第11話「筋肉自慢と三年前の戦い~幽閉されていた少女~」
「ごめん、ごめん! そのクレープ屋っていうのおごるからさ! それで許してくれ!」
この四年間、軍人として戦っていたことで国からそれなりの額の金銭が支給されていた。金を使う機会なんてほとんどなかったので、貯金が増える一方だったのだ。
あと、この学園に通う学費に関しては内々に特待生扱いしているらしく無料らしい。師匠からは「金に困ったらいつでも言え」と言われていたが……。
「いいよ、おごらなくても。わたしも、過剰に反応しちゃったし……。でも、ヤナギくんって不思議な人だよね。すごく強そうなのに偉ぶらないし、都会のこと全然知らないし……突然、ゲオルア学園に転校してくるし……どうやって転校してきたの?」
「あ、ああ……それは……まぁ、うん……秘密というか、なんというか……」
この重要な部分が伏せられているからクラスメイトやシガヤ先生から不審がられてるんだろうけど……。でも、俺が『最前線の羅刹』だということが知られたら、周りは普通に接してくれないだろうし……。
「……ごめん。詳しくは言えないんだ」
俺としては謝るほかない。
「あ、ううん! 謝る必要なんてないよ! わたしこそごめんね! プライベートなこと聞いちゃって!」
「いや、気になるのは当然だよな。……まぁ、学園長の力というかなんというか……あまりツテコネ的なものって、よく思われないだろうけど……」
「学園長って、ソノン先生のことでしょ? あの厳格で不正を絶対に許さない……。その学園長先生が許可したのなら、ただのツテコネじゃないってのわかるよ」
「師匠……いや、学園長ってそんな厳格なのか?」
俺が病院で眠っている間に、なにかしたのだろうか。
就任して一年しか経ってないようだが。
「この一年でソノン先生によって教師が何人も入れ替えられたんだ。授業態度がいい加減だった先生とか学園の備品を納入する業者と癒着してお金をもらってた先生とか……噂でだけど」
「そうだったのか……」
というかシガヤ先生とかめっちゃ授業態度悪そうなんだが……。
俺の考えに気がついたのか、解説してくれる。
「シガヤ先生は大貴族の家柄なの……それと、もともと教頭先生派が学園を牛耳っていて学年主任だったシガヤ先生はその中心メンバー。でも、ソノン先生が学園長になってから派閥のメンバーがどんどん辞めさせられちゃったみたい……」
「……なるほど。詳しいな」
「新聞部が裏で発行してる学園週刊誌の受け売りだけどね」
そんな部活もあるのか……。
ともあれ、シガヤ先生が俺に辛辣な理由がわかった。
当然、俺が学園長である師匠の力で転校してきたことはわかっているだろう。仲間を次々と辞めさせられたシガヤ先生としては、俺の存在は面白くないはずだ。
となると、俺のマイナス点を探して師匠の評判を落とそうとすら考えているかもしれない。俺が成績不振や素行不良で退学にでもなれば転校を許可した師匠にまで責任が及ぶことになる。
「ちょっと初日から波乱を起こしすぎちゃったかもな……」
「あはは、でも、ヤナギくんカッコよかったよ」
「そ、そうか……?」
戦場では格好いいとか悪いとか気にしている暇などなかったから、そういう見られ方をするのは新鮮だ。
こうして話しているうちに青白かったカナタの顔色が、だいぶ元に戻ってきた。
「それじゃ、行こっか」
カナタはベッドから降りた。
「体調は大丈夫か?」
「うん、大丈夫。放課後一緒にクレープ屋さんにいけると思ったら元気出たよ。考えてみれば、こうして友達と放課後にどこかに寄るって初めてだしっ」
「そうだったのか」
「わたし、ボッチだったから」
「ボッチ?」
「うん、ボッチ。ひとりボッチ。家でも二十番目の子どもで無能だったから孤立してたし……学園でも空気のような存在か、いじられる対象でしかなかったし……」
「なかなか貴族の家庭や学園生活っていうのも大変なんだな……」
俺たち軍人は明日をも知れぬ中で生きていたからか人間関係がドロドロすることはなかった。戦場では互いに協力しなければ生存確率が低くなる。好き嫌いなんていう私情に囚われていたら死ぬことになるのだ。
「やっぱり俺とカナタは相棒になるべきだな。このロクでもない学園と言う名の戦場で生き残るために共同戦線を張るべきだ」
「せ、戦場……? きょ、共同戦線? 学園生活って戦争なの?」
