ナツとアンズとモモコのこころ 後編

——sideナツ——


「「「ゴメン!!!」」」


 アタシはモモコとアンズに謝った。謝ったはずなのに…… なんでアンズとモモコも謝ってんの?


「あれ? なんでアンズとモモコが謝るの? アタシ、二人の気持ちを考えずに、今年の吹コンの話なんかしちゃって…… ホント、ゴメン!」


「「 え? 」」

「あれ? なんなのその反応は? 」



 アンズとモモコはお互いに見つめ合った後、少しためらいながらアンズが先に口を開いた。

「あのね、ナツ。ナツは別に謝ることなんてないんだよ? 私は今年の吹コン、先輩たちに出場して欲しかったから…… ううん、たぶんそれを言い訳にして、あんまり練習してこなかったんだと思う。だから、一生懸命練習してたナツがAメンバーに選ばれたの、本当に嬉しいんだよ?」


「そうだよ! わたしは…… 本当は選ばれなくてよかったって思ってるんだから。だって! あんな上手い先輩たちと一緒に演奏する自信なんて、わたしにはないんだから! それにね、同じ中学から来たナツがAメンバーに選ばれて、わたし、ちょっと誇らしいぐらいなんだから!」


「え? そうなの? じゃあ、なんで二人は謝ってんの?」



 また二人が顔を見合ってモジモジし始めた。そしてやっぱりアンズが口を開いた。

「去年、私がみんなで出場しようって言ったから……」


「え? なんのこと?」

「ナツはもっと上を目指したかったんじゃないの? それなのに、私が下級生も含めて、全員で出ようって言ったから……」


「あっ! 思い出した。そう言えば、選抜メンバーで出場するか、全員で出場するか、意見が分かれたよね。あれ? アタシ、最初はどっちが良いと思ってたんだっけ? 忘れちゃったよ、アハハ。えっと…… それで、なんでアンズが謝るの?」


「もう! ナツのバカ!」

 モモコが叫んだ。そして——


「みんなが勝手なことばっかり言って、収拾がつかなくなったんじゃない! それで、じゃあもう部長に決めてもらおうってことになったでしょ!」


 そうだ、思い出した。最終的に判断したのはアンズだったんだ。


「アンズが謝る必要なんてないのよ!!!」

 再びモモコが叫ぶ。そして——


「アンズはずっと、どっちでもいいって言ってたじゃない。でも、わたしたちだけじゃ意見がまとまらないから、結局みんな、アンズに嫌な役を押し付けたんだよ!? ま、まあ…… わたしもそのうちの一人なんだけど…… あのアンズ…… あの時は、本当にゴメンなさい!」

 モモコはアンズに向かって勢いよく頭を下げた。



 一方のアタシは——

「アタシは…… 部長のアンズが決めるのが当然だと思ってたんで、嫌な役を押し付けたつもりはなかったんだけど…… でも…… ああ! アタシはバカだ! 思いやりのないバカだ! アンズってば嫌な思いをしてたんだね。今更だけど、ゴメン!!!」

 アタシもアンズに向かって、おもいっきり頭を下げた。


「ちょっと…… 話がおかしくなってるよ? 私は二人とも、本心では選抜メンバーでコンクールに出場したかったのかと思って——」


「「 そんなこと思ってないよ!!! 」」

 アタシとモモコは同時に声を上げた。


 珍しくモモコが真っ先に口を開いた。

「そりゃ、初めはわたしも選抜メンバー賛成派だったわよ? でもね、その後の言い争いに、正直言って疲れてたんだよ。あっ、これは私だけじゃなくって、みんなそうだったと思うよ? あの時の部内の雰囲気サイアクだったから」


「そうそう。それから、アンズは多数決で決めるのは嫌だって言ったんだよね。多数決だと不満が残るかも知れないからって。下級生たちの指導は自分が受け持つから、部員全員で出場しようって言ったんだ。くぅーーー!!! あれホント、カッコ良かったよ!」


「そうよ! アンズのあの一言を聞いて、みんな感動したのよ!」

 モモコがまた声を張り上げる。


「そうそう。みんな『アンズが部長でよかった』って言ってたんだから! アンズのあの一言を聞いて、みんなの心に火がついたんだよ!」

 これはアタシの偽らざる本心だ。みんなが同じ方向を向いて頑張れたのは、アンズの決断のおかげなんだ。


「でも、目標にしていた金賞は取れなかったよ? 本当に後悔はないの?」


 アンズの問いに対して、アタシは正直な気持ちをぶつける。

「それはもちろん悔しかったよ…… でもアタシは結果よりも、コンクール当日まで、みんなで一生懸命頑張った、あの時間が大好きだったんだ。あの時間があったからこそ、アタシはまた高校でも吹奏楽を続けようと思ったんだよ」


