未来へと続く道

「夏子、キミには道が見えるかい?」

 清風きよかぜ先輩が、なにやら不思議なことを語り始めた。清風きよかぜ先輩は芸術家肌の天然として、ウチの部内ではとても有名なのだ。


「え? なんですか?」

 戸惑うアタシ。


「道だよ道! 夏子の目の前には、キミのお母様が歩まれた道があるんだ。ほら、その道の先で、お母様が手を振っておられるぞ。きっと夏子には見えるはずだ!」


「……なんかそう言われれば見えるような」

「…………ナツ。オマエ、ナニ言ってんだ?」

 サチさんの声が聞こえた。



「その道はまだ先に続いてるよ。ほら、そこには夏子のお祖母様がおられるじゃないか! キミには見えないのかい?」

「……なんかそう言われるとそんな気が」

「…………オマエ、影響されすぎだよ」

 またサチさんの声が聞こえたような気がしたが……



「そのもっと先には何がある? そう、オーボエの歌声があるのさ!」

「……そう言われると、なんかオーボエの音が聴こえてきたような」

「…………オマエ、それ幻聴じゃネエの? 疲れてないか?」

 だんだん、サチさんの声が聞こえなくなってきた……



「ねえ夏子、それはどんなメロディだい?」

「……このメロディは……あっ、ダッタン人だ! 『ダッタン人の踊り』が聴こえて来ました!」

「…………オマエ、オーボエの名曲って、実はそれしか知らネエだろ?」



「嗚呼、夏子! キミはなんて素晴らしいんだ! そうだ、『ダッタン人の踊り』だよ! ボクにも聴こえるよ!」

「…………それ、絶対嘘っスよね?」



「ボクには草原が見えるよ! 夏子、君はどうだい?」

「アタシにも見えます! 中国です、中国が見えます!」


「嗚呼、ボクにも中央アジアの広大な平原が見えるよ!」

「…………見えてる場所、全然違うじゃないっスか……」



「あれは! ボク達の目の前にいるのは草原の王じゃないか?」

「見えます!ジンギスカンだ! あそこにジンギスカンがいます!」


「本当だ! ボク達の前にいるにはコンチャックハーンだよ!」

「…………それ、まったくの別人っスよね?」



「おや? 今度はボク達の目の前にいる女性達が楽しそうに踊っているよ?」

「はい! なんか乱痴気騒らんちきさわぎしてます!」

「…………意味わかんネエからツっこめネエよ……」



「さあ夏子、今度はキミの後ろを見てごらん。ボクにはキミがこれから築いていく道が見えるよ。嗚呼、あれは夏子をしたう後輩じゃないか! キミにオーボエの吹き方を教わっているよ!」

「ホントだ! なんかアタシってばメチャクチャしたわれてるんですけど!」

「…………おいナツ。そろそろ、コッチの世界に戻って来ないとヤバくネエか?」



「嗚呼、ボクには見えるよ。そのまた先には、卒業した夏子が後輩にオーボエを教えている姿が! きっと高校を卒業しても、時々教えに来てあげているんだよ!」

「はい! アタシにも懐かしの母校が見えます!」

「…………オマエ、ウチの高校に入学して、まだ2週間しかたってネエだろ?」



「ふふっ。ひょっとしたら、夏子はこの高校の音楽の先生になって、生徒に教えているのかも知れないね」

「あぁぁぁっ! それだ!!! アタシ、将来『音楽』の先生になってると思う!」

「…………アァァァッ! オマエの芸術科目の選択、『美術』だろうが!!! 」



「夏子! キミは遥か北方の草原から続く道、そしてお祖母様、お母様が築いてこられた道を通って、そして今度はその道を後輩に繋げるんだよ! 嗚呼、夏子の人生はなんて素晴らしいんだろう!」


