答え合わせ

〈七〉

 美帆と付き合うようになって、その制服姿を見ることはなくなった。そのことについて何か感想を持つ権利は俺にはない。だから務めて考えないようにした。

 いずれ過去に、思い出に。時の流れがそうしてくれると信じた。俺の気持ちがどうしようもなく美帆に移ったように。

「先輩、レアドロップしたよ」

「まだ一個目だろ。あと四つ集めなきゃ」

「まあそうなんだけどさ。とりあえず休憩する」

 年も明け、テスト期間も無事に乗り越え、美帆が実家に帰るまでの一週間を楽しんでいた。ベッドの上でゴロゴロしながらスマホを弄る美帆、脚をぷらぷらさせているその姿は漫画から出てきたのかと言いたくなるほど可愛い。

「あそうだ。この前言った映画見ようよ」

 ちなみにこんな風にくだけた雰囲気で話してくれるのはまだここでだけなので、なんとも優越感に浸れる一時である。

 例の小説の映画だった。大筋としては大学生の主人公が翳のある高校生の少女と出会い、彼女と過ごしながら段々と少女の過去を知りそれを受け止めるという流れである。

「ここ、映画だと表情がわかりやすくなっててすごくいいの」

「でもさっきのとこちょっと省かれてないか」

「気付いたんだ」

「そりゃな。ちゃんと読んできたし」

「嬉しい」

 ぽてっと頭を肩にくっつけてくる。好きな人と触れている部分というのはそれだけで融けてしまいそうなほどに気持ちが良い。美帆の重さと体温が伝わってくるのはそれだけで幸せと言えた。

 その時、床に置いていたスマホの画面にラインのメッセージが届いた表示が出た。確認してみて少しどう反応したものかと迷ってしまった。

 優佳子のお母さんからだった。

『お久しぶりです。あの子のものを見ていたら少し聞きたいことが出てきて、今いいかな?』

「ごめん、ちょっと止めて」

「ん」

 映画の再生を止めてもらい、とりあえず返事をすることにした。

『はい、なんでしょう』

『早い(笑)』

『これ知っているかしら』

 送られてきたのは手のひらサイズの猫の形をした置物だった。記憶が正しければ優佳子はこれをどこに行くにも持っていた。

『確かずっと机の上にありましたよね』

『そうなのよ』

『この前部屋を掃除していたら落としちゃって』

『そしたら中に紙が入っていたの』

 あまり聞くべきことではなかったかもしれない、とここまでやり取りして思った。今また彼女を思い出すというのはあまりにも中途半端だったからだ。

『入れ物だったんですね』

『知りませんでした』

『私もなの』

『それで、中身が蓮君のことらしいんだけれど』

『あまり見ないようにしているから確認して欲しくて』

 断れるものならそうしたかった。しかしここまで来て嫌とも言えない。

『わかりました』

『夕方にそっち行きますね』

『ありがとう』

『急にごめんね』

『いえいえ』

『連絡してくれてありがとうございます』

 スマホの画面を落とす。黒い画面に映った自分の顔は何とも形容しがたい表情をしていた。

「どうかしたの、先輩」

 心配そうに美帆が聞いてくる。あまり聞かせるようなことでもないだろうと思い、ややオブラートに包んで説明する。

「なんか昔の知り合いが俺のもの持っているらしくて、返したいんだってさ」

「ふーん」

 そこで一旦間を置いた美帆はびっくりするようなことを言った。

「それって女の人?」

 思わず思ったことをそのまま言ってしまう。

「なんでわかるんだ」

「なんでって言われたら困るけど」

 少し考えている様子で美帆は言う。

「何となく、そんな感じがした」

「……女のカンってやつか」

「そんなとこ」

 ばれてしまっては仕方がないのできちんと話すことにした。優佳子という幼馴染がいて、高校の頃に亡くなったこと、彼女の遺品の中に俺宛と思しき手紙があったからそれを貰いに行くことにしたこと、全部。

「なんか、こういう言い方良くないと思うんだけど」

 全部聞いた美帆は言う。

「ドラマっぽいっていうか、ちょっとロマンチック」

 俺は笑って彼女の頭を撫でた。

「まあ、そうかもな」

 そういう風に思うためにはもう少し時間が欲しい所だった。とりあえずその手紙というものを見に行こう。

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