既にここになく

〈二〉

「おざーっす」

「おっはよー」

「おはようございます」

 俺が教室に入ると、すでに二人の先客がいた。一人は同学年の松葉和季まつばかずき。もう一人は一つ下の一年生、西原美帆にしはらみほさん。特定の部室のない「現代文化研究会」の本日の活動場所は2309教室である。

「まだ二人だけか。先輩たちは?」

「わかんない。まあそのうち来るでしょ」

 和季がコンビニのおにぎりにかぶりついているのを見て急速にお腹が空いてきた。カバンを置いて、中から財布だけ取りだす。

「ちょっと昼飯買ってくるわ」

「まだ買ってなかったのかよ」

「タイミング逃した」

「あ、ちょっと待ってください」

 美帆さんが小さいお弁当箱を畳み、ポーチを手に立ち上がった。

「私も行きます」

「なに、足りなかったの」

 ちょっとからかい気味にそう聞くと、むっと頬を膨らませる彼女はやっぱり可愛い。

「違います。飲み物だけ忘れちゃったんで買いに行きたいだけです」

「オケオケ。じゃあ行こうぜ」

 同好会に入ってきて最初の飲み会の時にやたらフライドポテトを食べていたのが印象的で俺の中で「よく食べる子」みたいなイメージがついてしまい、以来ちょいちょい弄ってしまう。彼女の名誉のために言っておくと、ただポテトが好物というだけだそうだ。

 学校内のコンビニに行き、何を食べようかと弁当コーナーをうろうろとしていると、ちょいちょいと肘をつつかれた。

「先輩先輩。これすごい美味しそうじゃないですか」

 美帆さんの手の中には少し小さなカップがあって、ブロック状のチョコレートがころころと入っていた。

「可愛いし」

「せやな」

 よく女子が特にデザートに対して「可愛い」などと形容しているのを聞くけれど、食べ物に可愛いもくそもないだろうと正直思っている。適当に頷くことにしているが。

 まあそれはそれとしてこのチョコは実際美味しそうだ。

「あ、でもちょっと高いな。どうしよう」

 ぶつぶつ言いながら美帆さんはそれを棚に戻した。値札を見ると五百円近く、確かにこの大きさのおやつにしては高い。

「私飲み物買ってるんで、適当にその辺で待ってますね」

 そのまま美帆さんはレジに向かって行った。俺は弁当コーナーに視線を戻す。最近のコンビニ弁当はあの手この手で容量を減らしてくるので見た目の量では油断がならない。とりあえずから揚げの数だけは確かなのでから揚げ弁当にすることにし、待っている学生の列に混ざる。

 少しずつ進んでいく間にデザートの棚の横になった。構造として、待っている間に目に入るようになっているのだ。追加でもう一つ買わせようとする戦略である。

「買ってあげるの?」

 優佳子に聞かれた。どうやらさっきのやり取りまでしっかり見られていたようだ。

「まあ、今月余裕あるし」

 チョコのカップを手に取る。なるほど、付属のプラスチックの楊枝にハートの飾りがついているのは可愛いかもしれない。

「ふーん」

「……なんか言いたそうだな」

「別に。好きなら良いんじゃないの」

 ふらっと離れていく優佳子を見ていると、ドリップマシーンで飲み物を淹れている美帆さんの後ろでに立って作業をまじまじと覗き込みはじめた。

 何やってんだと思っているうちに俺の番が来たのでさっさと会計を済ませて美帆さんの方に戻った。

「途中から人いっぱい来て結構並んだよ」

「ですね。早く戻りましょう」

「いつ渡すの」

「教室着いたらでいいだろ」

「やっぱ寒いですよね今日、ホットにして正解でした」

「教室とかだと暖房かかってて暑かったりするからむずいよな」

「わかります」

「そっか。もう冬なのか」

「……景色とかで分かんだろ」

「ん。まあそうなんだけど、さ」

「あっ忘れてました。先週のプリントまだ渡してなかったですよね、後で渡しますね」

「サンキュー。助かる」

「後輩に何させてんのよ」

「急でバイトになっちゃったんだから仕方ないだろ」

 教室に戻ってくると三年や四年の先輩もいて来月何をするかについて話しながらご飯を食べていた。「現代文化研究会」は何か決まった活動をするわけではなく、月ごとに何か一つのことで遊ぶという自由過ぎる同好会である。ちなみに先月はタピオカ屋巡りで、先々月はボーリング、三カ月前はカードゲームをしていた。

「おかえり」

 俺と美帆さんに気づいた和季が手を振ってくる。

「おう。ちょっと通らせてな」

「美帆ちゃーん。久しぶりー」

「凛ちゃんセンパイじゃないですか。先週なにしてたんですか」

「そうそれっ、聞いて聞いて」

 俺たちも輪に加わってべちゃくちゃと話し出す。コンビニ行ったぶん昼休みの時間が少し減ってしまったので若干急ぎ気味に俺は箸を運びながら話を聞く。

「というわけで、このゲームやりたいんですよ」

「聞いてたけどルールむずくね。ぶっちゃけよくわかんなかったんだけど」

「いや、やれば意外とできますって」

「それでね、その人がちょー人の話聞いてないの。それでミスしたって言われても、私悪くなくない?」

「頑張りましたね、凛ちゃんセンパイ」

「でしょ。もっと褒めて」

 話をしながらさっきのチョコをいつ渡そうかとタイミングを見計らっていると、後ろの机に座った優佳子が組んだ足をぶらぶらさせて背中を軽く蹴るようにしてくる。

「なんだよ」

「早く渡しなよって思って。時間あんまないよ」

「タイミングとかあるやん」

「何照れてんの、ウケる」

「そういうんじゃねえよ」

「じゃあどういうのなのかなぁ蓮くぅん」

「うっざ」

「聞いてるか蓮」

「あ、ごめん。ぼうっとしてた」

「せっかく説明してたのに……」

「ごめんて凛ちゃんセンパイ」

「ちゃんと聞いててよ。でね、むしろ冬の方が幽霊とかって出やすいらしいの。夏のイメージはあくまでも怪談で、実際の目撃例は冬が主流なんだっって」

「……へえ」

 何を話しているのかと思えば、幽霊ね。

「だから、今度の休みにみんなで心霊スポットとか行かないって話」

「面白そうやん」

「一回行ってみたくはありますよね、そういう所」

「であれでしょ、帰りには一人減ってるやーつ」

「映画かよ、草」

 幽霊とか、その類のものを基本的に俺は信じていない。人は死んだらそれでおしまいなのだから。

 だけど。

「私みたいな人いるかな」

「知るか」

 後ろで何でもない風にヘラっと笑って見せる優佳子は、まさしく幽霊と呼ぶにふさわしい存在だとは思う。

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