「ちょっと、清風きよかぜサン、流石にヤバいっスよ! ナツのバカ、目がスワってますって! 今、警察が来たら、絶対変な尋問されますよ!」


「ふぅー。なんだいサチ? キミには道が見えなかったのかい?」

「あたしは毎日早寝早起き、健康な生活してるんで、そんな道、見えませんでしたよ!」


サチ、キミは本当に芸術的な感性が乏しいようだね。まったく残念だよ。ん? なんだいほまれ?」


「まあまあ、清風きよかぜ。その辺にしておけ。普段、久保田は相田に厳しいことを言っているが、この二人は小さい頃からの馴染みで、姉妹みたいな関係だからな。きっと心配なんだろう」


「やれやれ。誉がそう言うんなら、そういうことにしておこう。それで誉。キミには道が見えたのかい?」


「ああ、見えたさ! 私にもジンギスカンが見えたとも!」


「…………剛堂サン、それ人違いっスから。『ダッタン人の踊り』にジンギスカンなんて登場しませんから。正解は、清風サンが言ってる、『コンチャックハーン』っスから。


 いいですか? 誤解しないで欲しいんっスけど、あたしはナツがオーボエを担当するのは賛成ですからね。


 なあナツ。道がどうこうってのはあたしにはよくわかんないけど、ナツのおばちゃん、いっつも近所で嘆いてるそうだぞ? ナツがオーボエ吹いてくれないって。


 中学の吹部に入る時、チューバを勧めたのはあたしだしさ。なんだかおばちゃんに悪いんだよ。どうだナツ、ここらで一つ、おばちゃんに親孝行してやれよ」



「ふっふっふ。サチさん。アタシ決めました。決めたんですよ! アタシ、将来、音楽の先生になります! だからオーボエで成り上がってやりますよ! 」


「だから、オマエの選択科目、『美術』だって言ってんだろうが!」


「だってアタシ、ジンギスカンが見えたんだもん。なんか大黒様みたいな顔して、白黒の帽子被ってたし」

「それ、たぶんフビライハンだと思うけど、今はどうでもいいよ」


「ああそうだよ、夏子。ボクにもコンチャックハーンが見えたさ」

「ちょっと清風きよかぜサン。さりげなく会話に入ってきて、なにげなく修正するのやめて下さいよ」



「ま、まあ二人とも。とりあえず相田さんがオーボエをやる気になってくれたんだしそれでいいじゃない。選択科目が音楽か美術かってことは、また後日どこか遠い私達の知らないところで勝手に話し合ってもらうことにしようよ」


「流石、部長。その通りよ。今日の会議はここまでにしましょう。なんだか私も疲れちゃったわ……」


「おやおや、部長も副部長も、ずいんぶんなお言葉だね。せっかくこんな感性豊かなオーボイストが我が部に誕生したというのに。どうだい、この後みんなで『ダッタン人の踊り』を演奏するというのは? ほまれはどう思う?」


「おお、清風きよかぜ。それはいい考えだ! 私も相田と一緒に演奏したいと思ってたんだ! 是非やろうじゃないか!」


「…………ホント、二人ともナニ言ってんスか? そんなの、みんな初見で演奏できるわけないでしょう? まったく…… ウチの吹部には、なんでこんなにバカと天然が多いんだよ……」



 ♢♢♢♢♢♢



 こうして、アタシは我が校吹奏楽部唯一のオーボエ奏者になったのだった。

 冷静になって振り返ってみると…… アタシ、いったい何を言ってたんだろう?


 でもまあなんにせよ、アタシはもう一度オーボエを吹くことに決めたんだ。アタシはきっと、これから3年間、この高校の吹奏楽部でオーボエを吹き続けるだろう。


 清風きよかぜ先輩の言っていた『道』っていうものがホントにあって、それが卒業後まで続いて行くのか、ソコんトコはよくワカンナイんだけどね。



 オーボエの奏でる音色は女性の美しい歌声に最も近いと表現される。

 世界で一番演奏が難しい木管楽器とも言われるオーボエ。

 優雅で哀愁に満ち、聴くものの感性を捉えて離さないオーボエの音色。


 おバカで喧嘩っ早い元野球少女のアタシが、高校の吹奏楽部でオーボエを奏でるオモシロ物語は……


今始まったばかり!

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