心変わり

〈五〉

 美帆さんと親しくなったもう一つの理由としては、彼女の下宿しているアパートが俺の定期券内だったことがある。毎日のように一緒に帰っていれば自然と仲良くもなる。

『先輩、授業終わりましたか』

 教室から出てスマホを見るとそうラインが来ていたので、ついついっと操作して返信する。

『今終わったところ。どこにいる?』

『通りのカフェに居ます。窓際のとこです』

『了解。行くわ』

 大抵はそこのカフェで待ち合わせをしているのでいちいち確認をする必要もないのだが、こうしてきちんとラインを送ってくるマメなところも好感度が高い。

「ねえ」

「なんだよ」

「来週どうしようとか、考えてるの」

「来週?」

 エレベーターを待つのも面倒なのでエスカレーターを歩いて降りていると、優佳子がそう話しかけてきた。

「来週って、もう来週から大学休みだし」

「それはそうだけど、そういうことではなくて……あれ、それも関係あるのかな」

 いまいち要領を得ない曖昧な問いかけである。俺はスマホを見てみて日にちを確認し、優佳子の言わんとしていることに思い当たった。

「もうそんな日か」

 クリスマスというやつだ。街に浮かれた人々がうろつく日である。

「ほら、蓮ってあの子のこと気に入っているみたいだし、デートとか行くのかなぁと思って」

「……付き合ってるとかでもないのに、そういうことにはならんだろ」

「ならかこつけて告白するとかでもいいじゃん。あの子なら、断ったりしないと思うケド」

転びもぶつかりもしないのをいいことに、バックでエスカレータを降りるなんて真似をしながら優佳子は言う。

「冬休みは実家に帰るって言っていたし、その準備とかで忙しいだろう」

「そんなの、何とでもなるじゃん。それの手伝いをするとかでもいいし」

 やたらとしつこい。俺は胡乱な視線を向けた。

「何なん、行って欲しいの」

 すると今度は明後日の方向を向いて「ははっ」なんて変な笑いをする優佳子。

「そういうんじゃないけどさ。ほら、せっかく二十歳にもなるんだし、彼女の一人でもいればおばさんも喜ぶかなって」

 これら全てが俺の妄想の産物なので、つまり俺の揺れ動く心を示していると、そういうことである。優佳子に好きにすればいいなどと代弁させることで、自分の気持ちを正当化させようだなんて、とんだクソヤロウのすることである。

「余計なお世話だ」

 吐き捨てるように言い捨てて、俺は速足でカフェに向かう。それ以上何も言ってこなかった。言った通り窓際に座っていた美帆さんに外から手を振ってみると、すぐに気づいたようで荷物を纏めてちょこまかと走って出てきた。

「ちょうどいい所でしたね先輩」

 二人だけになると少し美帆さんの言葉が柔らかくなるのは気のせいではないと、思う。

「なにが」

「丁度ゲームのイベントに区切りがついたところだったんですよ」

「へえ。どんくらいやったの」

「ボスを五十ぐらいやっつけました。目標が百なので来週もちまちまやってれば達成できるかと」

「やるじゃん。俺まだ全然やってないんだよな」

「急がないと終わっちゃいますよ」

「ちゃんとやるって」

 話題のゲームは美帆さんに教えてもらったので俺もやっている。正確に言えば、彼女が一人でちまちまやっていたのを俺から教えてもらって始めたという所なのだが。

 俺は大学からスマホにしたのであまり進んでいないが、彼女は高校生の頃からやっていたのでだいぶ先に行っている。話に追いつくためにはもう少し頑張らないといけないかもしれない。

「ああそうだ。私買いたいものあるんで寄って行ってもいいですか」

「ええよ」

 最寄り駅をスルーし、坂道を下っていく。どうやら隣の駅の店に行くようだ。何度か一緒に行ったのですぐにわかる。

「ほら。今回のイベントのコスのグッズ出てるんですよ。これ滅茶苦茶可愛くて」

「わかるわ。後この限定台詞すごい好き」

「それなんですよ、やっぱ分かってますね先輩」

「それほどでもある」

「あるんですか」

 しょうもない俺の言葉にもコロコロと笑ってくれるのはやっぱり嬉しい。もしこれでもっと仲良くなれたら、そう思ってしまうくらい。

 高架線の下を通る。今言えなければずっと言えない。強烈にそんな考えに囚われた俺の口をついて、音葉が出る。

「あのさ、美帆さん」

 立ち止まってその背中に言ってみる。ダメで元々、断られたらバイトでも入れてしまえばいいのだ。

「もしアレだったらいいんだけど」

 と、その時。電車が爆音をまき散らしながら通り過ぎていき、俺の言葉をかき消してしまった。なんて間の悪いやつだ。

「なんです?」

 やっぱり聞こえてなかった様子で、小さいリュックにつけたキーホルダーを揺らして美帆さんが首を傾げる。そんな何気ない仕草に、ああやっぱり好きだなあなんて馬鹿みたいな感想を持って。

「来週開いてたりするかなっておもって」

「来週ですか」

 手帳を取り出して確認していた彼女はやがて小さく頷いた。

「再来週には実家に帰りますけど。来週は空いてます」

 少し間をおいた美帆さんは、直ぐにはにかんだように笑った。

「ごめんなさい、ホントはさっき聞こえてました。クリスマスですよね」

「……そう、クリスマス」

 日和って「来週」などと言葉を濁したことを猛烈に後悔する。格好悪すぎるだろう俺。少し頬を染めた美帆さんが手帳にちょちょっと書き込んで見せてくる。

「じゃあ遊びに行きましょうか、先輩」

 しかし彼女もまた同じなのである。遊びに行く、なんて言いながらその日の欄に美帆さんが書いていたのは、『先輩とデート』だったから。

「そ、それはそれとして。早く行きましょう。推しが待ってるんですから」

 慌ただしく手帳をしまって先を行く美帆さんを追いかける。なんともドラマや漫画のような恥ずかしい青春劇を繰り広げていて、こんなに幸せな気持ちになっていいものなのだろうかと思ってしまう。

「オメデト」

 幸せになってもいいものなのだろうか。

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