俺の言葉に目をぱちくりさせるカナタ。
言葉のインパクトが強すぎて、ついていけていないらしい。
だが、それぐらいの気概と認識で臨むべきだ。
「そうだ。俺たちは敵軍の真っ只中にいると言ってもいい。そんなときは協力するのが当たり前だ。各個撃破されることが最も愚かなことだからな」
防衛戦の時に各個撃破されることと攻撃時に戦力を逐次投入することは愚策のうちでも代表的なものだ。
「ヤナギくん、なんだか軍人さんみたい……」
しまった。
このままでは俺が元軍人、ひいては『最前線の羅刹』であることがバレてしまう。
「いや、俺は戦記小説とか読むの好きだからさ! 俺自身は軍人とかじゃないから」
「そ、そう……? でも、ヤナギくん、剣術もすごく強いし、筋肉もすごいし……」
というか一年間寝たきりだったんだから筋力はかなり落ちてるはずなのだが……。
それとも俺が寝ている間に、筋力が落ちないように師匠がなにか魔法的な処置をしてくれていたのだろうか。
多少の筋力の衰えは感じるものの、半年間寝たきりだったというほどは落ちていない。やはり師匠がなんかしてくれたのだろう。さすが師匠。
「いや、でも、これぐらいの腹筋なんて筋肉のうちに入らないだろ?」
俺は自らの服をたくしあげ、割れた腹筋をカナタに見せる。
「きゃあぁあっ!?」
カナタは両手で顔を隠しながら悲鳴を上げた。
……って、しまった! ついまた学園にそぐわない行動をとってしまった!
前線で暇なときに筋肉自慢をするのは普通のことだったのだ。
特に腹筋の鍛え具合を競うのは戦士の美学だ。
「す、すまん……学園じゃ腹筋を見せあったりしないんだよな、たぶん……」
「……う、うん。そ、そういう文化は、わたしの知る限り、ない、と思う……」
ちなみに保健室は俺たちのほかにいない。
養護教諭は職員室に用事があるとかで、たまたま部屋から出ていたのだ。
「でも、すごい鍛えてるんだね……ヤナギくん」
両手で顔を隠しつつも、ちゃんと俺の腹筋は見ていたようだ。
「いや、俺の周りにもっと鍛えている奴もいたからな……」
よく俺と相棒になることが多かったツヤマはなによりも筋トレが好きな奴だった。
戦場でも暇があると腹筋や腕立てをしだすほどの筋金入りの筋肉野郎だった。
防御力が高いので頼りにしていたのだが、おそらく最後の戦いで死んだのだろう。
惜しい男を亡くした。
「……そうなんだ。ヤナギくんの育った田舎って、本当にすごいんだね……」
「ああ……どいつもこいつも歴戦の戦士だったからな……」
あれだけの戦士たちがいたからこそ数で劣る俺たちでも帝国相手に勝利し続けることができたのだ。その連中がみんな死んじまっただなんて、未だに信じられないが……。
「……歴戦の戦士?」
「えっ、あっ……俺のいた田舎は大型の獣とかいっぱいいたからな! それと戦い続けるってことは、すごいことだったんだよ! そういう意味での歴戦の戦士だ!」
過去を懐かしがるあまり、ついまた身バレに繋がりかねない発言をしてしまった。
「……む~」
さっきの怒っている「む~」とは違う、疑問に思っているかのような唸り声。
そして、こちらに向けられる、なにかを探るかのような瞳。
俺は冷汗をダラダラ流しながら、カナタの次の言葉を待った。
「……わたしね。昔……今から三年前に、辺境にある別荘で……軍人さんに命を助けられたことがあるの」
「……へ?」
カナタの口からは、意外な言葉が紡ぎ出された。
……三年前? 俺が最前線で戦うようになった頃だ。
「……その軍人さん、ヤナギくんと似ている気もするんだよね……年齢も、わたしと変わらない少年兵みたいな感じだったし……」
そう言って、ますますこちらをジッと見つめてくる。
「三年前……?」
三年前は特に毎日が激戦だったので、いちいち細かい作戦については覚えていない。帝国に侵攻された村や町、都市はこれまでに数えきれないくらい救った。
その中に別荘もあったかもしれないが、誰を助けたかまで覚えていない。
それこそ、俺たちの部隊が救った人数は数万規模だろう。
もしかすると十万も超えているかもしれない。
「わたし、三年前は領地の別荘で幽閉されてたの。あまりにも無能だから存在ごと隠されてた。毎日、死ぬことばかり考えてた。そんなときに帝国軍が攻めてきたの」
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