第17話「また明日」

「……っと、すまない。若人たちのデートの邪魔をしてしまったな。青春はできるうちにしといたほうがいい。人間、いつ死ぬかわからんからな。今を楽しむことは大事だ。それでは、わたしは退散するとしよう」


「師匠、いや、学園長!」


 俺はそのまま背を向けて去ろうとする師匠を呼び止めた。


「なんだ?」

「あの、あとで時間いいですか? 話したいことが」

「こらこら、デートの最中にほかの女と会う約束をする男がいるか」

「い、いやっ、そんなつもりじゃ……!」


 やはり師匠と会話をすると、いつも向こうのペースに持っていかれてしまう。

 慌てる俺を見て、師匠はさらに笑みを深める。


「くくく、本当におまえは可愛いな。わたしがもう十年若かったら、間違いなくおまえにちょっかいを出しているところだ」


 もうちょっかいを出されているというか、からかわれている気がするが……。

 やはり、師匠には魔術も剣術も武術も会話でも勝てない。


「カナタ・ミツミ。こいつは戦いのこと以外知らない男だが、よろしく頼む」

「ふぇ!? えっ……は、はいっ!」


 カナタも俺同様にキョドりながら、返事をしていた。


「ふふ、やはりおまえたちはお似合いだな。なんだか安心したよ。人類の未来は明るい。……と、そうだな。わたしは今日はほかに用事があるからな。話があるなら明日の昼に学園長室へ来るといい。カナタも共に」


「わ、わたしもですか?」

「ああ、そうだ。わたしとヤナギが密室でふたりきりで会うというのも気になるだろう?」

「えっ? い、いえっ! そ、それは、その……」

「わたしとしても君に話すこともあるしな……昼休みに学園長室で待っている」


 そう言うと今度こそ師匠は俺たちに手を振りつつ背中を向けた。

 こちらの返答を聞いていないのだが、相変わらずマイペースな人だ。


「……え、えと……それじゃ、帰ろっか」

「あ、ああ……」


 ほかに行くあてがあるわけでもない。

 それにあまり帰りが遅くなるのもよくないだろう。


「家まで送っていこうか? っても、ミツミ家の場所はわからないが」

「あ、ありがとう。でも、歩いていける距離だから、大丈夫」

「そ、そうか……?」


 でも、リリィの話によるとカナタは暗黒黎明窟にとって超重要人物なわけだ。

 いつまでも安穏と学園生活を送れるとも限らない。


「……いや、やはり送らせてくれ。リリィがちょっと気になることを言っていてな……もしかするとカナタが悪い奴らに狙われる可能性があるかもしれない」

「えぇえっ!?」

「まぁ、大丈夫だとは思うんだが念のため護衛の意味も兼ねてな。こんなこと言われても戸惑うかもしれないが」


 過去に会っていたとはいえ、こうして一緒に行動するのは今日が初めてなのだ。

 しかも、俺は異性でもある。


 もしミツミ家の関係者に目撃されたら、あまり良い印象持たれないだろう。

 だが、念には念を入れておいたほうがいい。


「えと、そ、それじゃ、お願いできるかな? なんだか悪いなって思うけど……」


 こちらの真剣な思いが伝わったのか、カナタは頷いてくれた。


「いや、こちらこそ申し訳なく思う。俺みたいなのと並んで歩いてたら印象悪くなりそうだしな」

「ふぇ? ううん、そんなことぜんぜんないよ! むしろ嬉しいぐらいだもんっ! わたし、いつも登下校ボッチで寂しいぐらいだったし!」


 それなら無問題か。でも、逆にそれは今まで危険すぎたとも思う。

 十三女とはいえミツミ家の娘なのだ。


「今まで危険な目にはあったりしなかったのか?」

「ううん、特にないかな……家も、ここからそんなに遠くないし」

「そうか」

「うん。こっちだよ」


 カナタに案内されて動物病院からさらに都心へと向かう。

 基本的に身分の高い貴族ほど王都に近い場所に邸宅を構えることが多い。

 そういう知識はあるものの、どこに六代貴族が住んでいるかは知らなかった。


「ここを曲がって、ここを真っ直ぐ。そして、突き当りを左っ……」


 比較的大きな通りと小路をいくつも曲がっていって(まるで野良猫の散歩道みたいだ)、急に開けた大通りに出た。


「この大通り沿いのあの屋敷」

「あれか」


 大きな門と塀があり、そこに守衛がふたり立っている。

 中は緑豊かな芝生が続いていて、ここが都心だということを忘れそうな雰囲気だ。


「送ってくれて、ありがとう。……それじゃ、ええと……明日の朝の登校のときも、一緒に行く……のかな?」

「もちろんだ。そうじゃないと護衛の意味もないからな」


 まあ都心に近いだけあって、そんなに治安は悪くなさそうだった。小路を通ることはあるとはいえ、いずれも大通りに繋がっているので安心感がある。


 これなら暗黒黎明窟がよからぬことを考えたとしても、大丈夫かなと言う気はする。


「えと、それじゃ、明日の朝、この小路のところで待ってるねっ。ヤナギくん、今日はありがとう。ばいばいっ」

「おう。また明日」


 俺はカナタに手を振り返すと、大通りを郊外のほうに向けて歩き出す。


 俺のあてがわれた宿舎は、ちょうどこの大通り沿いの交差点を曲がって小路をいくつか曲がっていった軍属の多く住むエリアにある。距離にして、徒歩十五分ほど。


 もし暗黒黎明窟が動くとしても、屋敷内にいるときに荒事はしてこないとは思う。

 ……まぁ、リリィがその気になると、どうしようもない気もするが……。


「それにしても、今日一日いろいろあったな……」


 まさか転校初日がこんなに慌ただしくなるとは思わなかった。


 でも、カナタとこうして再会することができてよかったな……。

 まあ、師匠がすべてお膳立てしたことかもしれないけど……。


 こんな状況で青春を満喫するというわけにはいかなそうだが、これからも学園生活もしっかりと送っていかないとな。


 師匠から与えられた任務は『青春を送ること』なんだから。


 そんなことを考えながら、俺は帰路につくのだった――。

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