第12話「出会いではなく再会~少年兵と少女~」
そのときのことを思い出しているのかカナタの表情は暗くなっていく。
「一番目立つ別荘は真っ先に標的にされたの。一応警備の人はいたんだけど……みんな殺されちゃって……そして、わたしの部屋まで兵士が来たんだけど……」
「そこで、王国軍が来たのか……?」
「うん、そう……。あとちょっと遅かったら、わたし、殺されてたかも……」
話を聞いているうちに、おぼろげながら過去の記憶がよみがえってきた。
「サミト高地か」
「えっ!?」
三年前に起こった『サミト高地攻防戦』――これは山岳地帯で対峙していた帝国軍の別動隊と王国軍の斥候小隊で起こった戦闘である。
帝国軍の別動隊は密かに山脈を迂回して王国軍陣地の西方に位置するサミト高地を奪取し、そこから王国軍の後背を突く――という狙いだった。
すでに敵の別動隊が山脈越えを企図していることに気づいた斥候小隊――つまり俺たちだったが――頭の固い貴族出身の王国軍司令官は、俺たちの「サミト高地に支隊を急派すべし」という意見を無視した。
司令官は「そんな遠方の高原に敵が来るわけなかろう。ここから30キロルも離れてるのだぞ? 仮にそんなところを奪われたところでなんになる?」と鼻で笑ったものだ。司令官としたら一度構築した陣地を、放棄する面倒は避けたかったのだろう。
だが、あの高地はどう見ても戦略的に重要だった。
そんな場所を抑えられたら挟み撃ちになる危険性すらある。
しかし、当時の俺は軍に配属されて間もなかったし、頼みの師匠は一時的に都へ戻っていた。
それからも偵察を繰り返し、俺たちは間違いなく敵軍がサミト高地を狙っていることを確信した。
だが、一度俺たちの意見を否定したということでメンツがあったのだろう。
司令官は「そんな高地は放置しろ」と吐き捨てるように言った。
せめて住民を避難させるべきだと抗弁したが、それすら却下した。
憤った俺たち斥候小隊は命令を無視して救援に向かったのだった。
なぜなら、俺たち小隊のメンバーはみんな戦災にあった経験のある山村育ちだったのだ。国民を見捨てて、なにが王国だという気持ちがあった。
たまたま都から戻ってくる途中の師匠と合流できたという幸運もあって、俺たちは敵の先遣隊を逆に壊滅させることができ、敵の本軍を引き返させることに成功したのだ。その後、軍令違反を問われた俺たちだったが、師匠の力でなんとかなった。
「ヤナギくん、あの戦いのこと知ってるの?」
「あっ」
……しまった。つい反応してしまった。あのあとも軍令違反を何度もしていたので忘れかけていたのだが、カナタの口から出た地名につい反応してしまったのだ。
「ヤナギくん、やっぱり、あのときの――」
俺たち斥候小隊は敵よりほんの少し遅れてサミト高地は辿りついた。
そのときには村人の半数近くが殺されていたが、師匠に鍛えられて実質最強の小隊であった俺たちは、機動力重視で軽装だった敵の先遣隊を蹴散らすことができた。
そもそも師匠まで一緒にいたので、敵にとっては最悪の部隊に遭遇してしまったと言えるだろう。
俺は師匠とともに一際目立つ別荘らしき建物へ向かい、そこでひとりの少女を救った。その顔は――確かにカナタと似ていた。
だが、ここで俺の正体がバレてしまうのはマズい。
「あ、いや、俺は、その……」
「誤魔化さないで、ちゃんと教えて」
カナタの声は小さいが、その言葉には力があった。
これでは言い逃れることは不誠実だと思える。
……こうなったら、英雄「最前線の羅刹」と同一人物だと思われなければオッケーだろうか?
