ナツとアンズとモモコのこころ 前編

——sideナツ——


「ねぇ、覚えてる? 去年の吹コンのこと?」


『吹コン』とは全日本吹奏楽コンクールの略称であったりなかったりする。単に『コンクール』って言う人もいるんだよね。


 アタシは今、中学時代の吹奏楽部仲間であり、また現在でも同じ高校の吹奏楽部に所属しているアンズとモモコと一緒に、懐かしの母校…… と言っても、卒業したのはつい3ヶ月ほど前なんだけど…… とにかくアタシたちの出身中学に向かって、これまた思い出深い元通学路である川沿いの小道を歩いている。


 早いもので、6月も残すところあと僅(わず》か。

 季節はもう、少し蒸し暑さを感じる初夏になっていた。

 川から吹き上げてくる風がアタシの頬に触れる。

 なんだかとっても気持ちいい。


 この道を3人で一緒に歩いていると、やっぱり中学生だった頃を思い出す。中学時代一番の思い出と言えば、なんと言っても去年の吹コン。あれは本当に良い思い出だ。



 さて、高校でも吹奏楽を続けているアタシたちなんだけど、アタシたちが入学した高校って、実は吹奏楽強豪校だったりしたんだ。なんでも定期演奏会ってのを、年に2回もやるんだって。そんでもって、聞きに来る人もいっぱいいるんだって。いやあ、さすが強豪校って感じだね。中学では弱小少人数吹奏楽部に所属していたアタシたちからすると、想像もつかないほどの強豪校ぐあいだよ。


 アタシたちが懐かしの母校に向かっているのは、今度の夏休みにウチの高校で催される、その定期演奏会のチラシを配りに行くためだ。


 1年生部員たちは全員、今日の部活はお休みにして、各々の出身中学にチラシを配りに行くというミッションが与えられた。

 だからアタシは、こうしてアンズとモモコと一緒に懐かしの元通学路を歩きながら、午後のひと時を楽しんでいるという訳だ。



 それにしても、去年の吹コンは本当にアツかった。

 みんなで励まし合って支え合って、とにかくみんな一生懸命練習した。

 アタシのこれまでの人生で一番アツい日々だった。

 大変だったけど、心の底から楽しかったんだ。

 アタシが高校でも吹奏楽を続けてるのは、去年のあのアツい経験があったからだと思う。


 アタシは懐かしくて、つい吹コンの話を口にしたんけど……

 あれ? なんか二人とも急に無口になっちゃった……



♢♢♢♢♢♢


——sideアンズ——



「ねぇ、覚えてる? 去年の吹コンのこと?」


 ナツったら、どうして今ごろそんな話をするんだろう?

 やっぱりナツは怒ってるのかな?



 私はアンズ。去年は中学校の吹奏楽部で部長をさせてもらっていた。

 去年の吹コンは…… 実は出場メンバーの選出をめぐって部内の意見が割れていたのだ。


 3年生と上手い後輩を選抜して、愛媛県大会を突破し四国支部大会出場を目指そうという意見と、これまでの伝統通り1年生を含む全員で出場しようという意見に分かれていたのだ。


 顧問の先生は生徒たちの意見を尊重するといった。つまり、決めるのはあなた達ですって言って逃げたのだ。大人はズルいと思った。みんなには言わなかったけど。


 最終的に部長の私が判断して、これまで通り部員全員で参加することに決めた。

 これまで頑張ってきた3年生たちには悪いと思ったんだけど……


 私はいくら選抜メンバーで県大会に臨んだとしても、私たちの実力で支部大会に進むのは難しいと思っていた。もちろん、みんなにはそんなこと言っていない。

 私たちは1年生の頃から吹コンに出場させてもらっていた。なら、やっぱり後輩たちにも同じような経験をさせてあげたいと思った。それが先輩たちへの恩返しだと思ったから。

 だから部員全員で県大会に出場し、『県大会金賞獲得』を部の目標にすることにしたのだ。


 結果、3年生の部員は全員私の意見に賛同してくれた。だって、どちらかに決めなければならないってことは、みんなわかっていたんだから。でも、本心では最後まで不満をもっていた人もいると思う。


 ナツはどうだったんだろう? やっぱり本心では選抜メンバーで支部大会出場を目指したかったのかな……



 あれ?

 なんだか変な空気になってきた。なんでモモコまで黙ってるの?

