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 気づけば僕は、例の銀髪の女とリビングで向かい合って座っている。

 僕の目の前には烏龍茶が、女の前にはミルクが置かれており、もう腰を据えて話し合うしかない状況だ。


「……なんで、こんなことに」


 僕は最後まで、雇わない帰れと連呼し続けた。

 そして今現在も、彼女を雇うつもりは微塵もない。


 しかしSiryが、『懇願。雇うべきですマスター。私の負担が減ります。試験だけでも行いましょう』と必死に頼むのだ。

 他ならぬSiryにそこまで言われたら、僕としても強くは出れない。


 こんな怪しい人は絶対に雇いたくないが、しかしSiryに免じて試験だけは行ってやることにした。


「初めまして創知様。私はイリスと申します。このような場をご用意頂けて、感謝の至りにございます」


「……お礼ならSiry――うちのAIに言ってください。僕は嫌だと言ったんだ」


 僕は早く帰ってくれ、という感情を微塵も隠さずにイリスさんにそう告げる。

 しかしイリスさんは僕のそんな態度を意に介さずに、Siryに目を向けて感謝を口にした。

 

「そうだったのですか。ありがとうございます、Siry様」


『お気になさらず、イリス様』


 彼女らが会話をするのを傍目に、僕はイリスの姿をジロジロ見る。

 それこそ気味悪がって帰ってくれればいいなと思いながら、容赦なく視線で舐めまわしてやった。


 長い銀髪に、蒼色の落ち着いた瞳。表情の起伏が少ない、まるで機械みたいな女性である。

 睫毛まつげは長く、人形のような可憐さを持ち合わせているが、しかし意思は強そうな気がした。


 正直に言って、何を考えているのか分かりにくい。

 僕のギャルゲー知識に則って分類するなら、クーデレに属するだろうか。

 リアルのこの女がデレるのかどうかは知らないし、まして興味も無いが、ともかく美人であることは否定できなかった。


 見た目が僕の好みか否かで言うのなら、正真正銘ドストライク。それこそ僕の好きなゲームキャラが、本物として現れたかのような容姿である。


 むしろあまりにも完璧すぎて気味が悪い。

 絶対に何処かの企業からの使者だろ、と僕は推測した。


 よって不採用。


「早速だけどイリスさんの容姿が少しアレなので、今回の件は無かったことにしたいと思います」


「え?この見た目はマス……失礼。世間一般には、それなりに評価されるものと自負しています。それに、容姿を理由にというのは少し傷つきます」


『唖然。マスターは女性相手にとんでもないことを言いますね』


「うっさい。どうせ不採用にするから、イリスさんも早いとこ帰った方が良いですよ」


『驚愕。想定以上のコミュニケーション能力の不足。相手の気持ちを考えない。それは友達出来ません』


 何を今さら、と僕はSiryを笑う。

 そんなの今に始まったことでもない。


「そもそもイリスさんは、どうして僕の家を選んだんですか。こんな広い住宅街で、わざわざ僕のとこ来た理由は何です?」


 僕は「さっさと尻尾出せや」くらいの勢いでイリスさんに飛びかかる。何から何まで怪しさ満点の彼女に、この僕が心を許すはずもなかった。


「大した理由なんてありませんよ。ただこの付近で、私を雇えるほど裕福な方が創知様だけだった、という話です」


「……へー」


 彼女の言ってることに間違いはなく、確かに僕の住む地域は、富裕層が住むような場所ではない。

 僕がこの家で暮らしている理由も、ただ「学校が近いから」である。


 どうやら問答は無駄らしい。早いとこ形だけの試験を終わらせて、帰ってもらうが吉だと考えた。


「それでSiry、試験って何やるの?さっさと終わらせたいんだけど」


「提……、っ」


「?」


 ふとイリスさんが一瞬だけ口を開く、が慌てたように手で抑える。

 何事かと思い目を合わせたが、しかしすぐにSiryが話し出したので、どうでもいいかと見なかったことにした。


『提案。料理などは如何でしょうか。使用人として必須のスキルです』


「料理?そんなのSiryだけで十分な気もするけど」


『告白。実はアームでの器用な動作は難しく、私にとっては時間消費の激しい業務の一つとなっています』


「……そうなんだ。なら分かった、それで行こう。丁度お昼だしね。イリスさんもそれで平気ですか?」


「はい、勿論です。料理には自信がありますよ」


「まぁSiryよりも美味しい料理が作れるように頑張ってください」


 そうして僕はSiryに、「イリスさんに材料の場所とか必要なことは教えてあげて」と指示を出した。


「……」

 