「……なんだかホッとしたな、それを聞いて」

 アンズが笑顔を向けてくれた。もう…… ホッとしたのはアタシの方だよ。


「まったく、アンズは心配性なんだから。ねえモモコ、アンタもそう思うでしょ? って、あれ? どうしたのモモコ?」

 なんだか今度はモモコの様子がおかしいんだけど?



「あの…… わたしがもっと上手く演奏出来てたら、きっと金賞だったよね……」

 モモコが消え入りそうな声でつぶやいた。普段元気で明るいモモコにしては珍しいことだ。


「もう、モモコったら…… まだ気にしてたの?」

 心配そうな顔をしながら、アンズがモモコに語りかける。


 吹コン当日。緊張のためかアタシたちの演奏は、普段の練習では考えられないようなミスが続出した。


「上手く演奏できなかったのって、モモコだけじゃないじゃん?」

 アタシがそう言うとモモコは、

「下級生の子たちはそうだったかも知れないけど…… 3年でやらかしたのはわたしぐらいだよ……」

と、これまた沈んだ声で答えた。


「あのね、モモコ」

 再度アンズがモモコに語りかける。

「モモコの担当楽器は金管楽器のトロンボーンでしょ? 金管楽器はとっても大きな音が出るよね? それにモモコは高音のパートを担当してたでしょ? だからちょっとしたミスでも目立つのは仕方ないことだよ? このことはみんなちゃんと理解してたよ?」


 そうなのだ。高い音を出すパートの人がミスをすると目立つ場合が多いのだ。


「だって…… それは私が信頼されてたから、大事なパートを任されたんだよ。わたしはみんなの期待に応えられなかった……」

 どんどん自分ひとりの世界に沈んで行くモモコ。


「もう、モモコってばバカなの!? 本番で絶対に失敗しない人なんて、この世にいるわけないじゃないの! そんなこと言うんなら、アタシだって失敗してた可能性があるんだからね!」

 なんでだろう。アタシはいつもより大きな声を上げてしまった。多分、こんなしおれた様子のモモコを見たくないんだろうな。


「何言ってんのよ、このバカナツ! アンタはバカだから緊張なんてしたことないくせに! アンタは大舞台になればなるほど、普段以上の実力を発揮するじゃないの! うらやましいのよ、このバカ!」

 そうだ、これが普段のモモコだ。多少強気な物言いにイラッとすることもあるけど、こういう勝気な性格、アタシは嫌いじゃないんだ。それじゃあ、いつものように、アタシも反撃開始と行きますか!


「なんだと! アタシがバカだってことは認めるけど、アンタだってアタシとおんなじぐらいバカなくせに! あのねえ、アタシだって緊張することぐらいある…… と思うんだけど…… うーん、あれ? アタシの場合は緊張するっていうより、興奮するって言った方が合ってるのかな?」

 反撃は失敗に終わった……


「ほら見なさいよ! やっぱりアンタは——」

「もう、やめなよモモコ。ナツはあんまり緊張しないタイプかも知れないけど、興奮しすぎて失敗することだってあると思うよ?」


「そ、そうだよ! そういうことが言いたかったんだよ、多分」

 うん、そういうことにしておこう。


「じゃあ…… ホントに怒ってないのね?」

「当たり前だ! なんなら神様に誓ってもいいよ!」


「……アンタいっつも、『我が家は無宗教だ』って言ってるくせに」

「だから無宗教の神様に誓うって言ってんだよ!」


「ふふ、なんだかいつものみんなに戻ったみたいだね。でもねナツ、そのへんにしておかない? なんだか、会話がどんどん話の中心から離れて行ってるよ?」

 ま、まあアンズがそう言うなら……


「ねえ、モモコ。ナツの言ってることはよくわからないけど、私もナツも、モモコを責める気持ちなんてまったくないんだよ。これだけは信じて欲しいな」


「わたったからもういいよ…… って、あれ? なんでわたしこんなにエラそうな言い方してるんだろ? えっと…… わかりました? でいいのかな。二人とも、ありがとうね」