 ひょっとして、モモコも本心では反対だったのかな……



♢♢♢♢♢♢


——sideモモコ——



「ねぇ、覚えてる? 去年の吹コンのこと?」


 もう! ナツってば、どうして今ごろその話を蒸し返すのよ!

 やっぱりナツは今でも怒ってるのかな?



 わたしはモモコ。わたしってばどこに行っても人気者で、クラスでも吹奏楽部でも、いつのまにかグループの中心人物になってるのよね。ホント、自分でもビックリするぐらい。きっとわたしの明るい性格が、みんなお気に召すんだろうね。


 さて、そんな明るいわたしの心が唯一暗くなる話題、それが去年の吹コンの話。

 わたしは…… 本番でやらかした。おもいっきり音を外しちゃったんだ……


 でもでも! 音を外したのはわたしだけじゃないんだから!

 ただ…… 3年生の中でやらかしたのはわたしだけなんだよね……


 結果は銀賞だった。

 吹奏楽を知らない友だちに銀賞っていうと、『へえ、すごいじゃん』なんて言われるんだけど、実はそうじゃないのよね。吹奏楽のコンクールって、参加した団体全てに金賞、銀賞、銅賞のどれかが与えられるの。つまり、銀賞は第2位ではないってこと。


 わたしたちは金賞を目指して練習してきたのに……

 みんなは笑顔で許してくれたけど、でも、本心では腹を立ててた子もいると思う。


 ナツは本気で金賞を狙ってた。やっぱりホントはわたしのこと、怒ってるんだろうな……



 あれ?

 どうしよう、なんか変な空気になってきたじゃないの。なんでアンズまで黙ってるの?

 ひょっとして、アンズもまだ怒ってるのかな……



♢♢♢♢♢♢


——sideナツ——


 アタシ、やっちゃったのか?


 二人が急に無口になった。なんか気にさわるようなこと、アタシ言っちゃったのか?


 マズイ、ここは早く話題を変えなければ! 大丈夫、落ち着けアタシ。そう、アタシは気転がきく女としてとても有名なのだ!


「あ、あれ? なんかアタシ、変なこと言っちゃったかなあ、なんて…… ハハハ…… そうだ! もうすぐ高校生になって初めての吹コンだよね! あれからもう1年経つんだね。いやー、時が経つのは早いって言うか…… あっ!!!」


 しまった! 何言ってんだアタシ!


 全日本吹奏楽コンクールは中学校の部だけでなく高校の部もある。もちろんウチの高校も出場する。高校の部A部門に出場出来る人数は55人までと決まっていて、ウチの学校ではこの55人をAメンバーと呼んでいる。


 アタシはAメンバーに選ばれた。でもアンズとモモコは選ばれなかったんだ……


 ああ…… アタシはバカだ。

 いや、別にバカでもいいんだ。アタシが自分がバカなことは知っているし、むしろアタシは自分がバカであることに誇りを持っている。

 でも、今のアタシは思いやりのないバカだ。それはアタシが目指すバカじゃない。アタシはみんなに楽しんでもらえるバカになりたいんだ!

 それなのに……


 アタシの話を聞いた二人の反応は——


 モモコの眉間のしわが一層深まり、アンズのうつむいた顔が一層地面に近づいた。



♢♢♢♢♢♢


——sideアンズ——



 今年の吹コンか……


 ナツは今、全国大会出場という共通の目標をもったメンバーたちと一緒に練習している。

 曖昧な気持ちの私と一緒にやるより、きっと楽しいんだろうな。


 私は今年のコンクールは先輩達が選ばれるべきだと思っていた。

 特に3年生の先輩達は、今年が最後のコンクールなのだから。

 でも私はそれを言い訳にして、きっと真剣に練習してこなかったんだ。

 だからAメンバーに入れなかった。

 ナツ以外の1年生も、何人かAメンバーに選ばれたのに……



♢♢♢♢♢♢


——sideモモコ——



 今年の吹コンか……


 ナツは今、強豪校のスっごく演奏の上手いメンバーたちと一緒に練習している。

 下手クソな私と一緒にやるより、きっと楽しいんだろうな。


 ウチの高校の吹部のレベルは高すぎる。正直言って、わたしはAメンバーに選ばれなくってよかったって思ってる。

 また本番で失敗したらイヤだし…… そうだ、きっとわたしははビビってたんだ。

 でもまあ、そんな心配しなくても、実力的にわたしが選ばれるはずないんだけど……

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