野球場での攻防 中編

 そんなおバカなやり取りをしていたアタシたちに向かって、近づいてくる集団があった。


「相変わらず、東高は騒がしいわね」

 先頭を歩く女子生徒が口を開くと、


「なんだと? テメー、喧嘩売ってんのか?」

 速攻でサチさんが反応した。


 ほとんど女子だけで構成されたその集団の構成員たちは、全員水色で統一されたTシャツを着ていた。

 みんなキラキラと光る金管楽器を手にしている。


 間違いない。

 野球部の応援に来た、どこかの学校の吹奏楽部だ。


 アタシたちが揉めている様子が見えたのだろう、剛堂ごうどう先輩がバスからおりて、勢いよくこちらに向かって走ってきた。


「なんだ、なにかあったのか!!!」

 恐ろしげな声を上げる剛堂ごうどう先輩。


「……なんだ、愛県高の吹部か。またウチの学校の悪口でも言っていたのか?」

 うわっ、剛堂ごうどう先輩の目が尋常じゃなく恐ろしい。

『また』ってことは、以前にもトラブルがあったのかな。



 でも、そんなことより……


 アタシには早急に確認しなければならないことがあった。


 アタシは小声で隣にいたモモコに尋ねた。

「ねえ、モモコ。『あいけんこう』って何?」


 モモコもヒソヒソとアタシにささやき返す。

「そんなことも知らないで吹奏楽やってるの? 愛県高っていうのは、愛媛県立松山…… えっと…… と、とにかく、吹奏楽の強豪校として有名な高校よ。で、通称が愛県高って言うの。確か去年も全国大会に行ったと思うわ。まったく、それぐらいのこと、ちゃんと覚えておきなさいよね」

 周りに人がいるので、ツッこむのはやめにして、と。



「久しぶりね、剛堂ごうどうさん。あのね、勘違いしないで欲しいんだけど、あなたのところの部員が下品なことを大声で叫んでいたから、注意しただけよ」

 若干、剛堂ごうどう先輩にビビりながらも、愛県高吹部軍団の先頭に立つ女子が言い返した。


「……愛県高の部長の東雲しののめさんだったな。それはどうもありがとう。じゃあ、私たちはこれで失礼することにしよう」

 そう言って、東高吹奏楽部員を引き連れて立ち去ろうとする剛堂ごうどう先輩に、


「待って!」

と、愛県高の部長サンが呼び止めた。そして——


「…………すずも来てるの?」

 少し躊躇ためらった様子で言葉を放った。


「まったく…… ウチの白鷺しらさぎといい鷹峯たかがみねといい、どうしてお前たちは、そう清風きよかぜを気にするんだか」

 そう言って苦笑いする剛堂ごうどう先輩。


「べ、別にそういう訳じゃ………」

 言葉を濁す愛県高の部長。



 そんな時——


「ちょっとほまれ。アンタまさか愛県高の連中に正拳なんてかましてないでしょうね」

 そう言いながらやって来たのは鷹峯たかがみね部長。


ほまれに手を怪我されたら困るのよね。やるなら蹴り技にしてよ。あっ、でも本当に当てたらダメだからね?」

 同じく喧嘩腰の言葉を引っさげて登場したのは白鷺しらさぎ副部長。


 あれ? 白鷺しらさぎ副部長って、人前ではもっとお淑やかに振る舞う人じゃなかったっけ。腹黒な一面が、少々表に出てやしませんか?


「なんだお前たちか…… お前たちが来るとややこしくなるんだよ」

 剛堂ごうどう先輩が困り顔でつぶやいた。


「……愛美とクロエじゃない——」

 愛県高の部長サンがつぶやいた。更に続けて——

「——アンタたち、ちょっといい用心棒がいるからって、調子に乗らないでよね」

 いつから剛堂ごうどう先輩は用心棒になったのだろうか。

 ひょっとして、『先生』とお呼びした方がいいのだろうか。

 なんてことは、どうでもいい。


 愛県高の部長サンが鷹峯たかがみね部長と白鷺しらさぎ副部長のことを下の名前で呼んでいるってことは、この3人はひょっとして仲良しなのか?



「アンタたちの学校って、野球部はなかったんじゃないの。なんでこんなところにいるのよ。ひょっとして野球観戦とか? まったく暇でうらやましいわ」

 愛県高の部長が反撃に出たようだ。そして、反撃はまだ続くみたいだ。


「私たちが野球部の応援に明け暮れているこの時期、アンタたちはコンクールの練習に打ち込めるんだから、そりゃ、ウチとの実力差も生じるってもんよね」

 愛県高の連中のうち、何人かがクスクスと笑った。


 これはアレだ。きっと嫌味ってヤツだ。バカなアタシでも、このくらいのことはわかるぞ。

 さっきのモモコの話によると、愛県高は去年、全日本吹奏楽コンクールで全国大会に進んだそうだ。

 それにひきかえ、ウチは去年、四国支部大会までしか進めなかったのだ。


「嫌だわ、花梨かりんったら、なに言ってるのかしら——」

 白鷺しらさぎ副部長の再反撃が始まる。愛県校の部長サンの名前はカリンっていうんだな。

「——ウチの吹部は公演依頼が多いのよね。だから今日もこれから近くの施設で演奏するのよ。まったく、ちゃんとしたコンクールの練習なんて、いったいいつになったら始められることやら」


 嘘だ。副部長はカワイイ顔して嘘をついている。もうガッツリ、コンクール準備モードに入ってるクセに。それに公演の依頼なんて、数えるほどしか来ていない。でもいいのだ。頑張れ副部長。負けるな副部長。



 おや? 何やらアタシの後ろの方から、小さな声でゴニョゴニョ言っている声が聞こえて来るんだけど——


 いつの間にか、アタシのすぐ後ろにやって来ていた武者小路さんが、恍惚こうこつとした表情でひとりごとをつぶやいた。

 耳を澄ませて聞いてみると——


「これは…… 運命の邂逅かいこうだわ」

と、言っているみたいだ。


「いや、どっちかっていうと『宿命の対決』って感じだけど」

 あっ、思わず無意識にツッこんでしまった。


「ちょっと、ナツさん!」

 小声でそうつぶやきながら、武者小路さんはアタシの側へとやって来た。そしてアタシにコソコソと耳打ちする。


「いいですか。あのお方はウチの部長や副部長、そして清風きよかぜ先輩たちと共に、東高中等部の吹奏楽部で共に切磋琢磨された、東雲花梨しののめかりんさんですよ」


「え? そうなの」

 アタシもヒソヒソと武者小路に聞き返す。


「ええ。東雲花梨さんはトランペット奏者でいらっしゃいます。つまり、清風きよかぜ先輩と一緒に中学3年生の時、全日本アンサンブルコンテストで金賞を取られたメンバーの一人なんですのよ」


「へえ。でも、なんでその人は違う高校に行ったの? ウチの学校の中等部だったんなら、そのまま高等部に進学すればよかったのに。あっ、わかった。その人バカだから、ウチの高等部に進学出来なかったんだ」


「ちょっと、ナツさん!!! あっ、す、すみません。私ったら、つい大きな声を出してしまって……」

 武者小路さんは、顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。

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