 モモコは少し恥ずかしそうな様子で、アタシたちに笑顔を向けた。そして——


「あー、わたし、また高校でも二人と一緒に吹奏楽が出来て嬉しいな」

 モモコはこういう、他の人なら恥ずかしがるような台詞をサラリと言ってしまうのだ。これがモモコが人から好かれる理由だろうな。


「ふふ、私も嬉しいよ」

 アンズも、少し恥ずかしそうにつぶやく。


「もちろん、アタシだって嬉しいに決まってるじゃない!」

 アタシも力一杯、大声で叫んだ。


 アタシたちは再び母校に向けて歩き始める。歩きながら、改めて、アタシは二人に話しかけた。


「アタシが言いたかったのは、メンバーがどうとか結果がどうとか、そういうことじゃないんだよね。みんなで協力しながら一生懸命練習して、本番はみんな全力で演奏して、終わった後みんなで泣きながら『ありがとう』って言い合って。そういうのが、とっても嬉しかったんだ!」


 きっとみんなも同じ気持ちだったとアタシは信じている。だから最後はあんなに感動したんだと思うんだよね。アンズとモモコはどうだろう?


 アタシがアンズとモモコを見つめると——

 なによ! なんかスっごく素敵な笑顔になってるじゃない! それなら…… アタシはさっき言った言葉をもう一度放った。


「ねぇ、覚えてる? 去年の吹コンのこと?」


「「 もちろん!!! 」」



 アタシたちは去年の吹コンの思い出を笑顔で語りながら、懐かしの母校目指して川沿いの道を歩いた。



♢♢♢♢♢♢



 中学校に到着したアタシたちは職員室に通された。アタシたちを待っていたのは、今年からこの学校に赴任した若い女の先生だった。この人が、今年から吹奏楽部の顧問をしているらしい。


「あなたたちのこと、今の3年生や2年生がよく話をしてるの。だから今日、みんなに会えるのを楽しみにしてたのよ」

 爽やかな笑顔でアタシたちに話しかける新しい先生。優しそうな人だ。


「去年の3年生はみんな仲が良くって、それにとっても練習熱心だったそうね。ここだけの話だけど、後輩が先輩を褒めるのって、結構珍しいのよ?」

 そう言って、いたずらっぽく笑う先生。この先生、意外と表情豊かなようだ。


「そうそう、去年の吹コンはとっても印象的だったそうね」

 おっと、この先生ってばよくわかってるじゃないの。


「そうなんです! 去年の吹コンの話をしながらここまで来たぐらいなんですよ!」

 興奮気味にアタシが話すと——


 あれ? 優しい先生のまゆが一瞬上がったような気がしたんだけど……


「あなたが夏子さんね。私、あなたのことよく知っているのよ?」


「え? 今日が初対面だと思うんですけど?」

「ええ。あなたはとても有名だから」


「なんだか照れるなあ…… って、あれ?」

 優しい先生のまゆが、今度ははっきりと上がった。


「……あなた、去年の吹コンが終わった後、一番感動して大泣きしてたとか」

「そりゃあ、もう! なんかスっごく感動しちゃって、しばらくは興奮覚めやらずって感じで」

 あっ…… 優しい先生の眉間にしわがよった……


「…………ええ。あなたは興奮覚めやらず、あのクッソ重い10キロもあるチューバを振り回しながら泣いていたそうね」

「…………はい、そうでした」

 優しい先生の顔が怒りで赤く染まった……


「………………クッソ重いチューバを振り回したあげく、近くにあった楽器に次々とぶつけて…… ユーフォ2台とトロンボーン、サックスの計4台は大破したとか」

「………………おっしゃる通りです」


「アンタのせいで、今、ウチの吹部は楽器が足りなくて困ってんだよ!!!」

 ヤバい……


「申し訳ありません!!!」

 全力で謝るアタシ。


 職員室にいた先生たちが、一斉に振り返る。

「……コホン」

 優し…… かった先生は、我に返り再び微笑みを浮かべる。そして——


「夏子さん?」

「は、はい! なんでありましょうかっ!?」


「なぁ、覚えてろよ、去年の吹コンのこと——」

 優しかった先生の笑顔が、もはや思い出せない……


「——高校生にもなって、また同じようなこと仕出しでかしたら——」

「はい! 一生忘れません! 本当にすみませんでした!!!」

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