第二章「カナタの真の力と精霊お嬢様」

第18話「学園長室~暗黒黎明窟と魔女~」

 翌朝。俺はカナタを迎えにいってから一緒に登校。

 その日の授業はなにごともなく進行していき昼休みになった。


「それじゃ、学園長のところに行くか」

「う、うんっ」


 俺はカナタに声をかけて教室を出る。

 クラスメイトたちから視線を向けられるが、まぁ、気にしても仕方ない。

 こそこそふたりで出るよりはいいだろう。そのまま廊下を進んでいく。


 学園長室は『三』の字のように並んだ校舎の北側一番右に位置している。

 ちなみに俺たちのいる教室は南側にまとまっており、真ん中は特別教室的だ。


「失礼します。ヤナギ・カゲモリです!」

「え、えとっ……カナタ・ミツミです。失礼しますっ」


 ノックして名乗ると、すぐに返答があった。


「ご苦労。入りたまえ」


 豪華な装飾の施された木製のドアを開き、俺たちは室内に入った。


 名門ゲオルア学園の学園長室だけあって、調度品やソファ、執務机などにも高級感や気品が感じられる。

 だが、師匠がそんなものを喜ぶ性格ではないことはよくわかっている。


「先代の理事長の趣味のようだが……人が戦争をやっている間に、よくもまぁこんな贅沢を調度品を揃えたものだと逆に感心するよ」


 師匠は蔑むように嗤(わら)う。


 最前線で戦う俺たちは常に物資が窮乏していたので、俺自身も怒りと呆れの混じった感情を覚える。もし十分に物資があったら余裕を持った作戦を立てることができて助かった命も多くあっただろう。


「まあ貴族というものはそういうものだな。ゲオルア学園卒の貴族は最前線どころか前線にすら配置されることはなかった。おまえたちも、この学園の貴族気質というのがよくわかっただろう?」


 転校して一日しか経っていないが、この学園の閉鎖性は理解できた。

 そして、師匠の言うとおり最前線どころか前線で戦う貴族など皆無。

 まぁ、師匠の家柄は下級だが貴族なので、例外だったと言えるが……。


「あれだけ庶民が戦災に巻き込まれて犠牲になり、さらには国のために戦い死んでもこの国の上層部が変わることはなかった。この一年、わたしはこれまでの勲功を盾に無理やり学園長に就任して改革を行ってきた。しかし、次代を担う若い者たちにまで貴族主義が骨の髄まで沁みこんでいる」


 師匠ほどの勲功があれば、もっと上のポストに就くことも不可能ではなかっただろう。あえてこの学園長を選んだということは、そういう意味があったのだ。


 もっとも、軍の要職についたところでお上級貴族たちの派閥政治が幅を利かせているので、ひとりでできることは限られていただろう。

 だからこそ学園長への転身ということか。


「まあ、急いでも仕方ないのだがな。世の中には人類は滅ぶべきだという急進派……もとい過激派もいるが、わたしはまだこの世界に絶望していない。差し当たっては、今度の実力考査『ペア模擬戦』で、おまえたちが優勝することが重要だ」


「えっ?」

「ふぇ?」


 思わぬ方向に話が飛んで、俺たちは揃って声を上げてしまった。


「はは、仲がいいな。だが、『ペア模擬戦』においては連繋が大事だからな。それぐらい息があっていたほうがいいだろう。ともかく大会で優勝しろ」


「なっ!?」

「ふぇえ!? あたしたちが大会で優勝!?」


 あまりにも突飛な発案に、俺たちはうろたえる。


 魔法が使えないとはいえ剣術を駆使すれば優勝は不可能ではないかもしれないが、間違いなく俺の強さが目立ってしまう。

 そうなると『最前線の羅刹』だと学園のみんなにわかってしまうだろう。


「まあ荒療治も必要というところだな。理屈ばかりが先行する貴族たちには、やはり実戦の場でわからせるしかない。それをできるのが学園生活のよいところだ。わたしが貴族院の連中をボコボコにするわけにもいかないからな」


 やはり師匠も相当ストレスが溜まっているようだ。

 まぁ、大人の政治の世界というのは俺の想像がつかないような魔境なのだろう。


「というわけで……カナタ・ミツミ」

「ひゃ! ひゃいっ!?」


 師匠から低い声で呼びかけられて、カナタは思いっきり挙動不審になりながら返答する。


「君の魔力を解放する」

「ふぇ? か、解放っ!?」


「そうだ。君自身は気づいていないようだが、君の持つ魔力はかなりのものだ。今使えている魔力は千分の一にも満たない」

「そ、そんなっ!? 本当ですか!?」


「ああ。嘘を言っても仕方なかろう。端的に言うと君には呪いがかけられている」

「呪い!?」

「そうだ。呪い。言いかえると戒め、枷……と言ったところか」


 まさかカナタにそんなものがかけられていたとは……俺でもわからなかった。


「わからないのも無理はない。これは古代魔法の術式だ。下手に解呪しようとすると逆に解呪しようとした人間が呪われて、最悪、死に至るという性質の悪いものだ」

「なんでカナタにそんな呪いが?」

「カナタ・ミツミ……君は幼い頃に魔女と出会わなかったか?」


 俺の疑問には答えず、師匠はカナタに訊ねる。

 ……魔女?


「えっ……!? え、ええと、その……は、はい……」


 カナタは驚いたように目を丸くしたものの、頷いた。


「そして、果実を食べただろう。葡萄によく似た」

「えぇっ!? なんで学園長先生がそれを知っているんですかっ!?」


 それは事実なのだろう。

 カナタはさらに驚きの表情を浮かべていた。


「それが呪いの実だったのだ。そして、それを渡した魔女こそが『暗黒黎明窟』二代目指導者であるグインス・ニーザ。……三年前に亡くなったがね」


 そんなことを知っているということは、リリィの言っていた通り師匠は『暗黒黎明窟』幹部なのだろうか。


「おまえたちふたりを呼んだのはほかでもない。その『暗黒黎明窟』について話すためだ。今から百年ほど前に『暗黒黎明窟』は作られた。創始者は黒魔術研究者であるラグナウエル・トキガワ。組織の表向きの目的は人類の変革と魔導士の地位向上であったが二代目のグインス・ニーザが会長に就任してからは人類を一度滅亡させて魔法使い及び魔導人形だけを地上に残し、改めて世界をやり直すという壮大な計画が打ち立てられた」


 流れるように言葉は紡ぎ出されるが、師匠の表情は物憂げだ。


「グインス・ニーザは類稀なる魔導占星術者でもあった。彼女はその魔導占星術によって依代(よりしろ)となるべき救世の巫女を探し出し触媒の果実を与えた。それがカナタ・ミツミ、君だ」


「ふえぇ!? そ、そんなっ! あのときの果実が……」


「触媒の果実は本人の魔力を著しく抑え込むとともに精霊をいつでも体内に受け入れるようにすることができる。神に近い存在である精霊と救世の巫女を融合させることで神に極めて近い存在を作りだすことがグインス・ニーザの目的だった。……そうだろう、リリィ?」


 師匠がそう呼びかけられた瞬間――カナタの身体がビクンッと勢いよく跳ねた。

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