ナツとルイの帰り道 後編

 そんなバカな会話をしながらしばらく二人で歩いていると、ナツが俺たちの前方を歩いている二人連れを見つけ、

「あっ!」

と、声を上げた。


「あそこにいるのはアンズとモモコだ! おいルイ、走るぞ!」

 そう言うと、ナツは俺の手首を右手で掴み、強引に駆け出した。もちろん、俺も付き合って走らされる。


 せっかく傘をさしてるのに、これじゃあ意味ないじゃないか。ナツは激しく雨に打たれているのに、まったく気にしている様子がない。


「おーーーい! アンズ! モモコ! 一緒に帰ろう!」

 ナツが二人に向けて大声で叫びながら走る。もちろん俺も走る。


 二人に追いついたナツ。俺はナツの隣に並び、傘を半分さしかけた。


「え!? ナツ、あんたバカじゃないの! なんでルイ君と二人っきりでいるのに、私たちとも一緒に帰ろうとしてるのよ。 あっ、わかった! あんた、自慢したいんでしょ! 何よ何よ、うらやましいなんて、ほんのチョットしか思ってないんだからネ!」


 そう言ったのは、ナツとは中学からの友だちであるモモコ。吹奏楽部員でトロンボーンを吹いている。ナツとは方向性の違う賑やかさを持つ子だ。


「もう、モモコやめなよ。恥ずかしいよ…… それからルイ君、足の怪我は大丈夫? もう、ナツったら、ルイ君をそんなに走らせちゃダメじゃない」


 そう言ったのは、こちらもナツとは中学時代からの親友でホルン奏者のアンズ。中学の頃は吹奏楽部の部長を務めていたそうだ。


「ああ、これぐらいならなんともないよ。心配してくれてありがとう」

 俺がそう言うと、またモモコが不服そうに叫んだ。


「なによ! アンズったらお礼なんか言われちゃって。羨ましいのよ!」

 うーん…… このモモコって子は、入学当初から俺のことをカッコいいと言ってくれてるんだけど…… もちろん、それはありがたいっていうか、感謝することなんだけど……


「なんだ? モモコってばルイと一緒に帰りたいの? それなら——」

 口を開いたナツの言葉が終わる前に、アンズが口をはさむ。

「もう、ナツは余計なこと言わないの。さあ、モモコ、早く帰るよ。ナツ、ルイ君、ゴメンね。私たちこれから用事があるの」


 そう言って、モモコの腕を強引に掴んだアンズは、俺たちの前からモモコを引きずるようにして立ち去った。


 ナツを含めこの3人は、サチさんの中学時代の後輩だそうだ。サチさんはアンズのことを『我が腹心』と呼んでいる。きっと、サチさんから俺が抱いているナツへの想いも聞いてるんだろうな…… なんか恥ずかしいや…… でも、今日のところは感謝だな。



♢♢♢♢♢♢



 再び二人で一つの傘をさしながら歩き出した俺とナツ。

 隣にいるナツの表情をうかがうと……

 また真面目な顔をしている。まったく、表情がコロコロとよく変わるヤツだ。


「おい、どうしたんだよナツ?」

 俺が問いかけると——


「あのさあ……」


 なんだよ、またサチさんのの話か? 今度はもう引っかからないからな?



「今のアンズの態度って、アタシたちに気を使ってるんだろ? それで、あわよくば付き合っちまえって思ってるんだろ?」


「え? お、おい、お前、何言ってんだ? またボケるんじゃないのかよ? 男女の恋愛事情とか、お前、理解出来たのかよ?」


「アタシだってお年頃なんだ、それぐらいのことわかるよ。でも…… アタシさあ、正直言って、付き合うとか、よくワカンナイんだよね。なあルイ。なぜ人は付き合うんだ?」


「……なんだか哲学的な問いだな。俺もよくわからないけど…… たぶん一番の理由は、好きな人を独り占めしたいからじゃないのかな。やっぱり、好きな人が他のヤツに取られたら嫌だろ?」


「じゃあ、ルイはアタシが他の男子と付き合ったら嫌なの?」

 真っ直ぐに俺の瞳を見つめるナツ。ナツの勢いに押され、躊躇ためらいがちに俺は応える。


「…………ああ、嫌だ……な」



「そっか…… そう考えると、アタシもルイが他の女子と仲良くしてたら嫌かもしんないな。『なんだよ、ルイのことよく知らないくせに』って思うよ、きっと。ほら、オマエ、女子からすると顔はカッコイイみたいだからさ、『なんだ? やっぱり顔か? 人生の優先順位は顔なのか?』って感じで」


 なんだよそれ…… じゃあ、お前は俺のことカッコいいって思わないのかよ?

