Hey Siry!僕と恋しよう。 ~この美少女、まるで僕の生活全てを監視してるのかってくらいに僕のこと知ってるんだけど一体何者なんだ~

孔明ノワナ

1-1 我が家にメイドがやってきた


 僕はつい先日、一人のメイドを雇った。

 銀髪蒼眼の美少女メイドである。


 何をするにも無表情で、まるで機械のようなと表現したくなる少女。意思疎通に問題がある訳ではないが、ともかく感情が分かりにくい。

 喜んでいるのか悲しんでいるのか、或いは僕を揶揄からかっているのかすらも、判断がつけられなかった。


 しかしメイドとしての仕事自体は、程に完璧だ。


 僕の心を読んでいるのかと疑うくらいに僕を理解し、僕の生活全てを監視しているのではないかと恐怖してしまう程度には、あらゆるニーズに答えてくる。

 まさに人間とは思えない、僕の為だけに存在するかのような超人メイド。


「そろそろトイレに行きたくなる時間ですよね。ペットボトルを用意致しました」


 ほら今も彼女は、僕がトイレに行こうと立ち上がろうとする、まさにその瞬間にやって来た。

 一秒のズレもない、完璧すぎるタイミング。


 ただ悪いけどペットボトルは使わない。使ったこともないからさっさと仕舞ってきて欲しい。


 はて一体彼女は何者なのだろうか。




☆彡 ☆彡 ☆彡




 最近、僕の家のAIアシスタントの様子がおかしい。

 昔はただ黙々と指示に従うだけだったのに、やけに僕に対して質問を繰り返すようになった。


 やれ好きな食べ物はなんだ、行ってみたい旅行先は何処だ、と。

 仕事自体は完璧にこなしてくれているので、おかしいと表現するのは少し違うかもしれないが、ともかく何かしら大きなアップデートを経たのは間違いないだろう。


 そして今この瞬間。

 そろそろ寝るかとベッドに横たわった僕は、再び彼女に質問をされていた。


「え。……今、なんて?」


『問。マスターの好きな女性のタイプを教えてください』


「どうして?」


『より快適な生活を提供する為です。情報収集にご協力お願いします』


 天井のスピーカーから聞こえる、無機質な声を見上げながら、僕はポカンと口を開く。

 その声の主は、我が家のAIアシスタント――Siryシリィだ。


 当然のこと、その声から感情は読み取れないが、果たして彼女は一体どうしてしまったのだろうか。僕の情報なんて、検索履歴とかから調べてしまえば良いのに。


 驚きのあまりに僕は言葉を失うが、彼女はそれすら許さない。


『不安。質問開始から十秒経過しました。マスターの生体モニタに異常は見られませんが、コミュニケーション能力に障害があると考えられます。「心理カウンセリング」で検索しますか?』


「やめろやめろ」


 少なくとも、この違和感が気のせいだとは思いにくい。

 人工擬似知性体が、人間との会話で少しずつ変化していくのは紛れもない事実だが、とはいえ流石に変わり過ぎだろというのが本音である。


 ホントに、何があったんだお前。

 僕はSiryの様子を不安に思いつつも、夜遅くを示す時計を見て、また明日考えることにした。




 翌日。


 カーテンが自動で開き、同時にピピピピと機械的な音が響く。僕がSiryに頼んだ、目覚ましの音だ。

 明るい日射しが僕の瞼を照らし、強引に目覚めさせようとしてくる。


『命令。マスター、起床してください。指定の時間になりました』


「んぐっ……」


 Siryの呼び掛けが聞こえたが、しかし僕は屍人のように呻きながら、耳を塞いで身体を捻る。

 眩しい光を避けて、枕に深く顔を埋めた。


『起床してください。3分34秒以内に起き上がらないと、学校に遅れる計算となっています』


「じゃあもう3分だけ寝させてよ……」


 同じような言い合いを毎日繰り返している気もするけれど、だからといって僕の寝起きの悪さは変わらなかった。

 寝れるだけ寝たい。一生寝ていたいというのが、心の底からの願いである。


『警告。5秒以内にベッド上の重量低下を確認出来ない場合、「特殊起床プロトコル」が発動されます』


「……特殊……?何?……なんでも良いけど、少し静かにしてくれないかな……」


『拒否。カウントは開始されています』


 やはり頭が回らない。Siryが意味不明なことを言い出したとは分かるが、何のことかはさっぱりだ。

 僕は気にせず微睡みに向かうことにする。


『無念。時間経過を確認しました。「特殊起床プロコトル」を発動します』


「……だから静かにしてってば」


『音声データを検索――確認。フォルダ名「萌え萌え妹ちゃん♡」。ギャルゲーに分類されるデータだと判断。該当音声の切り取り及び、改変を行います』


「……ん?」


 なんかヤバそうなこと言ってるな。

 というかそれ、昨日僕がプレイしたゲームの名前じゃないか。そのデータで一体何をしようってんだよ。


 ブンッとSiryが何かの作業を進める音が聞こえた。

 嫌な予感がして、僕は薄らと目を開ける。


『データ処理が完了しました。読み上げを開始します』


「ねぇSiry。さっきから何を――」


『迫真。「創知そうちお兄ちゃん、早く起きてよ!!もう朝だよ!?学校に遅れちゃうってば!!」』


「お前本当に何してんの!?」


 聞こえてきたのは、「萌え萌え妹ちゃん♡」のヒロインとして登場する女の子の声。

 そんな会話シーンがあったことは覚えているが、しかしゲーム中に創知という僕の名前まで出された記憶はない。どう考えてもSiryの仕業だった。


『「え、おはようのチュー?や、やだよ、恥ずかしいよ創知お兄ちゃん……」』


「やめろ!大音量で読み上げるな!ご近所さんに僕の趣味がバレる!!」


『「わ、分かったよぉ……。ほっぺで良い?私がこんなことするの、創知お兄ちゃんだけだからね?」』


「Hey Siryぃぃぃぃい!!もう起きたから黙れぇぇ!!!」


 そして、僕こと道衣みちい 創知そうちの一日は始まった。





☆彡 ☆彡 ☆彡





『紹介。本日の朝食は「ベーコン付き目玉焼き」と「バタートースト」、「味噌汁」の三点です』


「ありがと。……でもさ、なんでこんなに和洋入り交じってるの?」


『ゲーム名「萌え萌え妹ちゃん♡」の朝食シーンにおけるイラストを参考にしました』


「分かった、もう頭を切り替えよう。萌え萌え妹ちゃんは忘れてください」


『畏まりました』


 僕は味噌汁をすすりながら、Siryの余計な学習を排除する。 あらゆる僕の情報から、僕に合致した対応をしてくれるのは嬉しいのだけれど、やはり行き過ぎると困るのだ。


 事あるごとに、天井から「萌え萌え妹ちゃん♡」なんて音声を流されたら、おちおち客人も呼べやしない。


「あとさ、さっきの起こし方はもう無しね。流石にキツい」


『困惑。本日の起床データより、今回の試みは非常に効果的と判断しました。該当音声のアラーム化も視野に入れるべきです』


「マジでやめてくれ」


『了解。では起床プロトコルの最終段階に配置します。聞きたくないのであれば、さっさと起きてください』


「……うっす」


 なんで僕AIに脅されてんのかな、と疑問に思いつつも、彼女無しではロクな生活を送れないのも事実なので、大人しく頷くことにした。


『問。朝食の味は如何ですか?』


「おいしいよ」


『星をつけてください』


「四つ半。でも目玉焼きの黄身は、もう少しだけ半熟の方が好きかな」


『畏まりました』


 これも日課。一々評価するのは面倒だが、しかし断るともっと面倒なので、いつも通りに軽く答える。

 あらゆる電子機器と連動しているSiryは、料理も完璧にこなし、日々僕好みの味に近づけてくれていた。


 食べ終えた僕は、椅子から立ち上がる。

 すると同時に、天井から伸びたアームが皿を片付けていく。


『着替えはこちらです。本日のスケジュールも携帯端末に移動しておきましたので、ご確認お願いします』


「ありがと。ちなみに今何時?」


『返答。7:25です』


「うわ、もう急がなきゃじゃん」


 僕は腕時計型小型端末――ホロウを机に置き、ホログラム画面を宙に浮かばせる。

 そして今日のニュースを、その画面に映し出した。


 置かれた着替えに手を通しながら、僕は流れるニュースに視線を走らせていく。

 新型ホロウの発売日決定、宇宙ゴミ撤去手段の確立、AI用擬似人体が本日販売開始、etc……


 色々と面白そうなニュースはチラホラと見えるが、しかし特に気に留めるべきものは無さそうだ。


 服を着終えた僕は、ホロウを腕に巻き付ける。

 これにて学校へと向かう準備は完了。


「よし、おっけー。じゃあ行ってくるね。留守は任せたよSiry」


 僕はSiryに声を掛けて、玄関へと向かった。

 そして外へ出ようと扉を開ける――が、そのとき。


『お待ちください、マスター』


「ん?」


 ふとSiryに呼び止められて、立ち止まる。


『要望。私の機能向上に298万円を投資することは可能でしょうか』


「298万?いいよ、そのくらいなら」


『ありがとうございます。それではお気をつけて、マスター』


 約300万円もの大金を、何に使うのだろうと思いながらも、超久しぶりに聞いたSiryの「要望」という単語に、即座に了承を出す。

 詳しいことは帰ってから聞けばいいか、と僕はそのまま家を後にした。

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