第2話【顧客1_川澄大希】
チョコレートを口の中で転がしながら待っていると、麻羽さんはいくつかのバインダーと紙を抱えて戻ってきた。
パソコンは使わず、書類で物件を管理しているようだ。今どき古風だと思ったが、こんな森の中に電波が来るのかどうか怪しいので、まあそういうものかと腑に落ちた。
「お待たせいたしました。いくつか見つかったので物件をお見せしますね──」
と言い、テーブルにバインダーから取り出した紙を並べると彼女はそのひとつずつの物件を紹介し始めた。
紹介されたのは3件で、どれも異なるタイプの建物だった。
1つ目は山中の小屋。エアコンも家具も何も無いが、雨風は凌げそうな木造のしっかりとした小屋だった。
2つ目はなんと住宅街のうちのひとつの一軒家で、普通の家と何ら変わらない外観と内装だった。こちらは電気や水道、ガスも通っており、ベッド、お風呂もついているらしい。
「家と同じような環境が揃っているので、使用方法は多岐に渡り、とても人気の物件です。」
と言っていたが、「使用方法は多岐に渡り」というのは、水道、ガス、電気がある分色んな自殺方法で使えるということだろう。
それを表情を崩さずに言ってのける麻羽さんを初めて不気味だと思った。
3つ目は某ディズニープリンセス用かな?というような高い塔だった。
「本来は飛び降りを希望される方にオススメしているのですが、部屋にロープを吊るせる場所はあるので首吊りでも利用できるかと思います。」
と説明が入る。なるほど、確かにこれだけの高さから飛び降りれば確実に死ぬことは出来るのだろう。
特にそれといったこだわりはなかったので、1番交通の便が良さそうな一軒家にした。エアコンがあるというのも有難い。
「こちらがこの物件周辺の地図となりますのでご確認ください。」
麻羽さんはパパッといらない紙をバインダーにまとめながら僕に住所と地図が書かれた紙を差し出すと、
「続いて利用方法と料金についてですが──」
と次の説明を始めるが、
「あ...」
僕はその紙を見た瞬間に耳鳴りとフラッシュバックに襲われそれどころではなかった。自分の顔からサッと血の気が引くのが分かる。麻羽さんの声は遠くなり、身体は勝手に震え始める。
「あ...あの!」
何とか声を絞り出し、身体に力を込めて震えを収めようとする。
「はい、どうなさいましたか?」
「すみません、やっぱり最初にみせてもらった小屋にしてもいいですか?」
麻羽さんが答えるまでの少しの間がとても長く感じられた。外の鳥の声がやけに響いて聞こえる。
「はい、もちろんいいですよ。少々お待ちくださいね。」
と特に訳を聞かずにバインダーから新しく紙を引っ張り出した彼女を見てやっと身体の震えは収まった。動揺を悟られてしまっただろうか。
「改めてこちらが小屋へのアクセスです。山に入ってからは歩くことが多くなりますが、大丈夫でしょうか?」
「はい。すみません、突然。ありがとうございます。」
「いえ。それでは利用方法と料金について説明しますね──」
僕は、今度は落ち着いて麻羽さんの説明に耳を傾け始めた。
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