それでも好き
〈四〉
美帆さんは都内の大学に通うために一人暮らしをしている。地元は岐阜県だそうだ。
「東京とか年に一回行くか行かないかだったので、こうやって毎日歩いていると考えると今でもわくわくします」
そう話す彼女は、関東から一歩も出ずに育ってきた俺よりよっぽど垢抜けて見える。そんな彼女に惹かれるのにそこまで時間はかからなかった。
そして、そのことについて強烈な自己嫌悪を覚えるまでもあっという間だった。
「そりゃ生きてる女の子の方が可愛いでしょうよ」
「そこか?」
「いや、わかんないけどさ」
問題はもちろん優佳子に、もとい彼女の姿を求め続けている自分にある。生涯こんな幻を見るくらいならば他の女の子のことは好きになるべきではないし、逆にどうしても美帆さんが好きだというのならば、さっさとこの過去から離れるべきなのである。
そういう優柔不断なところが本当に我ながら鬱陶しい。
「あ、そうそう。これ渡してなかったからあげるよ」
今月の「現代文化研究会」の遊びの対象である大富豪に一区切りつき、大貧民と貧民に罰ゲームでジュースを買いに行かせている間にさっき買ったチョコレートを渡した。
「え、いいんですか」
びっくりした顔で受け取り、小さな声で「ありがとうございます」という彼女は非常に可愛らしいと思う。
「また美帆ちゃんのポイント稼ぎしてんな蓮」
などと和季が茶々を入れてこなければなおよかったのだけれど。
「お前は親切心とかそういう言葉を学んだ方が良いと思うぞ」
「そういうお前は下心という言葉を辞書で引くといいぞ」
不毛なやり取りをする男二人の話は全く聞いていない様子の美帆さんはただ美味しそうにチョコレートを頬張っている。
まあ実際下心がないのかと言えば嘘になる。少しでも彼女から頼られれば内心舞い上がるし、彼女が喜んでいるところを見ると自分も嬉しい気持ちになる。こんな単純な人間だったのだろうか俺は。
「デレデレしちゃって」
「別にデレデレはしていない」
「嘘つき」
「嘘じゃない」
優佳子が背中をゲシゲシと蹴りつけてくるが感触はないので問題ない。
「せっかくですし、先輩もおひとついかがですか」
「え、ああ、うん」
美帆さんに楊枝にチョコを刺した状態で差し出され、変に断るのも格好悪いのでそのまま受け取った。確かに美味しいのだが、そもそも味わうことが難しい。
早々に飲み込んで楊枝を返すと、何を気にする風でもなくまた食べ始める。
「どうでしたか」
「まあ、コンビニのものにしては良いんじゃないか」
「ですよね。値段しただけあります」
「いいなあ、私も食べたい」
「無茶を言うな」
「いいじゃん言うだけなんだし」
にこにこ微笑む美帆さんと移動してきてチョコレートの匂いを嗅ごうとしたりする優佳子の姿を見比べて俺はため息をついた。
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