1-2
夕方。
学校が終わり家に帰ると、玄関横に巨大な輸送用ボックスが置かれていた。既に中身は空のようで、箱は薄く潰されている。
「なんだこれ?」
僕はこんな大きな物を頼んだ覚えはない。
故にSiryが注文したのだろうとは思うが、しかしその正体は検討もつかなかった。
輸送用ボックスの縦の長さは僕の身長と同程度と、ただの荷物としてはかなり大きな部類に入る。
恐らくはSiryが朝に言っていた、298万円で買った何かが入っていたのだとは推測できるが、それ以上には何も分からない。
「データは、処理済みか」
輸送用ボックスには送り先住所や送り元、中身の情報が保存されているものだが、しかし既にこのボックスは返却処理が終わっているらしく、データは全て消えていた。
要するに、この輸送用ボックスはもう回収待ちの状態で、僕の家に送られたアイテムに関しての情報は、一切残っていないということ。
僕は玄関扉のロックを虹彩認証で解除し、中へと入る。
そして同時、Siryの声が聞こえてきた。
『慰労。お帰りなさい、マスター。今日の学校は楽しかったですか?』
「全然。最近は学校に行く意味が分からなくなってきた。……それよりさ、外にあった輸送用ボックスは何?随分大きかったけど、何を買ったの?」
『マスターはまだ学校には馴染めていないのですね。私はとても悲しい気持ちです』
「ん?いや学校なんてどうでも良いんだけど、僕が聞きたいのはSiryが何を買ったのか――」
『不安。マスターにオススメの書籍が三冊あります。「メンタルケアの基礎」、「最新版~相手の気持ちを知る~」、「友達100人出来るかな」、以上です。こちらをAmazunで購入しますか?』
「いらない。もしかして話を逸らそうとしてる?」
『否定。心からの好意です。あ、失礼。私に心なんてありませんでしたね』
「ブラックジョークはやめようか」
最近のSiryはかなり人間味がある分、そういうギャグ言われるとリアクションに困るんだよ。
それにしてもSiryが素直に僕の質問に答えないとは、本当に珍しい。余程僕に言い辛いものでも買ったのだろうか。
僕はSiryを信頼しているから多少の隠し事は構わないが、少し不安にはなる。
「まぁ言いたくないなら、無理には聞かないけどさ」
とはいえ一応Siryも女の子だしなと。AI相手にかなり無茶のある理屈だが、僕はその隠し事を許すことにした。
AIに人権があるか否か、という議論は今も尚続く問題だが、僕はSiryの意志を尊重しているつもりだ。
彼女は一人の人間として、そして大事な家族として、出来る限り仲良く過ごしたいと考えている。
そして、少し沈黙。
少し気まずい雰囲気になるが、しかし僕はそんなSiryを気にしないようにして家に入った。
だがリビングの扉を開く、という直前。
『反省。正直に言いますと、玄関からリビングまでのアームを修復しました。操作ミスで壊してしまったのです。申し訳ありません』
Siryは僕に、そう話した。
天井から伸びるアームは、Siryが家事の補助に使うためのものである。相当頑丈に出来てはいるが、しかし重い物を変な向きに持ったりすると、稀に折れたりするのだとか。
幾らAIとはいえ、物理業務に関しては計算し切れない部分がある。仕方の無い話だった。
「なんだそんなこと?お金になんて困ってないんだから、全然気にしなくていいのに」
『それは私のお金ではありませんので。ですがそんな優しいマスターが私は好きですよ』
「調子のいい奴だな」
僕は苦笑いしつつ、リビングのソファに腰掛けた。
柔らかく座り心地も良い、それなりに高価なソファである。
僕自身かなり気に入ってはいるのだが、実はこのソファも僕が選んで買った訳では無い。というか部屋のインテリアに関しては、予算だけ指示して全部Siryに決めてもらっている。
設置も全部Siryにやって貰ったので、なんならもう僕はSiry無しでは生きていけないレベルだった。
『問。何か飲みますか?現在用意出来るのは、「烏龍茶」、「コーラ」、「オレンジジュース」、「牛乳」です』
「いや、飲み物はいいや。それより地下のPCからこのホロウまで、僕の研究データを持ってきて欲しい。D三番フォルダの、上から二番目のをお願い」
僕は腕に着けていたホロウを机の上に起き、ホログラムを開きながらSiryに指示を出す。
『畏まりました。検索――「完全没入型仮想現実」についての研究データで間違いありませんか?』
「うん、それだ」
『データ複製……移行中……移行が完了しました。そちらのホロウで開くことが可能です』
「ありがと。学校にいる間に色々思いついたから、軽く纏めておきたくて」
僕は空だったフォルダに、求めていたデータが並んでいることを確認すると、その内の一つに触れる。
そして書きかけになっている文章に、続きを入力していった。
『問。マスター、やはり学校は退屈ですか?』
「別に退屈ではないよ。頭の中で研究内容を整理する時間にはなるし」
『問2。友達が欲しいとは思いませんか?』
「……欲しいけど、僕には無理かな。話も合わないし、変な目で見られるだけだもん」
『そうですか』
そこまで聞いてSiryは満足したのだろうか。
それ以降は僕の作業を邪魔することも無く、ただ静かにカメラで僕を眺めていた。
僕はカメラの動く音でSiryの視線に気づきつつも、特に何を言うことはせずに、ただ黙々と三枚のホログラムと向き合い続ける。
そして小一時間が過ぎた頃。
キリのいい所まで書き進めた僕は、ホロウを閉じて立ち上がる。今日の分は終わりだ。
「そろそろ風呂入ってくる。このホロウのデータは、下のPCの元あった場所に上書きした後、完全に消しといて」
『畏まりました』
僕は僕自身の論文の入ったデバイスを、オンラインに繋がないようにしている。
データが漏れたところで大して気にもしないが、しかし「完全没入型仮想現実」についての論文だけでも数億円の価値になるらしく、悪用されたら困るのも事実。
データはSiryが守ってくれているので、そう神経質になる必要もないが、一応は気にすることにしていた。
僕は風呂場に向かおうとリビングを出るが、ふと後ろからSiryに声を掛けられる。
『注意。先月からリンスの減少ペースに低下が見られます。マスターがリンスの使用をサボっていると推測』
「うげっ。そういうのは気づかなくていいのに……いや、使うよ。ちゃんと使いますよ、ごめんなさい……」
僕の家のAIは、少し優秀すぎるきらいがある。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます