありがとうございますっ……ふ、ふあ……か、身体が……ふわふわする……」


 そう返事をしている間にもカナタの顔は赤くなっていき、足元が覚束なくなる。


「……あなた、これただの葡萄酒っていうことはないでしょうね?」

「葡萄酒も入っているが、それだけではない。見ていろ」

「……あぁ、目が回るぅ~……体が熱くなりゅうぅ~」


 ジト目で見るリリィと自信満々の師匠と呂律の回らない舌でしゃべりながらふらつき始めるカナタ。俺としても事態の推移を見守るしかない。やがて――。


「ひゃっ……! な、なんか、くるっ!? きひゃうぅっ!」


 突然カナタは切迫した様子になった。


「いいぞ、そのまま出せ! おまえの身体に沁みついている呪いを放出しろ!」

「放出!? 出すって、なにをですの!?」


 師匠の言葉にリリィまで慌て始めた。


「あにゃあ、もう、わけわかんない、なにもわからにゃいよぉぉ! あぁあっ! だ、だめぇっ、なんか出ちゃうよぉおおおーーー!」」


 瞳を潤ませ、頬を赤らめ、だらしなく唇を開く。

 ……って、なんか俺、見てはいけないものを見ている気がするんだが……。


「いけ! カナタ・ミツミ! 新たなるステージへ!」

「あぁあああーーーーーーーーーーーーーーーーー!」


 カナタがビクンッと激しく身体を跳ねさせると、そのまま壊れた機械人形のようにガクガクと全身を痙攣させた。


 それとともに、全身から紫色の瘴気のようなものがブワッと噴き出し――そのまま空気中に消えていった。


「よし、出たか! 成功だ! よくやった、カナタ・ミツミ!」

「……破廉恥ですわ」


 快哉を叫ぶ師匠と、再びジト目になるリリィ。

 俺としても、なんだか気まずい……。


「……は、はれ……? えっ……あれ……今、わたし、どうしたんだっけ……?」


 痙攣し終わったカナタは、夢見心地といった感じで呟く。

 瞳は潤んで頬は紅潮したままだし、半開きの唇からは涎も垂れている。


「カナタ・ミツミ。儀式は終了だ。これで君は今まで発揮できなかった本来の魔力を発揮できるようになった」

「…………ふぇ……? って、え、えぇえ? なに、これ!?」


 カナタの身体からは瘴気に変わって白銀色の清らかなオーラが立ち昇り始めた。

 ……すごい魔力だ。

 もしかすると最前線で戦っていた頃の俺と同等レベルかもしれない。


「それが君に秘められていた真の魔力だ。これからは思う存分使うがいい。……と、そういうわけにもいかないか。君が全力を出したら世界が滅びかねない。まずは百分の一ぐらいの力を使うぐらいのつもりで魔法を使うがいい」


「……えっ、えぇえっ!? 世界が滅ぶ!? もう本当に、わけわかんないよ……なんでそんなすごい魔力がわたしに……」


 突然膨大な魔力に目覚めてしまったカナタは喜ぶどころかオロオロしていた。

 しかし……本当にとんでもない魔力量だ。その疑問は、リリィも同じらしい。


「……ここまで魔力があるなんて、おかしくありません? わたくしはカナタの中にいましたから魔力の総量はわかっているつもりでしたが……ここまでとは」

「ずっと抑圧され続けていた魔力が解放されたことで最大値が上がったということだろう。ある程度は予想していたが、ここまでとはな……」


 こうなると魔法に関しては、俺がカナタに教えることはなさそうだ。

 というか今の魔法をろくに使えない俺よりも、よほど強い気もする。


「ま、ともかくペア模擬戦で優勝しろ。あとは、リリィ。今日からおまえもふたりと同じクラスで授業を受けてもらう」

「……もう、わけがわかりませんわ……」


 リリィは肩を竦めた。

 ちなみに、俺もわけがわからない。


「ふふ、青春とはそう言うものだ。わけがわからないからこそ面白い。答えのわかっているミステリーなんてつまらないだろう?」


 そんな中、師匠だけはいつも通りマイペースだった。


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