第1話 【顧客1_川澄 大希】

通された室内は、不動産屋と言うよりはこぢんまりとしたカフェのようだった。

どこか暖かい雰囲気なのは、建物そのものはもちろん家具まで柔らかな木で統一されているからかもしれない。


イスに座るよう促され、しばらく待っていると、先程出迎えてくれた女性がお茶の載ったトレイを持ってやってきた。


緩くウェーブのかかった真っ黒なセミロングの髪に緑色のピン留め。少し眠たそうにも見えるタレ目がちな顔に控えめだが手抜きではなさそうな自然なメイクが施してある。シンプルなデザインの生成(きなり)のワンピースを着た彼女からはふわふわとしながらもどこか凛とした印象を受けた。


女性は僕にお茶を出してから向かいの席に座る。


「改めてようこそお越しくださいました。川澄大希(かわすみ たいき)様でお間違いありませんね。担当をさせていただきます、私は、瀬野川麻羽(せのがわ まう)と申します。よろしくお願いいたします。」


あまりの丁寧さと口調の柔らかさ、カフェのようなゆったりとした空気に本当に死に場所を探しに来たんだっけ、と錯覚しそうになる。が、


「はい。よろしくお願いします。」


と控えめに答えると麻羽さんは、


「それでは早速物件を探していきましょうか。ご希望の死に方をお伺いしてもよろしですか?しかし、線路に身を投げるなど、大衆に大きな影響を与えるような方法は承れませんので、ご了承ください。」


と、よどみなく僕に問いかけた。


「えーっと、絶対これ、という訳ではありませんが、長く時間がかかるのは嫌なので、首吊りを予定しています。出来れば屋外ではなく屋内がいいですね。」


我ながらよくスラスラと言えるものだと少しばかり戸惑う。

冷静に考えれば、出会って10分程の人間に、きっと生まれてこの方1度も聞かれたことの無い質問をされているのだ。オロオロしたりしてもおかしくないだろう。

それでも落ち着いていられるのは彼女の安心感のある笑顔と少しばかりの不思議なオーラにあてられたからだろうか。

あるいは、この件が終われば関わることがない全くの他人だから、かもしれないが。


「承知致しました。それでは梁(はり)などのロープをかけられる所があることを条件として、いくつかの物件をご紹介致しますね。ところで、利用なさる日付はいつでしょうか?」


そう言うと、彼女は「営業日・営業時間」と書かれたカレンダーのような紙をテーブルに置いた。


「今週末のどこか...そうですね、日曜日で。」


「はい。7月18日の日曜日ですね。時間帯などご希望はございますか?」


僕は改めてテーブルの上の紙を見る。

「①朝(8:00~12:00)②昼(12:30~16:00)③夕方(16:30~19:00)④夜(19:30~22:00)⑤夜中(22:30~翌3:30)」

の5種類から選べるようだ。

少し考えた後、僕は


「では、⑤の夜で。この時間帯の中で好きな時間に建物に行けばいいですか?」

と言った。


「はい、大丈夫ですよ。また、ロープはこちらでご用意しておきますので、手ぶらで来てもらっても構いません。」


「あ、分かりました。ありがとうございます。」


「それでは今のご希望の条件にあった物件を探してきますので、少々お待ちください。」


ああ、こちらのカゴの中のお菓子もご自由にお取りくださいね、と付け加えると彼女は店の奥へと消えていった。


僕は先程出されたティーカップに手を伸ばして1口飲んでみた。美味しい。あまり飲まない味だが、きっとハーブティーだろう。ホッとするような香りがどこか麻羽さんに似ている。


『 今週末のどこか...そうですね、日曜日で。』


先程は流されるようにサッと決めたが、僕は本当に死ぬのだろうか。来週から僕のいない世界が始まるのだろうか。


まだいまいち実感の湧かないモヤモヤの中、僕はカゴの中のチョコレートをとり、包み紙をガサガサと開けた。

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