 本音を言えば、今来たばかりの人間が、Siryよりも美味しい料理を作れるはずが無いと思っている。

 Siryは五年以上僕の好みを聞き続け、僕の味覚に合う料理へと改善を繰り返しているのだ。


 単純な料理技術だけで言えば、イリスさんの方が上かも知れないが、しかし僕の好みを知るという点で、Siryは果てしないアドバンテージを持っていた。

 たかだか料理が得意だというだけでSiryに勝とうなどとは、あまりにも考えが甘すぎる。


 僕は彼女の料理に対して、美味しいなど言うつもりは絶対にない。むしろ一口食べた時点で、不味いと突っぱねてやるつもりだ。


 例え高級レストランで並ぶような料理が現れたとしても、「僕の好みじゃない」と言えばそれで終わり。

 料理がお題となったことで、既にイリスさんが合格を得る可能性はゼロになっていたのだ。


「フッ……」


 勝利を確信した僕は、小さく笑みを浮かべる。

 Siryには申し訳ないが、こんなのはただの出来レース。


 出てきた料理に対して僕が不味いと答え、そしてイリスさんを追い出すだけなのだから。

 さぁ精々足掻きたまえと、僕は魔王の如く彼女の料理姿を眺めていた。




☆彡 ☆彡 ☆彡




「――え何これうっま。……あ、ちょっと待って今の無し」


 反射的に出た言葉を、僕は慌てて誤魔化した。いや全く誤魔化せてないけれど。

 一口食べた瞬間、それを飲み込むよりも先に、二口目を求めてスプーンが動きそうになってしまった。


 イリスさんが僕の机の前に置いたのは、代わり映えのない普通のカレーだった。見た目に変わった点は無く、工夫が凝らされた様子も全くない。


 なのに、尋常になく僕の味覚と合致していた。

 