 ちょっとムッとしたので言い返してやった。


「別に俺、そんなにカッコよくねえよ。でも、それを言うならお前だって、男子たちから美人だって言われてるじゃねえか。なんだっけ? お前、中学の時、言われてたんだろ? 『美人爆発しろ、でもアンタはバカだから許す』だっけ?」


「フッフッフ。高校入学当初、アタシにつきまとってきた男子たちも、バカなアタシの本性を知った今となっては、誰もアタシと目を合わそうとしないんだ。嗚呼ああ、バカって最高だ!アタシはそんなバカな自分が大好きなのさ!」


「ハァ…… なんだよそれ? まあ、ナツがバカなのかどうか知らないけど、確かにナツのいいところは、バカみたいに誠実で、バカみたいに物事に対してひたむきに取り組むところだからな」


「な、なんだよオマエ! ひ、ひょっとして、コクってんのかよ!」

「バ、バカ! お、俺は事実を言っただけだよ!」


 やっぱりナツと話していると、恋人っぽい雰囲気にはならないようだ。でも、俺はこういうバカっぽい話をナツとするのが、たまらなく嬉しいんだ。



「なあ、ルイは誰か他の女の子と付き合いたいって気持ちはあるの?」

 あると言えばナツは焦ってくれるのかな? でもダメだ。元キャッチャーだった俺のカンが、ここでそんな駆け引きみたいなことをしたらきっと打たれると言っている。よし、ここは直球勝負だ!


「ない!」

 俺は短い言葉で答えた。


「そうなんだ。アタシも今はオーボエが恋人なんだ。だから浮気するつもりはないんだよ。じゃあ、二人とも誰かに取られたりする心配はないね。それなら、アタシたちは付き合うとか、そういうことは考えなくてもいいじゃないか! いやぁ、なんだかホッとしたよ。というわけで、明日早速アンズに報告しとくからな」


 いったい、どんな報告をするつもりなんだ?



 でもまあ、もし仮に俺とナツが付き合うことになったとしても、きっと俺たちの関係は今までとあんまり変わらないんだと思う。


 きっと愛とか恋とかそんな甘い雰囲気は一切なくて、今日みたいにバカなことばっかり喋ってるんだろうな。


 なら、ナツが言うように、今は別に付き合うとか、そんなことは考えなくてもいいのかも知れないな。焦る必要なんてないや。

 俺はそう思った。



「やっぱり、アタシとルイの関係は、これまで通りが一番だと思うんだよね」

 なんだよ。やっぱりナツもそう思ってたのか。


「これまで通りか。それもいいかも知れないな」

 俺がそう応えると——


「だろ! 1番打者のアタシの仕事は塁に出ること。2番打者のルイの仕事はアタシを次の塁に進めること。アタシを上手くかせるのは、やっぱりルイしかいないんだ! 吹奏楽部でも二人で協力して、みんなを引っ張って行ってやろうゼ!」


 なんだ、ナツは野球をしてた頃の話をしてたのか。小学生の時、俺はバントでも右側に転がす進塁打でも、なんでもこなせる器用な性分だったので、打順は2番だったのだ。

 それにしても、ナツにしては難しいことを言うじゃないか。ちょっとは成長してるんだな。よし、じゃあ俺もナツに乗っかってやるか。


「そうだな。俺が吹いてるチューバは、目立つメロディを担当することは少ないんだろ? でも、低い音をめいっぱい響かせて、他の楽器の演奏を支える大事な役割があるんだって、なんか、サチさんがそんなこと言ってたな」


「ああ、そうだよ! だから野球やってた時みたいに、今度は音で、またアタシを支えてくれよな! それで、みんなで全国大会に行くんだ! ルイ、来年は絶対一緒に全国に行こうな!」


「そうだな。俺、今年はAメンバーに入れなかったけど、来年は絶対、ナツと一緒に全国を目指すからな」

 この言葉に嘘はない。『来年こそは』そう思いながら、俺は毎日練習を続けている。


「それに、全日本吹奏楽コンクールの全国大会は、『吹奏楽部の甲子園』って言う人もいるんだろ? いいよな、その言葉の響き。なんだか元野球少年の心を熱くするよ」


「元野球少女の心だってアツくなるゼ!」


「ようだな! ヨッシャッーーー!!! ナツ! そんじゃあ、俺たちの甲子園目指して、これからも練習、頑張ろうゼ!!!」


「くぅーーー! ルイは普段クールなくせに、ココ一番ってとこではアツいんだよ! アタシはルイのそういうところが好きなんだ!!!」


「オッ、オウ………… あ、ありが…… とう」


「ん? なんでオマエ、顔が赤いんだ?」


「ウッセエよ……」



 ナツは絶対、ピッチャーには向いてないと思った。だって、俺のミット…… じゃなくてハートのど真ん中へ、こんなに球を投げ込んで来るんだから。

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