第3話【顧客1_川澄大希】

それから僕は麻羽さんの説明を特に問題もなく聞いて、契約を結び、帰ることになった。


料金は先払いで、死体処理、遺書の預りなどのアフターサービス(?)の分も含まれている。もし自殺せずに帰ってきたらその分のお金は払い戻してくれるらしい。

自殺用の場所の利用代金の相場なんてわかるはずもないが、まあ、良心的な値段設定だと思う。


「それでは、また何かあればいつでもご連絡くださいね。」


と、麻羽さんがしずく型のイヤリングを揺らしながら椅子から立ち上がったとき、僕は初めて片耳にしかイヤリングをつけていないことに気がついた。どこかで落としたのだろうか。

どこか人間離れしたような雰囲気を放つ麻羽さんの新たな一面がみられて少し微笑ましかった。


「ありがとうございました。」


と僕を見送る最後まで、彼女は1度も笑みを崩さなかった。


(また、この道を帰るのか...)


ここに来るまでのことを思い出して少し辟易した。下手したら家に帰るまでの間に遭難して死ねるのでは無いだろうか。

しかし徒歩以外家に帰る方法もないので僕は諦めて歩き始めた。

改めて周りを見ると驚くほど空気は澄んでいて、通称「死に場所不動産」が近くにあるとはとても思えなかった。


それから5分程一本道を歩いていると、一人の女性とすれ違った。


「あ、これ...」

すれ違いざま、彼女が何かを落としたので咄嗟に拾って差し出した。これは...ヘアバンドだろうか。小さく「S.A」とかかれた刺繍がお洒落だった。


「ありがとうございます。」


少し低めで透き通った声に僕は顔を上げて彼女の顔を見た。目が合う。猫目っぽい顔に特にアレンジの無い焦げ茶の長いストレートヘアー。麻羽さんとはまた別の芯の強さを感じた。


「ありがとうございました。では...」


と無表情に言われて僕が狭めの道の彼女の行く手を邪魔していたことに気がつく。


「ああ...!すみません。」


軽く会釈を交わし、僕達はそれぞれ別方向に別れた。と、数歩歩いて振り返る。


(彼女も死にに行くのかな。)


店からここに来るまで一本道だったことから彼女の行先はきっとあそこなのだろう。なんで、と考えかけるが、僕が気にすることでもないとも思い、また歩き始めた。

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