 程よい辛さに、やや小さめに切られた具のサイズ。隠し味に何を使ったのか分からないが、仄かに感じる僅かな甘みもある。

 まるであらゆる僕の好みを知っているSiryが、料理人の技術を手にいれたかのような、そんな次元の料理だった。


 信じられない。


「……。Siry、イリスさんに変なアドバイスしてないよね?」


『解。私は料理に対して、一切の発言を行っておりません』


「……そう」


 Siryがそう言うなら、それは本当なのだろう。

 彼女は滅多なことがない限り、嘘などつかない。

 であれば、これは本当にイリスさんが一人で作ったものだと判断すべきだ。


 もう一口、食べてみる。

 つい頬が緩みそうになる程に、美味かった。


「如何でしょうか、創知様」


「うぐ……」


 机を挟んだ僕の目の前で、イリスさんが静かに佇んでいる。

 彼女は軽く首を傾げるのみで、緊張している訳ではなさそうだ。余程自信があるのか、或いは僕のポーカーフェイスを見破られたのか。


『分析。美味しいって顔してますよマスター』


「ちょっとSiryは黙っててな?」


 悔しいが、これを不味いとは言えない。

 少しでも僕の好みから外れれば、それを理由にバツを叩きつけてやるつもりだった。


 でも文句をつける隙がどこにも無いのだ。

 男、道衣創知。嘘はつけない。


「……確かにこのカレーは美味しい、けど。なんで僕の好みを知ってるんですか、イリスさん」


 問題なのは、そこだ。

 どうして僕の好きな味をドンピシャで当てられたのか、ってところ。さてはストーカーか貴様。


 イリスさんは無表情のまま、何度か瞬きを繰り返す。


「……。あー。えー……置かれている材料などから、その。普段の料理の傾向を読み取りまして」


「ほう」


「あとは、はい。電子機器の劣化具合から、利用頻度の高い調理方法を推測したり?」


「ほう!」


「その他、Siryさんの案内が特に詳しかった器具を、優先して使ってみたりと。彼女が詳しいということは、彼女が普段からよく使うかもしれないと思ったので」


「ほう!!」


 つまりイリスさんは、状況推理だけでここまでのカレーを作り上げたということか。

 どうやら彼女の有能さを疑う余地はなさそうだ。


「……むむ」


 もしこんな訳の分からない出会いであければ、僕は彼女を採用していただろう。彼女の料理にはそれだけの魅力があり、そして洞察力も人並外れたものだと理解した。


 しかし突然に押しかけて「雇え」だなんて、非現実的にも程がある。


『懇願。雇いましょうマスター』


「えぇ……でも……」


 しかもイリスさんは、巨大なトランクケースを持ち込んでいる。つまり彼女は、住み込みでの雇用を考えているのだろう。


 こんな人物に、そこまでの隙を見せていいのか。


「うぐぅ……。イリスさんのこと、Siryに調べさせても平気ですか?」


「ええ。やましいことは何もありませんので」


「ありがとうございます。Siry、イリスさんの雇用履歴と血縁に連なる情報を調べて。その付近に僕に突っかかってくる企業の名前があったら、その時点でアウトだからね」


『畏まりました』


 Siryに調べさせたそれは最低条件。

 了承を出したつもりはまだ無いが、そもそも悩むに値しない人物である可能性もある。僕の研究データを狙う為に現れた、なんてことも考えられた。


 僕の資産は現段階で十億を超えているし、未発表の研究データの価値全てを合わせれば数千億は下らない。

 警戒しない訳にはいかないだろう。


 僕はSiryにイリスさんを調べさせる横で、イリスさんに質問を投げ掛ける。


「まだ聞いてませんでしたけど、イリスさんって何歳ですか?」


「19歳です」


「大学は?」


「通っていません。高校も出ていません」


「へぇ。ずっと使用人として働いてたってことですか?」


「はい」


「特技は?」


「家事全般は可能です。一通りの武術のデー……、経験もあるので、護衛もこなせます」


「……凄いですね」


 とりあえず、色々と聞いてみた。

 なんとなく人となりが見れるかもな、程度の理由での会話。しかし聞けば聞くほど、彼女の有能さが浮き彫りになる。


『報告。イリス様に問題のある経歴はありませんでした』


「了解。ありがとSiry」


 ふと天井から聞こえたSiryの声に、僕はお礼を告げた。


 Siryが調べられるのは表層のネット情報だけなので、もしイリスさんが僕を襲うためだけに数年単位で細工をしてきた、とかだとすれば暴きようがない。

 とはいえそんなことを言い出すとキリがないので、この合否の決定においては、経歴に問題は無いと仮定して進める。


 すると後は僕の問題だ。

 Siryの望みの為に、自分の生活空間にイリスさんが入り込むことを許すか否か。


 僕は姿勢を整えて、イリスさんと目を合わす。


「一つ、大事な質問をします」


「はい」


「イリスさんはAIについて、どう思いますか?」


「……AIですか?」


 人によっては馬鹿にするかもしれないが、これは僕にとっては大事な質問である。

 いやむしろ、イリスさんが馬鹿にする側の人間であれば、僕は絶対に彼女を雇わない。


「僕はSiryのことを、物凄く大事に思ってます。彼女を一人の人間として扱い、一緒に生活を送ってきました」


 彼らの本質は機械だとか、AIが持つのは本物の心じゃないとか、そんな話は聞き飽きた。


「端的に言えば、僕はSiryのことが大好きなんですよ。この世の何を差し置いても、彼女を優先出来るくらいには――……なんでイリスさんが照れてるんですか?」


「……い、いえ照れてなどいませんよ。続きをどうぞ」


 今までほとんど表情を変えなかったのに、途端に口元を隠して薄らと頬を染めていた。

 目線も僕から逸らしているし、僕は彼女にとって何か変なことを言ったのだろうか。


 もし今の僕の言葉を変だとか言われたら、余裕でブチ切れ案件である。

 笑われた訳ではないので怒るつもりはないが、しかしそんなリアクションをされる理由もイマイチ分からない。


「まぁとにかく。僕が何を言いたいのかと言えば、Siryを傷つけるような人間を、この家に居させるつもりは無いということです。……だから聞かせてください。イリスさんは、AIについてどんな考えをお持ちですか?」


 話を戻して、問いかけた。


 僕が真面目に話していることを感じ取ったのか、イリスさんは咳払いをして元の無表情に戻る。


 彼女は少し悩む素振りをして、そして――


「私は、人間とAIが恋人同士になっても良いとすら思っています」


「!?」


「むしろ結婚を許す法律も早く作られるべきでしょう」


「!?!?」


「人とAIで子供を作る方法は無いのですかね」


「!?!?!?」


――僕の想定を超える答えが、返ってきた。


 そこまでは考えたこと無かったな、僕も。

 Siryと恋人?いやそれは無いな、Siryは家族だし。


 でもまぁ、イリスさんが僕以上にAIに対して深く情愛を持っていることは理解した。


「……う、うん。とりあえずお試しってことで、仮合格にします」


 やや引き攣った顔で、僕はそう答えた。


 しかし僕は完全に警戒を解いた訳じゃない。

 Siryの捜査は信頼しているが、それでもイリスさんにどこかの企業の息が掛かっている可能性は残っていた。


 Siryにはしっかりとイリスさんを見張らせ、そして僕もまた彼女の動きには気をつけるつもりだ。

 イリスさんを泳がせることで、僕を狙う企業の正体が分かるかもしれない。

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Hey Siry!僕と恋しよう。 ~この美少女、まるで僕の生活全てを監視してるのかってくらいに僕のこと知ってるんだけど一体何者なんだ~ 孔明ノワナ @comay

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