「あ、ああ……俺は、その、実は……王国軍の兵士として……少年兵として、斥候の任務についていたんだ。田舎育ちだから足腰も強いし、猟師みたいなこともしていたから山についての知識もあったし……」
「……そうだったんだ……。じゃ、あのときわたしを助けてくれたのは、ヤナギくんなんだよね?」
「……ああ。そうだな。俺は確かに別荘に行って、ひとりの少女を助けた。三年前だから記憶がおぼろげだが、カナタだったと思う」
まさか、あのときに助けた子が目の前のカナタだとは――。
運命っていうのは、あるのかもしれないな。
「……帝国軍が侵攻してこなかったら、わたし、ずっと幽閉されたままだったと思う……そして、ヤナギくんに助けてもらわなかったら、きっと、命がなかった……」
みるみるうちにカナタは瞳に涙を滲ませ、溢れさせていく。
「……ありがとう。ヤナギくん、わたしを救ってくれて……」
「あ、ああ……あれは成り行きというか、なんというか……まぁ、よかった……」
当時の俺は村人が大多数殺傷されてしまったことのショックが大きくて、あまりカナタのことにまで気が回らなかった。
確か、あのあと師匠が戦後処理をしたはずだ。
それで俺が助けたのが貴族の令嬢だという話はあとから聞いた。
そのあとも戦いの連続で、そのことはすぐに忘れてしまっていたのだが。
「あれから三年経って、学園で再会できるなんて夢みたい……」
「ほんと、すごい偶然だな……」
もし俺があのタイミングで斥候小隊に配属されてなかったら、あるいは司令官の命令に従って自重してたらサミト高地は敵の手中に落ちていた。
カナタも酷い目に遭うか殺されていた可能性が高い。
「あのあとソノン学園長先生、あのときはソノン少将かな……が、護衛の人をつけてわたしを王都に送り届けてくれたの。それで、一応、家に帰ることができたんだけど……」
幽閉されていた身で急に戻ったところで、歓迎されないのは目に見えるようだ。
「でも、ソノン先生が手紙を持たせてくれたの。『この子はきっと王国の役に立つ。戦乱が終わったら、ぜひ、ゲオルア学園に通わせてほしい。面倒はわたしが見る』って」
師匠とカナタの間に、そんなことが……。
「それで、わたし、この学園に通えるようになったんだよね。でも、去年から……ちょうど戦争が終結する一週間前から、毎晩、女の子と暮らす夢を見るようになって……」
戦争が終結する一週間前って……確か、俺がジェノサイド・ドール・零式を倒した日だよな……。偶然だろうか。でも、そんなことが一致するのか?
「……ヤナギくんは、あのあとも戦ってたの……?」
「えっ、あ、あぁ……まぁ……一応……」
「……もしかして、ヤナギくんが『最前線の羅刹?』
「い、いやっ、違う違うっ!」
必死に否定してしまったが、これじゃかえって怪しいか!
「……そ、そうだよね……。『最前線の羅刹』の人って、すごい凶暴で凶悪で恐ろしい男の人だって噂だし……。ヤナギくん、優しいし……」
王都にどんな噂が流れていたのかわからないが実像以上に俺のイメージはヤバい奴扱いなようだ。
おかげで、俺が『最前線の羅刹』だと気がつかれなくてよかったが……。
「お、俺、『最前線の羅刹』見たことあるけど本当に頭のネジがぶっとんだ戦闘狂だったぜ? 血も涙もない殺戮マシーンだったな! マジであいつはヤバかった!」
カナタを騙すようで申し訳ないが師匠からは「学園の連中には、おまえが『最前線の羅刹』だとバレないようにな」と指示を出されていた。
俺にとって師匠の言葉は絶対だ。
「そ、そうだったんだ……」
俺の言葉を疑うことなくカタナは信じこんでいる。
ちょっと罪悪感が芽生えるが、許してくれ……。
「と、ともかく今はちゃんと休んだほうがいいんじゃないか? 放課後にクレープ屋に行けなくなっちゃうからな」
「うん。でも、もう大丈夫っぽいから……わたしも教室に戻るよ」
こうして波乱の体育の授業に続いて、ひょんなことから俺たちの過去の接点がわかったのだった。
本当に人生って、わからないものだ。
まさか新たな出会いではなく再会だったなんて――。
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